36.治してやることもできない
激痛に顔をしかめる筋肉バカ。人目が多くて治してやることもできない。
警吏さんたちが、押さえつけ縄で縛る。痛みで抵抗もできないようだ。
「くそ、離せ。俺たちが何をしたっていうんだ。」
「離しなさい。私は商業ギルドのギルドマスターだ。いくら領地の警吏とはいえ、私を捕まえるには明らかな罪状が必要のはず。捕縛の許可は出ているのか?」
「ダラムルさんを殺して、コルド杉もらっていくって言ってたよね。」
「知らねーよ。俺たちはダラムルにおれの店の下請けにならないかっていう話をしに来ただけだ。」
痛みに顔をゆがめながら、筋肉バカが喚く。
「こんなに大勢で?」
「こいつらは、俺の下請け仲間だ。みんなの話を聞いてもらおうと思って連れてきた。それとも何か?勧誘は何かの罪になるのか?」
段々調子を取り戻してきたのか、おしゃべりになってきたね。
「わたしは襲われたから反撃したんだけど。襲ってきたよね。こんなか弱い女の子を。」
「お前の様なペッタンを襲うわけないだろう。出るとこ出てから言え。チンクシャ。」
魔法陣を描く・・・
「ダメ―!」
・・・前にファリナに取り押さえられる。
「殺しちゃダメ。今はダメ。やるなら後で。」
「ゴホン。」
警吏の隊長さん、渋い顔。
「いえ、後からちゃんと話し合いましょうってことですよ。」
ファリナ、ごまかし方が下手。
「とにかく、わたしをナイフで襲ってきたよね。」
「夜中にいきなり後ろから声を掛けられたら、誰だって驚いて反撃しようとするさ。正当防衛だ。もういいだろう。縄をほどけよ。」
まだ言い張るか、こいつ。
「わたしもあなたが『全員殺せ』と言ったのを聞いているんだがな。」
隊長さんが筋肉バカを冷ややかな目で見る。
「記憶にない。聞き間違いじゃないのか。まさか、幻聴が証拠だとか言わないよな。」
「面倒くさくなってきた。ねぇ、捕まえる時に暴れたから止むを得ずってことにしようよ。」
「いや、それは・・・」
「それは認められないな。」
なんかどこかで聞いたような声がした。
振り向いたら、どこかで見たことがあるような男が立っていた。
「ロイドさんでしょ。」
「わたしが2回や3回会ったくらいで・・・」
「おバカ。」
「ヒメ様おバカ。」
ちょっとした冗談だったのに・・・さすがに覚えてるよ。かろうじてだけど・・・
「領主様。」
警吏の隊長がピシッと直立不動になる。
「ロイドさんがどうして。」
「口の利き方に気をつけなさい。いくら協力者だからといって庇い切れないぞ。」
隊長さんが慌ててわたしに注意する。
ロイドさんは、渋い顔をしながら、わたしたちをスルーして筋肉バカの方に向かう。
「り、領主様?ちょうどいい。不当捕縛です。あの警吏が何の証拠もなしに俺たちを犯罪者に仕立て上げようとしてるんです。おそらく、自分の点数稼ぎのためだと思われます。あいつを処罰してください。」
勝ち誇ったようにまくしたてる筋肉バカ。証拠なんていらないでしょ。わたしにナイフを向けただけで死刑にすべき。
「ここに、ドリアス工務店店主ドリアスと、マイムの町商業ギルド、ギルドマスターのアイルドとの間における、コルド杉の販売受け渡し書があるのだが、1軒の工務店にすべての取引量を独占して渡すのは禁止だと思ったのだが。もう1枚。こちらはロクローサの町の商業ギルドのギルドマスターとの間での取引書もある。ちなみに、ロクローサの町のギルドマスターであるダインは罪を認めて、現在取り調べ中だ。」
筋肉バカとギルドマスターの顔色が変わる。
「な、なんでそんなものがここに・・・」
「わたしが渡したよ。兄ちゃん。」
ロイドさんの後ろから、化粧をした男が顔を出す。筋肉バカの弟だ。うん、弟はインパクトありすぎで忘れられない。
「ハインリッヒ。お前、裏切ったのか!?」
筋肉バカが険しい顔で弟を睨む。弟はそれに怯むことはない。長年一緒だから、慣れてるのかな。
「もう、やめようよ。兄ちゃん。」
「うるさい!俺たち2人で誓ったはずだ。必ず王国一の大工になるって。そのためなら俺は・・・」
「誓ったよね。兄ちゃんの腕で王国一になるって。・・・なのに、なんでだよ・・・こんなこと、大工の腕に関係無いじゃない。こんなことで王国一になったって、わたし嬉しくない。兄ちゃんは腕のいい大工だ。絶対王国一になるんだ。だから・・・だから、こんなことはもう・・・やめてよ・・・」
弟の目から涙が溢れる。
それを見て言葉が出ない筋肉バカ。
「・・・俺・・・俺は・・・」
うなだれる筋肉バカ。
「すまん・・・ハインリッヒ・・・俺、どこで道を間違えちまったのかな・・・許されるなら、今度こそ、お前と兄弟2人でやりなおして・・・」
「うん。まだ間に合うよ。わたし、待ってるから。兄ちゃんが罪を償って戻ってくるのを待ってる。」
弟が筋肉バカのそばまで行き、肩を抱いて泣く。筋肉バカも涙を隠さない。
縄で縛られた男たちも泣いている。ダラムルさんももらい泣き。いや、ロイドさんや警吏の皆さんまでもが目に涙を浮かべてる。
わたしたちも・・・
「何?この茶番・・・」
・・・呆れていた。
そして、弟。その口調はなんとかならないのか?
