179.閑話
「戻ったよ。」
リリーサの家の扉をノックすると扉が開き、リルフィーナが迎えてくれる。
リリーサの家に戻った後、わたしたちは一度わたしたちの家に戻り、防寒服を取ってきたのだ。
わたしの部屋の拡張という大規模な工事のせいで、防寒服をどこにしまったのかがわからなくなるなどの騒ぎもあったけど、何とか見つけることができた。
「使わない物を物置に突っこんでおく癖なんとかしなさい。」
ファリナが怒るけど、使わないんだからどこにおいてもいいじゃない。
「半年ごとに使うでしょ!」
その時はその時なんだよ……はい、悪かったよ。
「家の中から空間移動すればいいのに、なぜいちいち町の外まで歩きますか。」
フカフカの絨毯に横たわり、熱いお茶を飲んで幸せそうなリリーサ。
「言ったでしょ。わたしたちにも矜持があるの。町中じゃ<ゲート>は使いません。」
「町中じゃありません。家の中です。」
あぁ、うるさいな。どの道、家に鍵をかけてるんだから、今のままじゃわたしたちの家の中には直接入れないの。ミヤの結界があるんだから。
「で、さっきの建物ライザリアにどう説明しよう。」
ファリナが考え込む。
「見たまま言えばいいじゃない。」
「説明してみて。」
何言ってんのかな、簡単だよ。
「なんかおっきい壁がバーンとあって、中にちっちゃい建物が何個かこうドーンと建ってて、なんか人がいっぱいいたよ。」
なぜ、呆れた顔でわたしを見る……
「いいんじゃないですか?」
だよね、リリーサ。
「あんたたちは黙ってなさい。でも、口じゃ説明しづらいなぁ。」
ファリナが腕を組んで悩んでる。いや、今説明してあげたじゃない。
「わたしが絵で描きましょうか?」
「「え?」」
わたしとファリナビックリ。
「リルフィーナって絵が描けるの?」
「あまりうまくないですけど。」
頬を赤く染めて、頭を掻くリルフィーナ。そういえば、絵が好きだって言ってたよね。
「色を塗っている時間無いですので鉛筆画でかまいませんか。」
十分だよ。そう言って描き始めたリルフィーナの絵は、抜群の記憶力と相まってさっき見てきた景色そのものだった。
「一度ライザリアにこの絵を見せてから、これからの方針を決めた方がいいと思うけど。」
「では、エルリオーラ王国の王都に行きましょうか。もう少し休んでから。」
十分休んだでしょう、あんたは。
「ダメね。」
え?何で、ファリナ。
「ライザリアが王都に帰ったのは昨日。つまり、まだ王都に到着してないわ。」
なんだってー!!?
「あれ、どうしよう……」
作戦開始半日で、さっそく行き詰まりだよ。
「仕方ありません。王女様が王都に着くまでの2,3日の間、することがありません。何か狩りに行きましょう。」
「どこに、何を?」
「近場で。お昼ご飯を。」
ミヤが会話に入ってくる。あぁ、そういえばゴタゴタしててお昼まだだったね。
「なら市場に食材を買いに行きましょう。」
ファリナは気が乗らないよう。
「新鮮な狩りたての方がいいんじゃないでしょうか。」
「解体できないの。何か狩って、ゴルグさんのところに解体しに行ってたら、もう晩ご飯になっちゃうの。」
「それは大事件だ。」
ミヤが気色ばむ。
「だが、外でやっていいならミヤができる。」
「で、外で食べるの?寒いんだけど。それとも血の滴る肉をヒメかリリーサの収納に直接入れる?」
「袋に詰めれば。」
「持ってる?」
いつもはゴボルさんの家備え付けのものを使っているから、わたしは持ってない。
「市場に買いに行きましょう。」
いや、リリーサ、それなら食材買ってきた方が早いよ。
「もう面倒だから外食にしよう。」
「たまにはいいですか。お茶のおいしいお店がいいですね。」
え?ご飯のおいしい、じゃないの?
