270.ネコ仮面
「最近、王国の名で、王都の食料問屋から指示が出てな。」
王都の問屋?肉を売る話の時も出てきたよね。
「各領地の食糧事情が落ち着くまで、食料は王都に一度集めて、各領地に平等に出荷すると言ってきたわけだ。最初は、この間まで戦争になるかもしれないと、いろんな物資を国に差し出したから、今となっては、物資が余っている領地もあれば足りない領地もある。そういう事もしかたないと思っていた。」
「でも、それでは、通過する問屋の数が多すぎて、お店に並ぶ頃には値段が高くなりますよね。」
「そうだ。詳しいんだな。」
「この娘、これでも自分でお店やってるからね。」
「なるほどな。」
わたしに言われて、マスターは頷くけど、正直、リリーサも問屋サイドみたいなもので、さらに、売ってるものはまともじゃない事は黙っていよう。話がこじれるだけだ。
「価格の高騰は、今だけなら我慢もできようが、いつまでも続くようじゃ住民が黙っていない。だが王都の問屋は国王様の指示だと言ってきている。一体国王様は、漁師たちが獲ってきた魚を自分たちですら食べられず、干し魚を食べているこの現状をどう考えていらっしゃるのだ……」
「その問屋って何者なの?」
「実はわからんのだ。王都には大きな問屋がいくつかあるのだが、どの問屋が食料を集めているのかがはっきりしない。」
いや、領地の問屋に卸す時、どこから買ってるのっていう話でしょ。
「王国の名で各領地に商品を卸している。自分の名前を出さないんだ。」
「悪徳商人だな。」
まったくだよ。でも、他の大手の問屋がそれを黙っているの?
「今のところ声をあげる者はいない。その、商品を売っている問屋だけが、王国から専売を認められているから文句も言えないのかもしれん。」
「もうないのよ。」
ネコ仮面がポツリと言う。
「何が?」
「大手の問屋よ。今はすべて合併されて、バリギャルドの商店しか王都には残っていない。マスターは、バリギャルドとつながっているんじゃないの?」
被り物と仮面のせいで、どういう思いでそれを口にしてるのかわからない。もう見た目はギャグだからね。
でも、聞こえる口調は真剣に聞こえた。
「なぜそう思うのかは知らんが、俺たちの町はやつとの取引はしていなかった。あまりいい評判を聞かなかったからな。だが、あいつが国王様と一緒に金もうけのために今回の事を仕組んだとしたなら……」
「おと……国王陛下は騙されているの。バリギャルドから、いろいろ貢物を貰って、褒めたたえられていい気になっているの……」
そんなことわかるもんですか。王族や貴族なんて元々そんなもんじゃない……そう考えていたわたしの後ろで、リリーサとリルフィーナが何やらコソコソやっている。
「お姉様、あれって……」
「やはり、そう思いますか?」
2人で何やってるのよ?
「ちょっといいですか。」
わたしを部屋の隅に引っ張って行くリリーサ。もちろん、ファリナとミヤが見逃すはずなく、2人もついてくる。
「何なのよ。」
「シッ、小さい声でお願いします。」
わかったから、何?
「あのネコ仮面、どうもうちの国の王女殿下らしいのですが……」
「ハァッ!?」
「声が大きいと言ってます!」
ごめんなさい……って王女?
