172.特殊商品販売日 2
昼前には開店の予定だから、急いで商品を並べなくちゃ。
リリーサに、お店の中に空間移動の門を開いてもらう。
正面の入口のカーテンの隙間からお店の前をのぞいてみたら、お客さんがこの前よりちょっと多い気がする。
「知り合いの業者さんに聞いた話じゃ、シープの毛は服などに編んでみたら、獣の羊毛よりかなり質がよかったようですよ。毛皮業者さんだけでなく、縫製関係の業者の方々が目をつけているとか。」
リリーサがわたしの疑問に答えてくれる。これまでは、毛皮そのものと肉くらいしか商品として出してなかったけど、羊毛とかになれば、いろいろ使えるのか。
「問題はゲーターですね。誰に聞いてもいい反応がありませんでした。」
あぁ、天人族から始まって、人族も、ゲーターを管理しているような魔人族でさえ芳しい評判を聞かなかったんだよね。
「魔人族が管理しているわけじゃないけどね。」
ファリナ、細かい。あいつらの領地の生き物だもの、あいつらが責任持つべきでしょ。
「さて、商品を並べるわけですが、今回は種類が限られているので、並べるものはせいぜいシープの肉くらい。シープ毛とゲーター皮は逆に邪魔になります。」
シープ毛とかの言い方はともかく、シープの毛は細くそれなりの長さがあるため、袋に詰めてもかなりの数がある。一袋1キロで詰めてみたら、1匹につき54袋になった。しかもその1袋が縦横1メートル、厚さ20センチはあろうかという大きさ。10匹分540袋の量たるやここには置ききれそうもない。
肉もさすがウルフより巨体。各部位1セットの1人前にして、36人分用意できた。それが10匹分。業者への説明や披露が終わったので、見本として残してあったシープ1匹も解体済みだそう。ミヤがいなかったので、ゴルグさんたちが大変だったらしい。
逆に巨体の割に体積の少なさそうなゲーターの肉は1匹につき11人前しか取れなかった。皮は、頭、胴、しっぽで分割してある。頭のないのも何匹かいるので、分割することでいろいろごまかせるようにしたわけ。皮を集めれば、そのままではないにしろ、ほぼ1匹の形になるので、今回は見本用のゲーターはない。というか、あれそのまま見せられたら誰も買わないんじゃないのだろうか。頭だけ見ても十分おじけづきそう。
「ゲーターの肉は一応出しますけど、売れない予定です。まさか魔人族をしてゲテモノ認定されるとは思いませんでした。」
「つまり、明日からのユイとアリアンヌのご飯になるんだね。」
「え?何でわたしたち限定?というか、げーたーって一昨日から言ってますけど、何なんですか?」
「知らない方がいいよ。明日からのご飯なんだから。」
「そんな怖いもの食べられません!ユイ、げーたーって何なんですか?ユイに聞きに来たんですから、ユイは知ってるんですよね。」
「大丈夫だよ、お嬢。食べても死ぬようなことはないから。」
「慰めになってません!怒りますよ!」
涙目の瞳が、振り返ってわたしたちに向く。
「大体、何を狩ってるんですか!?常識ってものがないんですか!?食べられるかわからない物を狩ってきて、それを食べようなんて、頭おかしいんじゃないですか!」
「いや、お嬢。そいつらおかしいから。いまさらだけど……」
ユイ、何を言ってるの。おかしいのはリリーサだけだからね。
「ファリナさん、ヒメさんのご飯もゲーターにしてください。大丈夫、黙っていれば気がつきません。なにせヒメさんですから。」
リリーサ!そんなわけあるか、と言いたいけど気がつく自信がない。
「それってファリナさんは食べられるんですか?ヒメさんやミヤさんじゃ参考になりません。」
いいでしょう、アリアンヌ。そこに座りなさい。生のまま食べさせてあげるから。
「そろそろいい時間なんですけど、大丈夫なんですか?」
「は?り、リルフィーナ!もっと早く言いなさい!」
リリーサが大慌て。とりあえずシープの肉を収納から出す。
「並べてください!早く!」
しかたないので、みんなでシープの肉を冷蔵庫に並べる。今回のこのバタバタ感は何なんだろう。
「さて、いよいよ開店です。ミヤさんとアリアンヌさん、出番ですよ。」
「ヒッ!」
リリーサの笑みにアリアンヌが悲鳴をあげる。
「さぁ、『アリアンヌに癒され隊』の皆さんがお待ちです。」
あ、やっぱりアリアンヌにもそういうのできたんだ。ユイが黙ってるかな、ってユイはどこ?
