209.帝都の騒動 2
兵隊全員を引き連れ、エリザベートが進む様子を門の陰から覗き見る。
今の覆面をかぶった恰好が、あまりに怪しすぎてついて行くことができない。
「こんな覆面かぶったやつがゾロゾロ来たら話し合う気もなくなるよね。」
「わたしなら問答無用で消しますね。」
うん、やっぱりおとなしくしていよう。とはいえ、エリザベートに何かあったらすぐ動けるようにはしておかないと。
「よく考えたら、この覆面ってリリーサとリルフィーナだけがかぶれば済むことなんじゃないの?」
「ファリナさん、そばに兵士がいないとはいえ名前を呼ぶのはやめていただけませんか。ヒメさんも言った通り、どこの壁に耳があるかもしれないのですから。後言っておきますけど、わたしたちだけこんなふざけた格好するくらいなら、わたしはかぶりませんからね。」
「いや、あんたこの国じゃ、女帝様の弟を治療した聖女ってことで、ちょっとした有名人なんだからさ。」
「わたしを知っている人間には消えてもらえば問題解決です。」
いや、問題増やしてるからね、それ。
「ところで、壁に耳ありって西方諸国のことわざなんですよね。それに続く『しょーじにめあり』って何なんでしょう?」
「わたしは、内緒にすべきことを話してしまったために不幸になった、ショージとメアリーの悲恋の物語だと聞きました。」
わたしは、どんな些細な情報も見逃さない優秀なショージってスパイがいるから、内緒話をする時は、身の回りには気をつけなさいってことだって聞いてたよ。やっぱり、内緒話は気をつけてしないといけないってことなんだね。
西方諸国の事はよくわからないから、みんなそうなのかと納得する。
そうこう言ってる間にも、エリザベートは玄関の前まで来ていた。
「中に兵隊が隠れてなきゃいいけど。」
ファリナが心配する通り、宰相はプライベートを優先して家の中には護衛の兵士をおいてないだろうという予定で、こちらは現在の行動をとっている。中からいきなり剣を持った兵士が飛び出して来たら、止められるのかな、師団長さん。
「建物の中には1人しかいない。それが宰相かどうかはわからないが。」
ミヤが言うならそうなんだね。まぁなるようにしかならないか。
「っていいますか、1人なら当初の予定通りヒメさんが家ごと燃やせば済んだんじゃないですか?家族がいるかもとか言ってごねてましたけど。」
いや、リリーサ、当初からそんな予定はないからね。
屋敷の扉が、エリザベートがその前に着くより早く開かれる。
中から初老の男が出てくる。
「女帝陛下がいらっしゃるという事は、そういう事なのでしょう。ギルベリン、私を捕らえなさい。」
出てきた男が両手を差し出す。
「諦めがいいですね。どういうつもり?」
エリザベートが驚きと不信感をあらわにしてその男を睨む。
「ハイマン将軍に押し切られ、それを止められなかったのは、私の不甲斐なさ。陛下にはお辛い思いをさせてしまいました。国のためと納得しようと思いましたが、陛下がそれを望まぬのなら、ただの独りよがり。国を騒がせたのは私の不徳の至り。このうえは、この命で罪を贖いましょう。ただ1つお願いが。」
「何だ?」
「此度の件に妻と子供は関係ございません。帝国からの追放はやむなきことなれど、せめてその命だけは、私1人でご容赦いただけないでしょうか。」
女帝の意志に反した行動なんだから、これって反逆罪になるのかな。しかも宰相という立場で貴族。一族郎党死罪くらいありえる罪だよね。
エリザベートが黙って男を見続ける。男は顔色1つ変えることなく、ただこうべを垂れている。
どうなんだろ。将軍に騙された、みたいなこと言ってたけど、それだって将軍1人に罪を押し付けるつもりなのかもしれない。
「どうなるんでしょうね?」
リリーサが拳を握って見てるけど、わかりません。なにせ、わたしはこのおじいちゃんの事、何も知らないんだ。判断できないよ。なので、どうでもいいです。
「わたしはこれから国境に向け旅立ちます。戻ってくるまでの間、バーガン、お前に帝都を任せます。」
驚きの目でエリザベートを見つめる宰相と、横で見ていた師団長さん。
「い、いえ、私は……」
「私の留守中、国の運営を放っておくわけにはいきません。治める者は必要です。」
「それはそうですが……」
逆に困った顔の宰相さん。逮捕した後、死刑でもいいって言ってるのに、後は任せたなんて言われたらねぇ。
「将軍と話し合ったのち、わたしが帝都に戻ればそなたの任を解き、家族ともども帝都から追放。領地と貴族籍は没収しますが、私財は残します。それで、地方でも他国でも行って家族と暮らしなさい。もし、わたしでなく将軍が戻ることになったら、そのまま将軍と国を治めなさい。お前にとっては将軍が戻った方がいいのかな。」
「いえ。将軍が戻られても、私は職を辞します。家族からは、女帝陛下を裏切った裏切り者と罵られて、今や離縁寸前です。それでも、財を残していただけるのなら、妻子がしばらく生活するのに困ることはないでしょう。どちらが戻られても私は隠遁します。」
「そうか。今、妻子は……」
「妻の実家の領地に戻っています。なに、私と別れて実家の家名に戻ればなんとかやっていけるでしょう。これも、私の不徳のいたすところ。」
いや、何か見たくないものを見せられてしまった。人生の浮き沈みって大変だね。
「配偶者がいると大変ですね。」
リリーサがしみじみと言う。そうなんだけど、これってそういう事なのかなぁ。後、悲しそうな目でわたしを見るのはやめて、ファリナとミヤ!
