212.女帝出発
深夜、宮殿のわたしたち用に用意された部屋に、空間移動でやってくる。
明かりはつけておいてくれたみたいで、部屋に出るなり暗いと大騒ぎすることはなかった。
「こちらから声をかけづらいですね。」
リリーサがため息1つ。
この部屋に来る前、つまり、わたしたちの家にいる段階から覆面をかぶっているため、部屋を出て誰かを探しに行きづらい。どう見ても不審者だもんね。女帝公認だけど。
「そのうち何か言ってくるでしょ。R,お茶淹れようよ。」
「あぁ、そう言う呼び方でしたね、Hさん。」
「み、Mが、遮音魔法で外に音が聞こえないようにすればいいんじゃないの?」
「それだとFさん、誰もいないと思われて、わたしたち忘れ去られてしまうかもしれません。少し騒いで、ここにいますよアピールしておかないと。」
「面倒ね。」
まぁ落ち着いてよ、ファリナ。わたしたちはともかく、この国じゃリリーサを知っている人間それなりにいるんだからさ。敵国の人間がいるってなったら大騒ぎにしかならないじゃん。
トントン。
扉がノックされる。
「し、失礼します。いらっしゃいますか……って本当にいた!え?いつ来たんだ?」
兵隊の1人が部屋の中を見てビックリ。
「い、いえ!失礼しました!ただいま女帝陛下にお取次ぎします。この場にて少々お待ちください。」
慌てて部屋を飛び出していく。
「お茶はおあずけですね。」
収納からカップを出しかけてリリーサがガックリ。
「すぐ来るわけではないだろうからいいんじゃない。」
「ケーキ出ますか?」
お茶を飲もうと言ったわたしにリリーサが鋭い眼光を走らせる。
「ケーキは旅行中の分。さっき軽めの朝ご飯食べたでしょう。ガマンしなさい。」
昨日、昼過ぎに起きた後、今後のためにいろいろ買い物をしておいた。主にお菓子だけど。
なにせ、しばらく馬車での移動に付き合わなきゃいけない。将軍に会うまで、エリザベートに何かあったら大変だから離れるわけにはいかない。そのための準備だ。
トントン。
ノックの後、エリザベートが師団長を連れ部屋に入ってくる。
「此度の件で、あなたたちの手を煩わせる事、すまなく思う。後もう少し、お付き合い願おう。」
師団長さんがいるせいか、それとも公の場としてとらえているのか、エリザベートの言葉が硬い。
「女帝陛下の御心のままに。」
リリーサが胸に手を当て、頭を下げる。わたしたちも、それに続いて軽く頭を下げる。
「日の出と共に出発します。あなたたちの馬車は別に用意させました。最後尾についてもらうがよろしいか?」
エリザベートがリリーサに確認する。エリザベートの中じゃリリーサがわたしたちの代表と思っているんだろう。まぁ、顔なじみの白聖女だしね。
問題は当のリリーサには、まったくその気がなく、困った目でこちらに視線を向ける。
「構いません。」
仕方なくファリナが代わりに答える。
「うむ。では、後ほど。何か必要な物など要望があったら、部屋の前に兵を1人置いておく。その者に伝えてくれ。」
そう言うと、エリザベートは部屋を出ていく。師団長が最後まで何か言いたそうだったけど、不審そうにわたしたちを見ながら、エリザベートに続いて部屋を出ていった。
「信用されてないね。」
ミヤに部屋の遮音を頼んで、覆面をとる。こちらから何か言い出さない限り、向こうから言ってくることはないだろう、つまり、出発する時間までは誰も入ってこないだろうというファリナの予想だ。こっちからしてほしい事はないしね。