白けた目で見るわたしとファリナ。ミヤはコルド杉の切り口の年輪の数を数えるのに忙しそうだった。しかもマジで数えてるようだ。あれを邪魔したらわたしでも怒られる。
筋肉バカの一団全員が警吏さんたちに連行され、私たち3人とダラムルさん、そしてロイドさんが残った。
夕方、家に帰る途中で、わたしたちは1人の男に呼び止められた。
男は、この領地の警吏の隊長だと名乗った。
「今、ドリアス工務店の犯罪について調べている。君たちにはよけいな事をしないでほしかったのだが、コルド杉を採ってきてしまったのなら、もう手を引けと言うレベルではなくなってしまった。こうなったら仕方ないので協力をお願いしたい。」
「あれ?わたしたちを見張っていたのは何?」
「ドリアスが君たちに危害を加える恐れがあったから、警備を兼ねて見張らせてもらった。何もなくて幸いだった。」
余計なお世話だけど、ありがとう。正直、筋肉バカに襲われるより、警吏に見張られてる方がわたしたちには問題だったけどね。
「それで・・・」
ということがあって、現在に至る。
「お前たちは、なぜ問題に首を突っ込みたがるんだ。ドリアス工務店を調査中に、変な3人組の女が何か企んでるようだと聞いた時はまさかと思ったが、本当にお前たちだったとは。」
ロイドさんが怒ってる。
「今更知った顔しないで。大体、あなたとのことはもう過去のこと。忘れたわ。」
「え?お前たち領主様とそういう関係なのか?」
ダラムルさんビックリ仰天。
「誤解を招く言い方はやめろ。わたしの権威と家庭を壊す気か?」
「市井の女と遊び歩くのって貴族の醍醐味じゃない。」
「そんな醍醐味はいらん!」
「それにしても、ちゃんと仕事してたんだね。なんでも筋肉バカからコルド杉の家具を貰って喜んでたって聞いたから、てっきり向こうの味方だと思ってたよ。」
「バカにするな。私は間違ったことには加担しない。元の御用達の看板を持っていたダラムルが、2級品の家具を持って来た時からおかしいとは思っていたんだ。そんな腕の奴に看板を渡したはずはないからな。だが、マイムとロクローサの町の大工はみんなドリアスの配下になってしまっていた上にギルドマスターまで仲間になっていたからな、証拠がそろわなかった。ハインリッヒが、引っ越した後のダラムルの現状を見て反省して、警吏にすべてを話してくれなかったら捕縛できなかったところだ。」
その時は、わたしが責任をもって燃やしてあげるから心配ないよ。
「それに、その証言から先ほどギルドを捜索した時に、ザイルという職員が率先して協力してくれて捜査が手早く進んだ。ダラムル、お前の知り合いだそうだな。お前にはすまない事をしたと言っていたぞ。」
「ザイルが・・・あいつ。」
ダラムルさんがなんだか嬉しそう。
「それで、このコルド杉だが。」
あぁ、名目上はダラムルさんの物ってことになってるけど、ダラムルさんが買い取れるほどお金を持っていないので、実際はわたしたちの物だ。
「なんか面倒に巻き込まれた腹いせに、市場に流して相場をメチャクチャにしてみようかって思ってるんだけど。材木相場なんてわたしたちに関係ないし。」
「やめろ。いや、頼むからやめてくれ。今、ドリアスのところからもそれなりの量のコルド杉が出てきたんだ。あれは、一応今年流通分だからいいが、これ以上市場に出たら大変なことになる。元々、木の生えている場所が黒の森奥地ということもあって、そんなに伐採できない貴重な木として、王族や貴族が好んで使ってきたんだ。一般の領民までもが手に入るとなると、今までかかった金額が大きい貴族程、領民や工務店に嫌がらせくらいやりかねん。」
そういうものかな。
「そりゃ、今まで他の貴族に自慢してたものと同じものを平民が持ってたらくやしいでしょ。貴族ってプライドだけは異常に高いんだから。」