「わ、わたしたちは国とか背負うものがないから大丈夫だよ。わたしたちが気楽に生きていければいいんだからさ。」
「そうよね。責任とるようなしがらみなんてないんだから、キャッキャウフフしてればいいのよね。」
そうなんだけど、もう少し言い方考えて、ファリナ。
「宮殿に戻ります。バーガンも支度をしたら登城しなさい。ギルベリン、帝都の警備の兵を全員集めなさい。今夜のところはわたしたち以上怪しいものは現れないでしょう。少しくらいの間、見張りがいなくても大丈夫。わたしから皆に伝えることがあります。」
「直ちに各軍に通達します。ナップ、隊の者をつれ伝令に向かえ。」
「はっ!」
さて、帝都はこんなものなのかな。いよいよ将軍とご対面か。
「この格好でみんなの前に出たら、多分阿鼻叫喚だろうから、わたしたちは隠れてるからね。」
「お願いします。」
宮殿に戻って、市街地の警備の兵が宮殿前の広間に集まって来ているという報告を受け、エリザベートがみんなの前に出る準備をしている間に、わたしたちはどうするか相談する。
いまだに、わたしたちを見るとエリザベートの眉間にしわが寄る。そろそろ慣れてもらいたいものだ。
「バンスのところにいてください。あぁ、移送の兵たちが行きますから、命だけは取らないであげてくださいね。」
いや、そんな誰でも彼でも襲い掛かるような言いがかりはやめてもらいたい。
ところで移送って?
「バンスとクラリアを、クラリアの実家の領地に移動させます。万が一、わたしに何かあった時、帝都に残っていたらバンスの命が危うくなるやもしれません。大事をとって安全な所にいてもらいます。」
将軍とどう話がつくのかわからない今となっては、女帝一家にとって、帝都も安全な場所じゃないってことか。
「いざという時は、あてにしてますよ。」
去っていく間際に、そう言って穏やかに笑ったけど、あれはいざという時逃げ出す顔じゃないな。
どうしたものかと思い悩んでいたわたしのところに師団長さんが来る。
「すまないが、隠れていてくれよ。」
「はいはい。」
「後、今のうちに言っておく。ハイマン将軍との話し合いで、万が一、万が一のことが起こりそうだったら、俺たちが時間を稼ぐ。無理やりにでも女帝陛下をお連れして逃げてくれ。頼む。」
あぁ、どいつもこいつもバリバリ死亡フラグを立てていく。
「みんな一緒に燃やしたら、後腐れないかな。」
「後腐れしか残らない気がします。」
そうか……面倒だね、リリーサ。
宮殿の最上階。女帝たちの部屋があるフロアの廊下の窓から下を見下ろす。
帝都に警備に残されていた1.000名くらいの兵隊が、整列して集まっている。
窓を開けると、下からのざわめきが聞こえてくる。
「がおー」
「ワー!」
わたしの後ろの部屋では、狼のぬいぐるみを持ったリルフィーナが、子豚のぬいぐるみを持ったバンスと、キャアキャア言って遊んでる。リルフィーナ、子どもの扱いうまいな。
「あぁ見えても、教会じゃ年下の子たちの面倒を見ていました。扱いには慣れたものです。」
リリーサが2人の様子に笑みを浮かべてる。あぁ、2人とも教会の孤児院にいたんだっけ。すっかり忘れていたよ。とはいえ、バンスって、12歳とか言ってなかった?来年成人だよね。しかも男の子が、ぬいぐるみでキャアキャア言ってるのってありなのかな……
「かわいいからいいんじゃない。」
ファリナの顔も緩んでる。まぁいいか。下じゃそろそろ、エリザベートの演説が始まりそうだ。
整列した兵隊たちの前に、エリザベートが現れると、少なからずざわめきが起こる。まぁ、世間的には病気だってことになっていたようだし、薄々女帝の状況がどうなっているか感づいていた者も少なくないだろう。それが、いきなり目の間の登場。驚くよね、普通。
「わたしがここにいる、現在の状況がわからない者も多いでしょう。いくつかのすれ違いがありました。これよりわたしは、その修正に向かいます。ここに戻るのは他の者かもしれません。ですから皆にお願いしたい。わたしの望みはこの国の平和。人民を守ることにあります。皆には、これから何があろうと、誰が帝都に戻ってこようと、感情に流されることなくこの国を守ってもらいたい。」
みんなを見回す。
「わたしは、しばしの間留守にする。その間この帝都を守ってもらいたい。この国の民を守ってもらいたい。諸君らの命をかけて!」
「我らの命にかけて!」
最前列にいた男が、剣を掲げて叫ぶ。
「「「「ウォォォー!」」」」
広場は雄叫びであふれた。
エリザベートが笑顔で手を振り、宮殿の中に消えても雄叫びは続いていた。
後に、この言葉をエリザベートは後悔することになる。