「そりゃ、どこの誰とも知らない覆面少女を信用しようなんて考える大バカ者がいるなら見てみたいです。」
覆面のアイデアはあなたのお姉様なんだから、文句言わないの、リルフィーナ。
「ところで、遮音はいいのですけど、呼びに来た時に、向こうの音はこちらに聞こえるのでしょうか?」
まだ時間がある、誰も来ない、と言われてお茶を淹れ始めたリリーサがミヤを見る。
「誰か来たらミヤがわかる。」
「でも、覆面かぶる時間は必要だよ。」
「空間の相を変えてある。現状、この部屋は入ることも出ることもできない。覆面かぶり終えるまで誰も入ってこれない。」
なんか、あまりいい話じゃなかったような気がするから無視だ。大丈夫、生きてるし。
全員、ミヤの話は聞かなかったことにしたようだ。にこやかにお茶会が始まった。
「眠たくなってきた……」
窓の外が白み始める。もうじき夜明けだ。夜が明けたら国境に向けて出発することになる。
「そろそろ動きがある頃だ。覆面をかぶれ。遮音を解く。」
ミヤがぐでーっと座っていた椅子から立ち上がる。
「リリーサ、起きてる?後、馬車に乗るまではなるべく名前で呼ばないようにね。」
「わかってます。もう5匹くらいシルバーウルフが欲しいです。狩りに行きます。」
わかってないな。リルフィーナ、ほっぺた引っ張って。
「この起こされ方も久々でした。なんか懐かしいです。」
赤くなったほっぺたを撫でながら、リリーサが覆面に手を伸ばす。懐かしむほど昔じゃないけどね。つい最近だよ。
トントン。
今日何度目かのノック。が、今回はすぐに扉が開けられることはなかった。
「どうぞ。」
リリーサが返事をする。
「女性ばかりですからね。気を使っているのでしょう。」
あぁ、そういうことか。さっきまでそんなまねしなかったじゃない。今更だよね。
「最初は、本当にいるかどうかわからなかったようですし、2度目は女帝様のお出ましです。気を使ういわれはないのでしょう。」
扉が開き、師団長さんが入ってくる。
「失礼する。」
軽く頭を下げる。
「まもなく出発になる。馬車に移動をお願いしたい。後、兵を無駄に動揺させたくないので、なるべく人通りの少ない場所を通るが他意はない。女帝陛下のお客様とはいえ、ご容赦願いたい。」
この格好だと怪しまれるから、隠れて行くぞ、という事かな。まぁ、仕方ないよね。
「1つだけ確認していいか?」
師団長さんが困った目でこちらを見る。
「本当に女帝陛下の事を頼んで大丈夫なんだな?」
この状況で引っかかっていることがそれなの?
「敵なら女帝様はここにはいませんよ。」
「そう……だよな。すまん。見た目があまりにもあれなんで。」
言っていいのか悩んだようで、視線を合わせないようにそう言う。
「女の子を見た目で判断するのは最低ですよ。」
「俺だってそんな事はしない!普段は……だが……いや、そういう問題じゃないだろう!覆面ってなんだよ!?女帝陛下が信用しろとおっしゃるから信用しようとしてきたが、いや、信用したい……」
「これから先、何が起きるかわかりません。先入観に囚われると足を引っ張られますよ。」
覆面女が偉そうに言うな、とみんな思うな。この絵面だと。真面目にやるほどまともに見えないって何なの?
