2.戦う少女たち
「そうだ。おとなしくしていれば、命までは取りはしない。」
男たちの1人が、その場を無視して他の方向を見ていたわたしたちを見て、抵抗をあきらめたのだと考えたようで、剣を降ろしてニヤつきながら近づいてくる。
その手を伸ばしてわたしを捕まえようとしてきたので、とりあえずその手をはらって右ストレートを顔面に叩き込む。
「ギャム!」
吹っ飛んでいく男。しまった、ワンツーでいくべきだった。
「き、貴様ら!命がおしくないのか!?」
吹き飛ばされた男を見て、仲間の1人が慌てて剣先をこちらに向けてわめきだす。
「そっちこそ武器を捨ててあやまって降伏するなら助けてあげるよ。やさしいから、わたし。」
「うそばっかり。」
「ヒメ様外道。」
後ろからなにか聞こえたような気がするが無視。
「このぉ・・・おい!」
後ろの仲間に声をかける。
最初に襲っていた少女たちに近い男2人が、少女たちに剣を向ける。
「こいつらがどうなってもいいのか?助けたかったら剣を捨てろ。」
護衛の少女は立ち向かおうとするが、後ろにかばっている守るべき少女がいては分が悪そうだ。
「え?あんたら捕まえて報酬もらえるなら、別にその2人がどうなってもかまわないけど。」
「え?」
「はぁ?」
おかしい、その場にいた敵味方関係なく、私以外の全員が冷たい目で私を見る。なんで?
「はぁ・・・」
ファリナ、なぜため息?
「ヒメ様マジ外道。」
え?ミヤまで?
「じ、冗談よ。冗談。」
あわてて取り繕う。なんで、盗賊よりわたしが悪者扱いされているんだ?
「死んじゃったら、旦那様とやらにご褒美がもらえないでしょ。」
いやファリナ、ぶっちゃけすぎ。
さすがのミヤもファリナをあきれた目で見る。いや、ミヤだけかと思ったら、盗賊も少女たちもファリナへの視線が冷たい。それでも、この冷血の現実主義者は顔色一つ変えない。小心者のわたしにはできない芸当だ。
あ、ヤバい。遊びすぎた。時間がない。
「ミヤ、その2人をお願い。ふざけている時間なくなった。」
「わかった。でも、それはヒメ様の自業自得。」
突風が突然吹く。風で舞い上がった土煙に、顔を手で庇う男たちと少女たち。わたしが、風魔法で風を起こしたのだ。それと同時に、わたしの後ろにいたミヤの姿が消える。
次の瞬間、ミヤは男たちと少女のあいだに現れ、いつの間にかその両手につけた鋼の鉤爪で少女に向けていた2本の剣を跳ね飛ばした。
「え?」
「なんだ?」
なにが起こったのかわからないまま剣を飛ばされた男に、ミヤがさらに追い打ちの蹴りをおみまいする。
「ギャ!!」
2人が吹き飛ぶ。
「大丈夫、殺さない。ミヤはやさしい。」
こちらをチラリと見て言う。
くそー、わたしに対する当てつけか?大体、わたしも殺してない・・・今のところは・・・
これで、わたしとファリナ、ミヤと少女たちの間に盗賊5人が挟まれる形になった。わたしに殴られた奴とミヤに蹴り飛ばされた奴らは起き上がって拾った剣を構えている。
「ファリナ。」
声をかけ、わたしが回り込むようにミヤたちの方へ向かうと、ファリナもそれに従いついてくる。
男たちは囲まれるよりはいいと思ったのだろう、わたしたちが合流するのを、剣を向けたまま動かないで見つめている。
「5人集まれば勝てると思ったのか?剣対剣で男と女、しかも、そちらの1人は戦力外。おとなしく降参しな。今ならまだ許してやるぞ。俺はやさしいからな。」
そう言って笑う男たち。
「そろそろね。今なら助けてあげるわよ。さっきも言ったけど、わたしやさしいから。」
「うそつき。」
「ヒメ様は外道。」
「あんたら、後でゆっくり話しましょう。」
2人を睨みつける。
「しかたない、殺さない程度に痛めつけてやれ。」
そう言って、男たちが動き出そうとした時
「後ろ。あぶないよ。」
