283.解体しよう
「わかってるのか!予約を入れたなら約束は守れ!来ることが難しいならちゃんと連絡しろ!」
ゴルグさんの家の作業場で、なぜかわたしたちは正座していた。おかしい、何でこうなったんだろう。
「反省してるのか!?」
いや、悪かったけどそこまで怒らなくても……
「ミヤが来るというから、乾燥室も冷凍室もフルで使える予定で予約を受けたんだ。それなのに……」
あ、それは申し訳ない。と、名指しされたミヤの方を見ると、目を閉じてお風呂でよくやっている『瞑想』とやらの状態だった。つまり、まったく何も聞いてない……
「で、何があったんだ?」
「いや、国家的陰謀に巻き込まれちゃって……」
ゴルグさんの手が解体ナイフに伸びる。
「まじめに話せ。」
あれ、かなりまじめに話してるつもりだったんだけど……
「この事は内密にお願いします。」
「お、おう。」
リリーサの真剣な顔に怯むゴルグさん。
「という騒ぎがあったのです。思えばヒメさんが魚を食べたいなんて言い出さなければこんな目に合わずに済んだのに……」
「待て、それは俺が聞いてもいい事なのか?」
「さぁ。でも、話せと言ったのはゴルグさんですし、まぁ、他の人に話さなければ大丈夫じゃないですか?」
「聞くんじゃなかった……」
言えって言ったくせに。
「まぁ、ならば、近々食べ物の値段は元通りに戻るんだな。」
「いつからとは言えないんで、他の人にはくれぐれも内密に。」
「言えるはずなかろう。ここしばらく食料の値段が高かったのは、国王陛下が騙されていたせいだなんて言ったら、不敬罪で即捕縛されるわ。」
まぁ、リリーサから聞いたと言えば何とかなるんじゃないかな。訴えが国王まで登ればだけど。
「もう忘れた。それより今日は狼と角ウサギ、それにオークの解体でいいのか?」
「あ、オークではなくウルフお願いします。それと鹿を。」
「わたしもオークの解体お願いできますか。」
「かまわんぞ。昨日、大方の注文を捌いたから、今日の予定はないからな。」
「もう冬ですしね。そんなに獲物は多くないですか。」
ファリナの言葉に、作業場を見回したゴルグさんが答える。
「元々、うちは大手の商店や問屋と契約したハンターが解体を頼みに来る店だ。大抵のハンターは、ハンターギルドの解体場に持ち込むか、自分で捌く。ま、きれいに解体できないと商品価値が下がるから、自分でやるやつらは、自分で食う分なのがほとんどだが。」
まぁ、普通はそうだろうね。わざわざ高いお金を払って、個人の解体専門店に持ち込む一般のハンターはそんなにいないだろう。
わたしもここを知るまでは、ギルドに頼んでたしなぁ。おかげで何を狩ったのか全部筒抜けで大変だったけど。
「ま、そういうわけで段々客も少なくなってきた。そろそろ潮時かな。」
え?
「店じまいの時期も近いってことさ。」
そう……なんだ……
「それは困りますね。」
しんみりしかけた空気を破ったのはリリーサだった。
「それでは、わたしの狩ってきた獣や魔獣を解体してくれる人がいなくなります。」
「俺の話聞いてたか?」
「もちろんです。」
怒ってもいない、困ってもいない、ただ淡々とリリーサを見るゴルグさん。
「あいかわらずわがままなやつだ。」
フッと笑うと、作業場の壁に掛かった道具に向かう。
「ほら、さっさと解体する獲物を出せ。ミヤ、手前だけでいい。冷凍庫を動かしてくれ。乾燥室は明日になるな。」
「わかった。」
ミヤがトコトコ動き出す。
リリーサとゴルグさんにしかわからない事もあるんだろうな。付き合い長そうだし。わたしはゴルグさんに、やめないでなんて言えないよ。
「感動中、申し訳ありませんが、お姉様は何も考えてませんよ。」
「え?」
「つまり、やめられたら困るというのはお姉様の都合であって、ゴルグさんの気持ちを考えての事ではないという事です。」
そうなの?リリーサ、何て迷惑なやつ!