リリーサの住んでいる村の1件の食堂の前に立つ。
「ここは何がおすすめなの?」
マイムの町や最近じゃロクローサの町で外食するけど、他の町、ここは村か、しかも他国の食堂はあまり入ったことない。リリーサおすすめでちょっと楽しみ。
「ここはショートケーキがおすすめです。」
「いや、お昼ご飯って言ったよね。ケーキはお昼ご飯に入らないからね。」
「何を当たり前のことを言ってますか。頭悪いんですか?」
今の会話の流れでどうしてわたしの頭が悪い事になるんだろう……理不尽だ。
「食後のデザートのイチゴのショートがおすすめなんです。」
「その前にメインのおすすめ教えてくれないかな。」
あぁ話ができない……
そして、お店の人から料理のおすすめを聞いて注文したのだけれど、食後のケーキを選ぶのにファリナとリリーサがメニューとにらめっこを始める……あんた、イチゴのショートがおすすめって言ってたよね。
「そうなんですが……この茶葉の入ったティークリームのやつも捨てがたいんです。」
「今の時期は栗よね……モンブラン……いえ、マロングラッセの乗ったクリームケーキが……あぁでもイチゴも……」
ファリナ、あんたもか……急にどうしたのよ。
「今日はいっぱい動いたから、少しくらいならいいと思うの。」
あぁ、今までは我慢してたんだね……開いた口が塞がらない。
食事が終わり、ケーキが運ばれてくる。リリーサはなんかお茶のやつ、ファリナは栗が乗ったやつを頼んだようだ。いっぱい頼むのかと思ったら、今は我慢するとか言ってたけど、この後ケーキ食べる予定はないからね。
「栗が乗ったやつって、もう少し言い方考えて。」
栗が乗ったやつでわかるんだからいいじゃん、別に。
「ヒメのイチゴおいしそうね。」
「まったくです。」
いきなり話が変わるのは何なんだろう。
ファリナとリリーサがわたしのケーキのイチゴをガン見。
「取ったら燃やすからね。イチゴのショートはイチゴがなくなったら何も残らないの!わかってる?」
「ケーキが残るじゃないですか。」
あのね、リリーサ、ショートケーキのケーキ部分は飾りなの。本体はイチゴ。
「じゃ、飾りはいらないですよね。」
言うなりリリーサがわたしのお皿のケーキからイチゴを除けるとケーキのクリームのついたスポンジ部分を持っていく。わたしのお皿にはイチゴが1粒残る……
状況がのみこめず、わたし呆然。えーと……ハッ!
「何してくれてるかなー!!」
「え?イチゴがあればケーキはいらないんですよね。」
イチゴとられるかと思ってたらまさかの展開……これは予想できなかったな……じゃなくて。
「あんたね……」
「ん?」
怒鳴るわたしをしり目にヒョイとわたしのケーキを一口で食べる。
「……あ、あぁっ!……り、リリーサの、リリーサのバカァ!」
泣きながらお店を飛び出す。
「おい、食い逃げだぞ!」
走るわたしの後ろでお店の人が叫んでるけど、今は食い逃げなんかに構ってる場合じゃない。
「食い逃げですって。嫌ですね。」
自分のケーキにフォークを刺すリリーサ。
「え、と、ヒメさんの事じゃ……」
「何を言ってます、リルフィーナ。ヒメさんの分の代金はわたしが払います。貸しにしておきます。どこが食い逃げですか。」
「世の中の見解とちょっと剥離しちゃってるかな。」
「ファリナさん、世界はウソしかありません。信じられるのは自分だけです。」
「立派なご説だけど、この場合どうかな。」
食事を食べ終わるなり、全力で走って店を飛び出していった女を、お店はどう見るか。まぁ一緒に来店した者たちがここにいっぱいいるのだから、よく見て判断すべきなんだろうけど、普通、あの状況はお店の人は焦るよね。そう思うファリナだったが今の心配はヒメを追っていった2人の店員。
「生きて帰ってくればいいけど。」
問題があったらリリーサに押し付けよう。ファリナはそう心に決めると、ケーキを堪能することに集中する。
「あ、あの……」
店主らしき人が恐る恐る近づいてくる。
「今飛び出していった方は……その……」
「わたしたちの仲間です。当然料金はそちらの人が払います。」
自分で払うと宣言したにもかかわらず、なんでわたしに言うかなとファリナがリリーサを睨む。
「そ、そうですか。あぁ、追いかけていったうちのスタッフが暴力的な事をしなければいいのですが。」
「お前の部下が無事に帰ってくることを祈った方がいい。生命的な観点で。」
おいしそうにケーキを頬張るミヤの言葉を理解しきれない店主は、ただ茫然と立ちすくんでいた。
そして、ヒメが戻ってきた。後ろに服や髪が黒く焼け焦げた男を引き連れて……
「冤罪よね。」
「その点はお詫びします。が、しかしうちのスタッフへの暴行は……」
「無垢の少女を暴行しようとしたのはそっちよね。生きて帰ってきただけでも感謝してほしいものだわ。何なら町の人に聞いてみようか?」
わたしの正論に反論できない店側。町中でいきなり女の子を追いかけまわしたあげく肩を掴んで押し倒そうとした事実を、町の人みんな見てるんだからね。まぁその後燃やされたけど……
「言いがかりよね。」
「言いがかりだな。」
ギロリと2人を睨む。ファリナもミヤも目をあわそうとしない。
「押し倒そうなんてしてないですぅ。」
髪の焦げた男が涙目で呟く。うるさい。わたしに掴みかかった時点で暴行罪は成立だ。
「まぁ特に問題もなかったわけですから、何もなかった、ということでどうでしょう。」
あるよ!あんたがわたしのケーキを食べた事は大問題だからね!