やさしいわたしは男たちに警告してあげる。
「へ、なにを言ってやがる。そんな手に引っかかるやつが・・・」
「キャァ!」
わたしたちの後ろにいた少女が悲鳴をあげる。
一番後ろにいた男が吹き飛ばされる。
少女の悲鳴が自分たちに対してではないことに気付き、その上、仲間の1人が吹き飛ばされ、あわてて振り向いた男たちの目に、魔獣であるオークが3匹迫ってきているのが映った。
この辺りは森の奥の方に近い。獣だけじゃなく魔獣も出る。
「うわぁぁぁ!」
盗賊たちは反撃を試みるが、また1人オークに殴り倒される。
探知魔法を使えるわたしには、オーク(正確には何か)が近づいてきているのがわかっていた。
なのでわたしは、盗賊とオーク全部を相手にするのはめんどうくさいと思い、両方をぶつけて数を減らすことにした。まぁ、いざとなれば、全部燃やしちゃえばいいし。
予定通り数は減ったし、あとはファリナの言うとおり、盗賊を捕まえればいい。
「オークは燃やしてもいい?」
「まって、ヒメ様!」
ミヤが珍しく大声をだす。
「何?」
「オークはおいしい。」
一瞬、場の空気が凍る。
あぁ、そうですか・・・わかりました。燃やさなきゃいいのね。オークは原形をとどめて倒す。盗賊は殴り倒して生け捕り・・・いや、オークに殴られた2人は生きてるの?あ、動いてる。タフだな。もう、なんかいろいろ面倒くさくなってきたな・・・みんな、一発で燃やしたい・・・
「うわぁぁぁぁっ!」
盗賊たちが逃げ出した。動けるやつは、倒れたやつを引きずりながら逃げる。
「あ、こら、逃げるな。おとなしくお縄につけ。」
追いかけようと思ったが、オークは、男より肉の柔らかい女のほうがいいようで、盗賊たちには目もくれずこっちに近づいてきたのでそちらの相手をせざるをえない。
「あぁ、もう、しかたない。1匹はご飯。2匹はギルドに売る。盗賊より高く売れるはず。だから、燃やしちゃだめよ。ヒメ。」
ファリナがなかばやけになって叫ぶ。
「で?」
ファリナが後ろの2人にジト目で話しかける。
「オークでも報奨はでるのかしら?」
護衛の少女がこの非常時に何を言っているのだ?といった目をしながらも答える。
「も、もちろんだ。お嬢様がご無事なら、わたしから旦那様に説明する。だが、あなたたち3人、いや、わたしを入れて4人でもオーク3匹は・・・」
普通、低ランクハンターはオーク1匹に対して剣士なら3~4人で対応する。3匹なら9~12人必要な計算になる。Cランクになれば、1匹に対し2、3人で対応するし、魔術師の補助があれば、Cランク剣士1人で戦うこともできるだろう。
護衛の少女は、わたしたちを剣士だと見ているようだし、ランクもさほど高くないと思っているのだろう。見た目、10代前半だしね。いや、実年齢もそんなものだよ。言わないけど。乙女に年齢聞くやつは死んでいいと思う。
それに、わたしはショートソード、ファリナはロングソード、ミヤに至っては腰には短剣だけど、さっき使ったのは両手の鉤爪でどう見ても拳術士。魔法使えなさそうだもんね。さっきから燃やすって連呼してるんだけど。
「話はついたわ。ヒメ、燃やす以外でやっちゃって。」
少女の話の後半は無視してファリナが指示を出す。
「りょーかい。」
とりあえず、リーダーはわたしなんだけど。
ていうか、ファリナは少女2人を守る態勢なのはいいとして、ミヤ、なぜこの状況で雲を眺めてる。わたしまかせでやる気ないね。
右手を左から右に振る。
わたしの前に直径10センチくらいの水球が3個現れる。
今度は、左手を右から左に振る。
水球が錐状の氷の塊になる。
「いっけー」
再度、右手を振る。氷の錐はものすごいスピードでオークを襲い、頭を貫通する。
オーク3匹は、その場に倒れて動かなくなった。頭、撃ち抜いたんだから死んでるよね。
