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210.リリーサの家へ


 宮殿の会議室。エリザベートと師団長。それにわたしたちが、20人くらい座れそうな大きな机に、適当に散らばって座っている。

 「夜明けを待って出立します。本当は少し眠りたいところですけど。」

 いや、寝てから行こうよ。完徹だよ、死んじゃうよ。

 「死にますね。無論1人で死ぬつもりはありません。道連れはできるだけ多く……」

 リリーサが抑揚のない話し方で宣言する。覆面かぶってるからどこまで本気かわからないけど、いろいろとまずい予感しかしない。

 「食料、馬の飼葉、テント等々、従うのが第3師団中の96名としても、準備しなければならない物資が多数あります。急いでも今日の夕刻になるかと。」

 だよね。女帝がいきなり現れて、兵隊100人連れて旅行しますって言ったって急には無理だよね。

 「それもそうですね。領地の視察をするのにも数週間準備にかかりましたものね。」

 いや、それは日程や宿泊地等の会議を含めてそのくらいかかっただけで、出かけるだけなら半日あれば大丈夫じゃないかな。やっぱり殿上人。浮世離れが甚だしいよ。

 「夕方出立となると、すぐに日が暮れてしまいますね。出立は明日の日の出にしましょう。それまでに準備を。」

 「はっ。」

 師団長さんが部屋を飛び出していく。

 「ていうか、もう夜明けなんだよね。」

 エリザベートの演説が終わり、宮殿の会議室に集まったところでリリーサがお茶を淹れだして、止めることもできないままお茶を飲んでたら師団長がやってきて、今の会話になる。

 「止める気無かったでしょう。」

 「いいじゃん、お茶くらい。」

 「そーです、そーです。」

 ジロッと睨むファリナを、わたしとリリーサが睨み返す。


 「他国のあなた方に迷惑をかけっぱなしで心苦しいのですが、もう少し助力をお願いします。」

 「構わないけど、これからは軍が動くから、わたしたちは表立って動けないよ。」

 「わかっています。見ているだけで結構です。ただ、わたしにもしもの事がありました時には、バンスを連れてどこか遠くへ逃げてください。」

 うん、その時はエリザベートも一緒だよ。言うとごねそうなので、口には出さない。

 「この部屋、使っていいかな。このままここにいても、邪魔だろうから一度帰るよ。明日の夜明け前に戻ってくるけど、その時にこの部屋に移動したいんだけど。まさか、エリザベート様のお部屋に出るわけにもいかないしね。」

 「バンス様が宮殿を出られます。誰もいないならそこでもいいのでは?」

 わたしの提案にリリーサが代案を出す。

 明日の夜明けまで、覆面をかぶったままでいるつもりはないけど、宮殿にいたら脱げそうもない。なら、一度帰るしかないかなって思うわけ。

 「ここを使いなさい。今以降、ここは立ち入り禁止にしておきますから、好きな時に出入りすればいいでしょう。」

 いいのかな。言っておいてなんだけど、ここ広いから、わたしたちの出入りのためだけに使うのはもったいないよね。

 「構いません。どうせ、もう会議する用件もありませんし、もしも話し合うべき事があったなら、別の部屋を使います。」

 (いないからといって、女性がバンスの部屋に自由に入るなど許しません!プンプン!)

 何か言っていたようだけど、聞こえなかったので無視だ。

 「では、今日の深夜にここに戻ってまいります。女帝陛下も少しお休みになってください。国境までは馬車だと数日かかりますから。」

 「わかった。よろしく頼む。」

 リリーサの言葉にうなずいて、エリザベートも部屋を出ていき、わたしたち5人が残る。

 ……って、あれ?馬車だと何日もかかるの?聞いてないよ!

 「わたしたちがエルリオーラ王国の王都に行く時だって、3日、実質は2日半かかったでしょ。今度は女帝様用の大型馬車。ライザリアが使っていたような馬車で移動すると思うから、結構かかると思うわよ。」

 先に言ってよ、ファリナ。

 「国境の手前で会うことにすればよかった……」

 「大っぴらに歩き回るわけにはいかないもの、どこを通るかわからないでしょ。街道をずっと行くかどうかもわからないんだから、別行動は難しいと思うわよ。」

 覆面かぶって、何日も旅するの?勘弁してよ。

 「わたしたち用の馬車を用意してくれると言ってました。その中でなら、仮面脱いでいても大丈夫だと思いますよ。」

 え?そうなの?

 「今の会議、全然聞いてませんでしたね。」

 いや、リルフィーナ、そんなことは……ごめん……

 「一度戻りましょう。ここにいるといつまでも仮面が脱げません。いつ誰が、ここに入ってくるかわかりませんし。ところで国の者に見つかると面倒なので、休むのはヒメさんの家でお願いしたいのですが、ちょっとわたしたちの家に寄って行ってもいいですか?」

 「いいけど。先にわたしたちだけ戻ってたらダメなのかな。」

 「妨害があるかもしれません。わたしだけでは、対処しきれないかもしれません。戦力の増強を望みます。」

 ごめん、よくわからないや。仲間のハンターか誰かが、リリーサを捕まえようとするってこと?でも、領主からは、自由にしてていいって言われてるんだよね。まぁ、それをよく思わない輩もいるのかな。

 ところで、リリーサとリルフィーナ、どんなに仮面と言い繕ったって、これは覆面以外の何者でもないからね。

 「気分の問題です。」

 もう開き直りなさいよ。

 「じゃ、まずわたしたちの家に行きますね。」


 「どこに行ってたんだ!ずっと探してたんだぞ!」

 リリーサの家に着くなり、ズールスさんがソファーに座って待ち構えていた。

 「いつから会ってないの?」

 リリーサに耳打ちする。

 「全ハンターに、宣戦布告の可能性があるって領主様が言ってきた前からずっと。」

 リリーサがしれっと言う。え?それはまずいんじゃないかな……

 「お前に前線行きが命令されたのか確かめようにも、ずっと留守だ。もしかしたら、もう行ってしまったのかとずっと心配していたというのに、このバカ娘が!」

 「というか、どうやって家の中に入ったのですか?」

 「空間移動で。」

 「人に家に空間移動魔法で勝手に入るなんて、非常識にもほどがありませんか!?」

 それ、あんたが言う?