「はい、見た感じどうも、キャサリーラ王女殿下のようなんですけど……」
いや、どう見ても頭のおかしいネコ仮面にしか見えないんだけど……
「わかりました。ここでも証拠は見つかりませんか……」
呟くように言ったので、マスターの耳には届かなかってようだけど、今のって……
「悪事の証拠を探してるってことでしょうか?」
そう聞こえたよね、リルフィーナ。
つまり、王女が騙されている国王の目を覚ますために、直々に各地を調べているってことか。しかも、あんな恥ずかしい恰好をしてまで……
「あれは地かもしれません。噂に聞いた話じゃ、今年の新年のパーティーではウサギの着ぐるみを着て出てきたという噂もあるくらいです。まぁ、その件に関しては、うちの領主様も歯切れが悪くて、はっきり聞いたわけではないのですけど。」
かん口令をしかれたかな。まぁ本当だったらの話だけど。
肩をガックリと落としたネコ仮面が、トボトボとギルドから出ていく。その後ろを、声をかけづらそうにしながら、男が続く。
「声をかけて見ようか。うまく手伝える方に話を持っていけたらいいんだけど。」
「待って!王女様と聞いてナンパする気じゃないでしょうね。」
あのね、ファリナ。
「もしも、本当に王女様なら、仲間にできればガルムザフトで行動する際の大きな後ろ盾ができるんだよ。そうなれば、多少の無茶もできるかもしれない。」
「なるほど。もしも噂の大物商人が本当に悪人の場合、王女様の後ろ盾があれば、関係者全員に不慮の何かが起こっても何ら問題ないというわけですね。」
いや、そこまでは考えてないよ……全員までは……
わたしたちも、ギルドを出てネコ仮面を探す。いつまでもあんな格好してるわけないから、どこかの人気のないところで着ぐるみの被り物をとるだろう。そうなったらさすがに顔を見た事ないわたしたちには見分けがつかなくなる。そういえば、何色の服着てたっけ?被り物に印象全部引っ張られて何も覚えてない。
「リリーサなら顔わかるかな?」
「わかりますけど、そんな心配はいらないようですよ。」
リリーサの指さす方向を見ると……いまだにしょんぼりと肩を落としたネコの被り物をかぶった少女が大通りのど真ん中を哀愁を背中に背負いながら歩いていた。
お付きの男が、小路に入るよう促しているようだけど、全く聞こえてないようだ。
道行く人が『おぉっ!?』『なんだ!?』など驚いて少女を大きく避けながら歩いていることにも気づいていない。
「とにかく目立ちすぎ。捕まえて隠れるよ。あんなのが、あっちこちの町のギルドに現れてるなんて噂になったら、王都の何とかいう商店のオヤジの耳にも怪しいやつらがいろいろ調べ回ってるって耳に入るかもしれない。それはちょっとまずいな、今は。」
「なるほどです。そうなると、わたしたちも動きにくくなりますね。」
わたしはこのまま帰って眠りたい心境なんだけどね。
「それは許されない!」
ミヤが厳しい目をわたしに向ける。わかってるって。悪いやつらをやっつけたいんでしょ。
「晩ご飯がまだだ。朝昼抜きなら我慢もできるが、晩ご飯抜きは我慢できない!」
あぁ、そうだったね。晩ご飯の魚買いにここまで来たんだっけね。
「せめて干し魚だけでも買って帰る。」
悪党はどうでもいいんだ。
「うぐ……」
そう言われると、今やもう隠す気もない収納から、目にほとんど見えないくらい細い鋼らしい糸をまいた糸巻きと、こっちはなんだ?針?というには巨大な、20センチ以上の長さがあり、大きいだけでなく先の方は細いけど、握っている部分は直径が1、2センチはありそうな、もうこれ武器だよね、というものを片手に一個ずつ持ち、じっとそれを見つめるミヤ。
「それなんなの?」
手に持っている物を指さす。
「絨毯などを作る時などに使う針と糸。針は頭を刺し、糸は首に巻き付けて天井から吊るす、と書いてあった。」
何に?ほんと、一回読んでる本を検閲する必要があるな、これ。こんなどう見ても暗器としか思えない武器が出てくる冒険小説ってどんなのなんだ?