「以上!最小限にとどめたわよ。文句ないわよね。」
「いつもこうしてくれていれば・・・」
ファリナ、なぜ泣く?え、いつも苦労してる?いや・・・なんかごめん。
「それにしても、あいかわらず氷魔法は不得手ね。最初から氷を構成できなくて、水から変成しなきゃいけないなんて。」
「できるよ。威力が保証できないけど。いきなり氷を作ると威力が加減できなくて全身消し飛ばしちゃうかもしれないだけで。確実にはヤっちゃえるけどね。」
「だから、不得手だといっているのでしょう。だいたい炎だって加減できないのなら得意とはいえないでしょう。って言うか、なにをヤっちゃうのよ・・・」
「その場で焼き肉するわけじゃないんだから加減なんていらないよ。攻撃魔法は敵を殲滅できればいいのよ」
「あの・・・」
後ろで呆然としていた2人が、我に返って声をかけてきた。
「なんというか・・・助けていただいてありがとうございます。えーと・・・魔法使えてしかも、オークを瞬殺できるなんて、すごい強いんですね。」
「まあね。で、オークはわたしたちがもらってもいいのかな?どこかの部分いる?」
「いえ、大きくて持ち帰れませんし、欲しい部分もありません。皆さんで持てる分をお持ちください。」
あぁ、オークを3匹なんて女の子が背負って帰れないよね。普通なら。
「なら、もらっちゃうね。」
わたしは、右手をさっと振る。
倒れていたオークがスッと消える。
「し、収納魔法?」
「うん。わたしは<ポケット>って呼んでるけどね。」
「オーク3匹も入るんですね。」
「え?あぁ、うん。」
1万匹でも入るだろうけど、よけいなことは言わない。収納魔法持ちは数少ない。変に興味を持たれても困る。
<ポケット>の中では時間が経過しないようで、いつ取り出しても入れた時のまま。ただし、生きたものは入れると死んじゃう。
「ところで・・・」
ファリナもよけいな話になると気付いたのだろう。話を逸らす。
「失礼ながら、ここはハンターでも中級以上のエリア。お嬢様を連れてホイホイ来るような場所ではないと思いますが。」
「それはわかっているのですが・・・」
護衛の少女が言いづらそうにお嬢様を見る。
「そういうあなたたちのランクはどうなの?」
お嬢様が、ちょっとムッとしたように言ってくる。
「わたしたちはDランク・・・です。」
言いづらそうにファリナが答える。
もともと村にいたころはAだったのだが、ちょっとした事情で、1からギルドに登録しなおしたため、AからFまであるランクの今はDだ。
これでも、数か月でDになるなんて、普通じゃありえないスピードなんだけどね。
「うちのマリシアはCランクです。Dランクのあなた方が来てもいいのなら、わたしたちが来てもなにも問題ないでしょ。」
マリシアというのは護衛のお姉さんの名前かな。それはさておき。
「あのね、貴族のお嬢様がどれだけえらいのかわからないけど、助けてもらった相手への言いぐさかしら。今のは。」
ムッとしたので、言い方がきつくなってしまう。
お嬢様は顔を真っ赤にしてわたしをにらみつけるが、さすがに自分の態度が悪かったことはわかっているのだろう。すぐにしゅんとなって視線を落としたまま謝ってきた。
「ごめんなさい。言いすぎました。それと助けていただいてありがとうございました。」
「こんな子どもに謝らせるなんて、ヒメ様外道。」
あまりに素直に謝ってきたので、なぜかわたしへの風当たりが強い。
え?今の向こうの態度が悪かったよね?あれ?
「いつまでもここにいるのもなんですから、もう少し安全なところでくわしいお話を。」
マリシアがそう言ってきたので、それに従ってわたしたちは場所を移動することにした。
ここにいてもこの2人の少女が邪魔で、できることがなんにもないしね。