 「そんな事はどうでもいい。今まで何してたんだ?」

 「あちこち旅してました。ヒメさんと。」

 ズールスさんがわたしをギロリと睨む。わたしに振るな。わたしを巻き込むんじゃない。

 「どこに行ってたんだ?」

 「あちこち……かな。」

 ズールスさんに睨まれ視線を逸らす。

 「どうせろくでもない事に関わってるんだろう。」

 リリーサがカチンと来たようで、ギンっとズールスさんを睨む。

 「あなたがわたしを放っておいた10年の間に何もなかったとでも思ってるんですか?今更心配してるような顔はやめてください!」

 何かを言い返そうとして、口をパクパクさせるけど、リリーサの言葉に返せる言葉を見つけられなかったのか、ズールスさんが黙り込む。

 「確かに俺は親失格だと思う。それでも、娘を心配くらいしてもいいだろう。」

 今度はリリーサが言葉を失う。

 親子の間に口を挟んでいいものか悩む。くそ、こうなる可能性があったから、わたしたちを連れてきたな、リリーサ。

 リルフィーナがわたしの腕を肘で小突く。わたしにどうしろと。

 「あのね、ズールスさん……」

 「お前と出会ってからリリーサの奔放ぶりが倍加してしまった。」

 ほら、こっちに飛び火すると思ったんだよ。

 「ヒメさんに文句があるのですか?」

 「い、いや……」

 リリーサに細めた目でジットリ睨まれ、ちょっと怖気づくズールスさん。

 「わかった、多くは言うまい。だが、今どこにいて、何をしている?」

 「ヒメさんの家に避難してますよ。」

 「ウソつけ。ヒメの家を探して何度もエルリオーラまで行ったが、ずっと留守だったぞ。」

 「え?まさか、わたしたちの家も空間移動で勝手に入ったわけじゃないでしょうね。」

 「警吏さん!こいつです!!」

 「入ってない!さすがに人様の家には勝手に入るようなまねできるか!」

 大騒ぎだよ。

 「帰ったらタンスの下着の数、確認しなくちゃね。」

 「入ってない!取ってない!」

 わたしとリリーサを順に見て、慌てて両手を左右に振る。この慌てっぷり、怪しいな。

 「娘を心配してるだけなのに、なんで下着泥棒扱いされるんだ。」

 「普段の行いの悪さですね。」

 リリーサが容赦ない。ズールスさん、もうガックリだよ。


 「せめて、今までどこにいたかくらい教えてくれ。」

 「……ちょっと近くの帝国に旅行を……」

 リリーサが必死に目を逸らしながら答える。けど、それは……

 「待て!ちょっと待て!なんでギャラルーナに行ってるんだよ?」

 「ぎ、ギャラルーナ帝国とは言ってません。」

 「東方諸国で帝政なのはあそこしかないだろうが!何やってんだよ!?」

 まぁばれるよね、そりゃ。

 「心配はありません。女帝様とはお友達です。危険な事はありません。」

 「今、女帝様は病気だとかでいないだろう。何かあったらどうするんだ?」

 「いえ、健康です。さっきまでお話してました。」

 「待て!本当に待て!どうやって女帝様に会えたんだ?宮殿にはいないと聞いたが。」

 「居場所をゴボルさんに教えてもらいました。」

 「あんのジジィ!何やってやがる!!」

 ズールスさんが怒りの表情でスックと立ち上がる。

 「何を聞いた!?あいつから何を言われた?」

 全員の目がジットリとズールスさんを見る。

 「あ?」

 「何を言われたと思うの?で、ズールスさんは何を知ってるのかな?」

 しまったという顔で視線を必死に逸らす。

 「言ってみなさい。今なら命までは取らないから。」

 「……」

 「言いなさい。」

 みんなから目が全く笑っていない笑顔を向けられ、立ち上がっていたズールスさんがじりじりと下がっていく。

 「さぁ。」

 がっくりとうなだれるまで、そんなに時間はかからなかった。


 「詳しくは知らない。本当だ。俺は天人族の『メラク会議』から、しばらくぬけているから情報は入ってこないんだ。

 「何、その怪しげな会議は?」

 「あぁ、意味はない。天人族がこの世界の事をそう呼んでいるんだ。『メラク』と。呼んでいるのは天人族だけだから、人族は知らない。魔人族は見て見ぬふり。そう呼ぶ気などない。『メラク会議』は、まぁ、こちらの世界に残った天人族の意志決定機関といったところのものだが、決めなきゃいけないことなどほとんどない。年に1度の聖地への巡礼を魔人族と相談するくらいしか機能していない。」

 まぁ、言っちゃ悪いけど、怪しげな集団にしか思えないからね。天人族。

 「血を引くわたしも同意しますね。こればっかりは。」

 ズールスさんがさらに居たたまれなくなって小さくなる。娘にまで天人族は変態だと断言されちゃね。

 「そこまでは言ってませんよ!」

 怒られた。

 「で、ズールスさんは何を知ってるんですか?」

 ファリナがこちらを睨みながら話を元に戻す。

 わたしのせいじゃないからね。話がいつもそれるのは。

 「「「はいはい。」」」

 あれ、それ同意の態度じゃないよね。おかしい、冤罪が甚だしすぎる……






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