「素直に肯定したくないがそういうことだ。この木はわたしに売ってもらうことはできないか。」
「それで儲けようってこと?」
「違う。国王に届けて国で管理してもらう。お前たちに払った金額くらいは貰うがな。」
今一つわからないけど、わたしたちが持ってても、宝の持ち腐れなんだよね。
「なら、いいか。」
「そうね。他の商人に持ってることばれたら面倒になりそうだし。」
「存在自体が面倒になりそうなら、燃やしちゃってもいいよ。」
「せっかくのコルド杉だぞ。それなりに有意義に使いたい。」
貴族の言う有意義ってのが胡散臭いんだけど、まぁいいか。ロイドさんはどうでもいいけど、マリアさんへのお見舞い替わりということで。
「ほんとはタダでもいいんだけど、貸しになりそうだし、猿とケンカした分の手間を考えて、相場の半分の値段でどう?」
「それは助かるが、猿ってなんだ?」
「伐採に行ったら、岩投げ猿がいて戦闘になりました。」
ファリナが肩をすくめて説明する。
「岩投げ猿といえば伐採業者たちの天敵か。それは大変だったな。なのに半額でいいのか。」
「猿くらい大した問題じゃないから。」
そう、その後にミヤから受けた木の下敷きになりそうになるという仕打ちに比べれば猿なんか可愛いもんだ。
「それより、ギルドをちゃんとしてダラムルさんに材木を売ってあげて。わたしたちの家を改修したいのよ。」
「あぁ、それがお前たちが首を突っ込んだ理由か。わかった。早めに何とかしよう。何なら工事費用は私が払ってもいいぞ。今回の報酬代わりだ。」
「こっちもなんか迷惑かけたみたいだから、そこまでしなくていいよ。わたしたちの家だからね。わたしたちのお金でやりたいし。」
「そうか、わかった。」
それに、貴族に貸しを作るのはかまわないけど借りは作りたくないのよね。
「じゃ、今日はもう遅いから帰る。ダラムルさん、工事ができるようになったら連絡くれないかな。」
「わかった。すぐに連絡してあっという間に工事してやるぜ。」
「早いのはいいけど、手抜きは勘弁だよ。」
「ぬかせ。領主様御用達の腕を見せてやるよ。」
うん、期待してるよ。
「じゃ、ロイドさんもおやすみなさい。」
「あぁ。」
片手をあげて挨拶する。なんかキザっぽい。
「では、私も帰る。これからもがんばってくれ、ダラムル。」
ロイドがその場を後にする。
歩きながら考える。
(今回は本当の実力を見ることができなかったな。まぁいい。彼女らはしたたかだ。利用しようなんて考えない方がいい。正体は不明だが、役に立つ人材だ。できるだけ協力体制の維持に努めるべきだな。今のところは。)
「疲れたね。今日1日大したことしてないと思うんだけど。猿と戦ったことくらいだよね。大変だったのって。」
「わたしは最後の三文芝居が精神的にきつかった。」
「ミヤは年輪が大変だった。」
あぁ、それは大変そうだね。
「まぁ、筋肉バカも大概だったけどね。」
「筋肉バカって、結局名前覚えてないでしょ。あの男の。」
「必要ない。今後わたしの人生に出てくる予定ないから。」
仰る通り覚えてません。必要ないし。
「明日は休みでいいかな。コルド杉の売り上げで少しは潤うんでしょ。」
「木の相場はわたしも知らないけど、金貨何枚かにはなるんじゃないかな。だから、明日くらいなら休んでもいいと思う。」
翌日、ロイドさんからコルド杉の代金が届いた。金貨30枚あった。
なんだろう、苦労したウルフより効率いいんじゃないだろうか。あっちは散々大騒ぎして金貨100枚(まぁ、もっと多く貰ってるんだろうけど)、こっちは、ちょっと猿と遊んで、木を切ったら金貨30枚。市場経済って不思議・・・
「これで家の改修工事と新しいベッド買いましょう。『外道資金』に手をつけなくてすむのは嬉しい誤算だわ。」
ファリナが幸せそうだから、まぁいいか。