「鹿が4、黒狼が10、角ウサギが10にシルバーウルフがまだあるのか?どこから持ってくるんだ、こんなもの。」
「ヒメさんと一緒にいると、もう大変なんです。」
待て、何で2人でこっち見る?わたしは何もしてないぞ。
「まぁいい。ヒメが、狼が5、黒狼が5、オークが4か。なんか安心するな。」
わたしは普通のハンターだからね。
「「「「はいはい。」」」」
待て、今誰が言った?
「ミヤ以外。」
「あ、ミヤ、裏切り者!」
どっちがだ、ファリナ……ってミヤ、死んだ狼とにらめっこするのはなんか怖いからやめなさい。
始まると、さすがゴルグさん。獣くらいの大きさなら捌くのが早い、早い。シルバーウルフは気を使っているのか多少時間がかかったけど、昼すぎから始めたのに夕方には終わろうとしている。
「狼やウルフの毛皮は、隣の部屋で明日まで陰干しだ。肉は収納にしまうなら持っていっていいぞ。」
解体作業の間、傷まないように冷凍室に入れておいた肉を受け取り<ポケット>にしまう。
「<なんでもボックス>」
あいかわらず気の抜けそうなリリーサの収納魔法名を背中で聞きながら、窓から外を見ると、もう外は暗くなりつつある。すでに12の月。日が沈むのも早い。
「ずっと働きっぱなしで疲れたね。明日はゆっくり休もうか。」
「明日は毛皮の乾燥があります。昼からは狩りに行かなければいけません。もう、大忙しです。」
いや、狩りなんて行かないよ。
「前に約束しましたよね。狩りに行くと。」
いらんことはおぼえてるな、っていうか、どの約束だよ?事あるごとに、狩りの約束をさせられ、さらには貸しだと言われてるので、どの件でのことなのか全く思い出せない。
「毛皮の乾燥まではつきあうからさ。狩りは今度にしようよ。もう半日でいいから怠惰に寝て暮らしたい。」
もうほんとに疲れたよ。ゆっくりしようと思っていたら、ライザリアから手紙が来て、エルリオーラ王国の王都に絵を見に行ったはずなのに、なんか騒ぎが起きてるし、まぁ、すぐ片付いたからいいけど、その後、絵を見て、それだけでも疲れたのに、そこからガルムザフト王国で騒ぎだよ。
「リリーサは疲れてないの?」
「まぁ、疲れてないと言えばウソになりますけど、雪が降りだす前に少しでも狩りをしておきたいじゃないですか。」
「ガルムザフト王国って雪つもるの?」
「つもりますよ……って、そういえば、エルリオーラ王国って、山岳部以外はあまり雪がつもる事ないんでしたっけ。」
そうか、国1つ分でも北に行くと違うんだね、やっぱり。
「ギャラルーナ帝国なんか、もう雪に閉ざされますからね。だから、少しでも雪の少ないガルムザフトの土地を欲しがるんです。」
ギャラルーナの1番偉い将軍が、無理をしてでも戦争に踏み切ろうって思うほど大変なんだろうな。
「ガルムザフトとの国境近くなら、雪の量は少ないんじゃないの?帝都をそこに移せばいいんじゃ?」
「隣国との国境付近なんて、すぐにでも攻め込める場所に帝都ですか?ヒメさん、頭大丈夫ですか?」
いや、ごめん。そりゃそうだ。ダメだ、やっぱり疲れてるよ。
「いつもこんなものじゃない。」
「いつもこんなものだ。」
ファリナ、ミヤ、泣くよ。
「ではこうしましょう。ヒメさんの言う怠惰な時間を過ごしましょう。具体的には明日の朝は起きません。で、お昼ご飯のあと、毛皮の乾燥をしましょう。狩りは明後日ですね。」
もうそれでもいいか……
「俺のところはかまわないぞ。明日は、何件か解体の依頼が入っているが、乾燥だけなら、ミヤがいれば勝手にできるだろう。」
え?勝手にわたしたちだけでやってろと?まぁ、乾燥だけなら何とかなるかな。
「親父、いるか?」