「仕事人とか仕置人とか。」
だから知らないよ、そんなの。
ネコ仮面のあとを追う。周囲の奇異な視線をもろともせずとぼとぼ歩く姿は、事情を知ってるわたしたちには、ある意味哀愁を感じさせるけど、世間はそうは見てくれない。
目立ちすぎだってば。
とりあえず、いきなりつかまえたら、本当に王女だった時不敬罪とか言われかねないので、後ろで汗をかきながら説得してる男に声をかける。
「目立ちすぎ。悪いけど手を出すよ。」
「何だ?お前たちは?」
「いいから、あんたじゃ触れないんでしょ。そこの小路に引っ張って行くからね。」
「ふざけるな!お前ら如きが触れていいお方じゃない!」
「偉い人なんだ?」
「グッ!……」
この国の王女ですなんて言えるわけないよね。もうここは力ずくだよ。
左右から腕を押さえると、無理やり小路の方に引っ張る。
「な、何ですか!?あなたたちは!?無礼ですよ!」
「こら、離せ!さもなくば切り捨てるぞ!」
「いいから、ついてきて。このままじゃ国中の噂になっちゃうよ。」
「う……」
今さらながら、目立つのはまずいと気づいたのと、相手が女性だったからだろう。案外素直に、ネコ仮面は小路に引っ張られて行った。
「お前たちは何者で……」
仮面のせいでよくわからないけど、きつく睨みつけてるようだったネコ仮面が、リリーサを見て言葉に詰まる。
「……し、白聖女様……」
あれ、王族には知られてないはずじゃなかったっけ。リリーサが白聖女だって。
「異教徒ですから認められてないというだけで、知られてないとは言ってませんよ。」
「な、何者かは知らぬが、お前たちのふるまい失礼であろう。」
知られていたなんて面倒だなと思ったら、知らない事にしてくれるようだ。
「そういうあなたは何者ですか?」
「わ、わたしは、謎の美少女仮面。それ以外の何者でもない。」
それ押し通すんだ。まぁ、こっちも気がついてない事にした方が話がしやすいかな。
「とにかく、お前ら如きが気安く声をかけて言い方ではない。下がれ。」
といってるそばから、これだよ。この男は。
「わたしたちは、わたしたちの領地内での商品の動きについて、納得できずに調べています。先ほどのギルドでの話だと協力できるのではないかと思って声をかけたのですが、わかりました。それではこれで。」
リリーサが立ち去ろうとする。
「待ちなさい!いえ、待ってください。」
ネコ仮面が慌ててリリーサを呼び止める。
「でん……」
「わたしはケイ。美少女仮面です。それ以上の者ではありません。邪魔をするなら戻りなさい、ジー。」
「しかし……このような得体のしれない者と……」
「言わせてもらえば、そっちの方が得体がしれないからね。」
「き、貴様!言わせておけば……」
「まぁその通りですね。ちょっと待ってください。」
ネコ仮面は、男の後ろに隠れると、こちらからは顔が見えないように仮面と被り物を脱ぐ。サラリと被り物から、長い銀髪が流れるように腰までなびく。
被り物を男に預けると、ネコ仮面は、アイマスクだけつけてわたしたちの前に立つ。
「これでいいでしょう。何にせよ話し込むにはそぐわない場所。わたしの馬車までお付き合い願いますか。」
「お互い、正体はさぐりっこなし。立場は対等、ってことでいいならね。目的は悪徳商人をやっつけること。」
「いいでしょう。目的が達成できるまではそれでかまいません。ジー、よけいな事は言わないように。邪魔になるならあなたを護衛の任から外します。」
「そ、それは……わかりました。お望みのままに。」
深く頭を下げながら、こっちを憎々しげに睨むジーとやら。
「では、こちらに。」
歩き出すネコ仮面に続く。
「もう被り物を脱いだからネコ仮面ではないでしょう。」
え?じゃ美少女仮面と呼べと?
「ケイと呼びなさい。」
あぁ、名前らしきものがあったんだっけ。なんとか仮面の方のインパクトが強すぎて忘れていたよ。
「後、ジー、そんな被り物を持っていては目立ちます。少し離れて歩きなさい。」
「そんな……」
情けない顔で下がるジー。宮仕えって大変だね。