「癒され隊のリーダーに話があるというのでどなたか教えてあげました。何人天に召されてることでしょうか。」
楽しそうに言わないでよ。隣の派出所にいる警吏の人たちが黙ってないでしょ、それ。
「話はついた。」
ユイが裏口から入ってくる。
「何人ヤったのよ?」
「何の話だ?お嬢の癒され隊のリーダーに会ってきた。あたしが名誉会長をやってもいいそうだ。」
ごめん、何言ってるの?
「お嬢の癒され隊の総責任者はあたしになった。さぁお嬢、安心してみんなの前へ。」
「バカですか!?そんなことするくらいなら、そいつら全員天に召してください!」
いや、アリアンヌ。人死にはよくないよ。
「どの口が言うんですか?」
ギロリと睨まれた。何だかアリアンヌの目がすわってるんですけど。
「もういいです。あいつらはわたしがやります。」
剣をいきなり抜く。
「え、とアリアンヌ?」
「いいぞ。ついでにミヤのもやってこい。」
こら、ミヤ。煽るんじゃない。
「全滅させて来ればいいんですね。」
「どうしましょう。おもしろそうなんで見ていたい気もするけど、そうするとお客さんがいなくなってしまいます。」
「いや、止めなさいよ、リリーサ。」
「え、でもおもしろそう……」
確かに……じゃなくって。
「従業員が騒ぎを起こしたらお店がお取り潰しだよ。店長なんて打ち首獄門だよ。」
「それ何の情報なんでしょうか……」
「なるほど。潰れてしまえば2度とこんな恥ずかし目にあうことはないのですね。」
「返ってやる気がでてるんですけど。」
おかしいな。まぁわたしとしてはどっちでもいいけど。
「で、でも、このお店が潰れたらシープの売り上げがなくなって、お金が手に入らないんじゃないですか。」
「……それは……」
リルフィーナのセリフにアリアンヌの動きが止まる。
「お嬢。お嬢が店の前に立つ姿は、とても凛々しくてかっこいい。恥ずかしくなんかないんだ。」
「ユイ……」
アリアンヌがユイを見つめる。
「……ハァハァ言いながら頬を赤らめて言われても、説得力がありません!」
さらに怒りだしちゃったじゃない。まったく。
「ほら、落ち着いて。そうだ、ケーキがあるんだ。これでも食べて落ち着こう。アリアンヌはイチゴとチョコどっちがいい?あ、リリーサ、お茶淹れて。」
「あのね、ヒメ。そんなんで落ち着くわけ……」
え、そうかなファリナ。リリーサなら一発なんだけどな。
「い、イチゴで。」
「……落ち着くんだ……」
「待ってください、イチゴはわたしも所望します!あ、でもチョコも……あぁ、困りました……」
しまった。今度はこっちが暴れ出した……というか、ファリナ。何であんたまで考えこんだ顔してるのよ。
テーブルに出したケーキを、じっと眺めて動こうとしないアリアンヌ、リリーサ、ファリナ。仕方ないので、わたしがお茶を淹れる。
「ですから時間無いんですってば。」
もうこうなったら、誰も動かないから諦めよう、リルフィーナ。実はミヤも部屋の隅からずっとケーキを見つづけてるんだ。
「チョコとイチゴを続けていただくのは、風味が濃くていまいちでしたかね。」
「まぁ、お茶で口直しできるので我慢できないほどではないです。」
リリーサとアリアンヌが口うるさい。食べてから言うな。というか、どっちかにしとけばよかったじゃない。
「2種類あるのに1種類しか食べないなんて選択がこの世界にありうるんですか?」
「ヒメさんはやっぱりおかしいです。」
なんで、2人揃って驚いたような顔でわたしを見るの……ファリナとミヤを見なさい。文句も言わず食べてるよ。
「「おかわり。」」
ファリナとミヤがお皿を突き出す。
「もうないよ。」
「時間をとられましたが、お茶の時間なら仕方ありません。お客さんも文句を言わないでしょう。」
本人たちに聞いてみたら?