「わかりました、今回のお食事の料金はいただきません。それでおしまいという事に。」
店長の言葉にリリーサが首を横に振る。
「こちらも迷惑をかけました。料金は払います。そのかわり、こちらにイチゴのショートを1つサービスしていただけませんか。」
リリーサがわたしを指さす。
え?そう?それならチャラにしてあげてもいいかな。
「わかりました。それでいいのなら。」
店長が頷き、円満というわけではないけど問題は解決した……と思ったんだけど。
「で、わたしにイチゴのショートとモンブランを2個ずつサービスしてください!」
「え、ならわたしにもイチゴのショートが2個とティークリームのケーキ。」
「ミヤはイチゴショート2つ。」
「みなさんずるいです!ならわたしは……」
サービスのケーキの数が2桁になった時点で店長の顔色が青くなる。
「ごめん、これで……」
さすがに見ていられなくなり、わたしはそっとテーブルの陰から銀貨を数枚店長に渡す。
ホッと息をついた店長がケーキを運ぶよう店員に命じる。なんでわたしがケーキの分を払ってるんだろう……世の中は理不尽だ。
「あー、おいしかったです。」
リリーサが満足そうにお店を出る。リリーサが払ってくれたわたしの分の食事代より、わたしが店長に渡したケーキ代の方が高かったことは今一つ納得できないけど、蒸し返すのも面倒なので我慢する。
「いらない時間をとってしまいました。ヒメさんが食い逃げしようなんて考えるから。」
あんたがわたしのケーキを食べたのが原因だからね。
「そろそろ王女様、王宮に到着してませんかね。」
まだ無理でしょう。なんかずっと騒いでた気もするけど、まだギャラルーナ帝国の国境から帰ってきて半日しか経ってないからね。
通りを歩いていると、一軒の家屋の前が妙に騒がしい。
「村のハンターギルドですね。また何か魔獣でも出たのでしょうか。」
「行ってみる?」
「ギルドの依頼となると、依頼の内容次第ですけど、狩った魔獣はギルドに引き渡すことになって、こちらのものにできない可能性があります。おいしくないのであまり興味はありません。」
狩った魔獣はお店に出したいリリーサにすればそうか。
「あ、リリーサさん、ハンター全員集合だそうです。」
騒ぎに集まっていた中の輪の外側に集まっていた人の中から、1人の女性がリリーサに気づき声をかける。
「無視するとまずいでしょうか、キャナーさん。」
「領主様がいらしていて、お話があるようです。村に残っているハンター全員に声をかけたはずですけど。」
ご飯食べに外に出てたもんね、わたしたち。
「じゃ、わたしたちは外した方がいいよね。領地の話なら。」
他国のハンターに聞かれては困る話かもしれない。
「家にいてください。鍵を渡しておきます。」
「壊して入ってもいいけど。」
「警吏が飛んできますからね。」
あぁ、もう面倒な騒ぎはいいや。
リリーサの家に戻り、フワフワの絨毯でダメ人間を満喫する。
「朝作った冷茶がまだあるから飲む?」
ギャラルーナ帝国偵察で、お湯を沸かせないから冷茶を持っていったけど、寒くてほとんど飲んでない。
和まっていたら、家の扉が壊れそうな勢いで開けられる。リリーサがとびこんでくる。
「た、大変です!」
「今度は何の魔獣よ。」
「ギャラルーナ帝国がガルムザフト王国に宣戦布告です!」
……え?