「将軍と対話後、決裂したら、前にも言ったが女帝陛下はお願いできるのか?」
師団長さんが真面目な顔になり、わたしたちをじっと見る。
「そのためにいるからね、わたしたち。師団長さんも頼むよ。」
「あぁ、わかってる。女帝陛下は必ず守ってお前たちに渡す。弟君と2人、頼んだぞ。」
「どこかで隠遁するか、他の国に亡命するかは、女帝様に決めてもらうからね。」
「あぁ。女帝陛下のお望みのままに。願わくは人並みでいい、幸せになっていただきたい。重ね重ね、後の事はお願いする。」
師団長さんがわたしたちに膝をつき、頭を下げる。
やめてほしい。わたしたちは、別にエリザベートがどうなろうと、正直生きてさえいてくれるならどうでもいい。最期まで面倒は見れないからね。
師団長に案内され、馬車が並ぶ広場に。
「あの奥の馬車に乗ってくれ。出発の時と移動の途中での休憩以外で声はかけない。それも馬車の外から声をかける。中ではゆっくりしてくれ。」
師団長さんなのかエリザベートなのか、気を使ったのだろう。覗かないし、馬車の扉も開けないから、馬車の中では覆面を脱いでいていいということだよね。
馬車に乗り込む。扉を閉めるけど、誰も覆面を脱ぐ者はいない。
「地味にあったかいのよね、これ。」
そう、この覆面、実に暖かいのだ。
見ると馬車には、簡易式ながら魔石による暖房具がある。
「至れり尽くせりよね。普通の馬車のより高級そうよ、これ。」
あまり気を使われると困るけどね。エリザベートを応援したくなるから。
「戦争を止めてくれるならいいんじゃないの?応援しても。」
「つまり、将軍をこの世から消す、ということですね。燃やしますか?消しますか?」
ファリナとリリーサがこちらを見る。いや、だから第3勢力があまり表に出るのはいいことじゃないからね。
遠くから女の人の声。何かを叫んでいるようだけど、ここでは内容まではわからない。エリザベートが兵隊たちに自分の行動について宣言しているのだろう。
これが終わったらいよいよ出発か。
宮殿の東側にある塔。皇帝一家の居所と続いているため、現在は誰もいない。
その東の塔の最上部にある見晴らし台に男が佇んでいた。
「ようやくいなくなってくれるか。」
男、ゴボルが、眼下の馬車や騎馬の群れを見つめている。
「ズールスさんの娘にも困ったものですね。自由奔放で。」
入り口から男が1人、そう言いながら入ってくる。
「まぁ、特に問題にもならん。好きにさせておくさ。」
「ズールスさんも、かつては会議の重鎮だったのに、今では武器屋とか。何がしたいのやら。」
「人の生き方に口を出すものじゃない。」
「まぁどうでもいいことです。僕は会議内で足場を固めて、いつか『新世界』へ行くことさえできればいいんですから。」
ロロックが顔を紅潮させ、酔いしれたように言う。
「あぁ、『新世界』どんなに素晴らしいところなんでしょうか……」
『新世界』に旅立った後に生まれた天人族の中には、自分も新たな大地に旅立ちたかったと思いを馳せる者も多くはないが存在する。だが……
「もう、異世界への扉は壊れてしまった。魔法陣は残っていないんだ。向こうに行く手段はない。あまり深く考えるな。」
「会議に秘蔵されている資料に何かしらのヒントがあるかもしれません。それに、ある日、向こうから連絡があるかもしれません。僕はあきらめません。絶対に。そのために今回の作戦の指揮に手をあげたのですからね。」
「そんな事より、その今回の作戦っす。揃いも揃って何油売ってるっすかね。」
いきなり女性の声が乱入する。
「油など売ってない。すべては予定通りだ。」
ムッとしてロロックが入口を睨む。
リーラーが扉に背をもたれて立っていた。
「魔人族はもうじき動き出すそうっす。まぁ、暴力沙汰はあちらさんに任せるとして、整地と塔の建設が急務っす。土の魔法を使える者に総がかりでやらせてもけっこう大変そうっす。ロロック君、ご自慢の魔法力で何とかならないっすか?」
「土仕事は僕には向いてない。魔人族からも力を借りることができるのだろう。そちらは君に任せたはずだ、リーラー。」
「はいはい。かよわい乙女に土木仕事を押し付けるなんて、酷い上司っす。地獄に落ちればいいっす。」
「あのなぁ……」
ムッとした顔のロロックを見て溜息をつくゴボル。
人族、天人族、魔人族、それぞれの思惑が交錯する中、朝日は昇る。いつもと変わることなく……