見た事ない男が入ってくる。
「いや、前にシープの解体の時に会ったわよ。」
いつの話よ。そんな昔のことおぼえてるわけないじゃない。
「ただ、わたしも名前はおぼえてない。」
ファリナが顔を逸らす。ほら、ファリナだってそんなもんじゃない。
「1回しか会ったことのない男の人の名前なんて、いつまでもおぼえてるわけないでしょ!」
まぁ、何回会ってもおぼえられないわたしが、言える筋合いはないか。
「バイドさんです。ゴルグさんの息子さんです。」
説明ありがと、リルフィーナ。そういえばいたね、そんなの。
「店はどうした?」
「暇なんだよ。最近売り上げが落ちてね。狼の肉が1人前銀貨4枚だよ。この町でホイホイ買えるほど稼いでるやつが何人いるって。」
「狼の肉が銀貨4枚!?」
「そう。もうやってられんよ。」
「それって高いの?」
驚愕の表情でみんながわたしを見る。ミヤだけだよ、わたしの味方してくれるのは。
「それは高いのか?」
あぁ、同類だったか。だって、普段肉なんてめったに買いに行かないもん……わたしが。
「はいはい、買い物はほとんどわたしだもんね。」
怒ることかな、ファリナ。できるだけ3人一緒に行ってるじゃない。まかせっきりで、後ろでボーっとしてるだけだけど。
「でも、たまにはヒメが行くことあるよね。」
「フッ、わたしが値段を気にして買うとでも思ってるの?欲しいものは手あたり次第、値段なんて見た事ないよ。」
「うむ。ミヤも同じく。」
ファリナが大きくため息をつく。
「わたしだってお使いくらいできるというのに。」
え?リルフィーナが?
「たまに買ったものを落として、泥だらけにしてきますけどね……」
できてないじゃん!
「もうじき値も落ち着くだろう。今はがんばるしかないな。」
ゴルグさんが、息子さんに諭すように言う……のはいいけど、意味ありげにこちらをチラチラ見るんじゃない!怪しまれるでしょう!
「だといいんだがな。所詮、王族や貴族なんて自分たちさえ良ければいいんだろうし。俺たちの事なんか……」
そうでもないよ。けっこうがんばってるよ。国民みんなのために。
3つの国の王族見てきたけど、国を治めるって大変なんだと思うよ。
「まもなく、前程度にまでは物の値段も落ち着きます。大丈夫です。」
「何でわかるんだよ、リリーサさん。」
「聞きたいですか?教えてもいいけど、命がかかりますから、奥さんと子どもさんとは別れた方がいいですよ。」
「待ってくれ!いや、いい。俺は何も知らない!何も聞いてないぞ!」
慌てて耳をふさぐ。うん、利口だね。ゴルグさんとは大違いだ。
「勝手に話したくせに。」
耳をふさいでいた息子さんには、その愚痴は聞こえなかったようだけど、言えって言ったのはゴルグさんだからね。
「では、明日の午後から毛皮の乾燥に来ますのでよろしくお願いします。」
息子さんがいるので、物置から帰るのはあきらめたようで、お店の入口から出るリリーサ。
「あの人も物置から出入りしているのは知っています。息子さんなんですから。ただ、あの狭いところに5人で入って騒いでるところを見られたくなかっただけです。」
『どこ触ってるの!?』とか『抱きつくんじゃない!』とか大騒ぎだもんね、毎回。
「リリーサさん、何か知ってるのかな?」
息子のバイドの気楽そうな顔に、ため息をつくゴルグ。
「聞きたかったか?」
「いや、さすがにミリラやミュミュと別れるわけにはいかないしな。」
バイドの頭に妻と娘の笑顔が浮かぶ。
「そうだな。あいつらのためにもがんばるしかないか。帰るよ。」
1つ伸びをして、父親の顔を見る。
「あぁ。」
歩き出す息子を、父は苦笑いで見送るしかなかった。