「落ち着いたところで、ミヤさん、アリアンヌさん、出番です。」
「落ち着いてないけど、ケーキをいただいてしまったので仕方ありません。ミヤさん、行きましょう。」
2人が入口を開け、店の前へ。歓声が響いた……何なんだろうね、このお店。
「「「ミヤ様―!!」」」
「「「アリアンヌ!アリアンヌ!!」」」
「燃やすべきだと思うんだ。」
歓声を聞いていると、つい<爆炎>を放ちたくなる。というか、アリアンヌに歓声を上げてるやつらの先頭にいるのがユイってどういう状況よ。あ、あいつ名誉会長になったんだっけ。
「では、販売を開始します。今日の商品はこちらになります。」
ファリナとリルフィーナがお店の壁に、商品名を書いた大きな紙を張り付ける。
歓声がざわつきに変わる。
「ちょっと待ってくれ!なんで、げーたーとかいうのが増えてるんだ?」
「げーたーって何だ?」
やっぱりこうなるか。
「見本はありませんが、皮をお見せします。大体こんな生き物です。」
リリーサが、収納からゲーターの頭、胴、尻尾の皮を出して並べる。
「な、なんだ?あれは?」
「ワニ……なのか?イラリアーサ共和国に棲んでいると言われている。」
場は騒然。そして一番騒いでいるのは……
「こ、これを食べろと言っていたんですか!?何ですか、これ?トカゲ……じゃないですよね!?トカゲはもっとかわいいです!」
いや、アリアンヌ。トカゲはかわいくないよ。
「食べる?食べられるのか?」
アリアンヌの悲鳴を聞いて、肉業者さんらしき人たちが顔を見合わせる。困った顔を。
「だが、話に聞くワニならトカゲやヘビより皮は高級なはずだ。肉はともかく皮は価値がありそうだが。」
毛皮業者さんたちも困った顔。扱ったことない商品が出てきたら困っちゃうよね、そりゃ。
「ちなみに肉は食べづらいのですが、一応こういった料理にしてみました。肉業者の方で試してみたい方はどうぞ前へ。」
リリーサが、お店の前に大きなテーブルを出し、そこにみんなで考えた料理を並べる。
恐る恐るといった体で、何人かの男たちが出てきて、料理に手を伸ばす。
「うん、本体の見た目に比べると普通に食べられる。」
「だが、その程度だな。無理に食べようと思うほどのものじゃない。逆に本体の見た目で引かれてしまう可能性の方が高い。」
やっぱり評判はいまいちそうだ。
「アリアンヌさんも食べてみたらどうですか。」
「え?」
リリーサに声をかけられアリアンヌもテーブルへ。
こちらも恐る恐る手を伸ばし、一口。
「思ったより普通なんですね。食べられないわけじゃないけど、どうしても食べたいかと言われたら、ちょっと。」
「そうなりますか。」
リリーサが肩をすくめる。
「シープもゲーターも今後手に入る予定はありません。なので、オークションにします。わたしたちはちょっと休憩してますので、1時間後にオークションを開始します。取扱量は貼ってある紙に書いてある通りです。では、1時間後に。」
リリーサがわたしたちを呼んでお店の中へ。
「放っておけば勝手に談合してくれます。相談がまとまるまでお茶でも飲んでましょうか。」
さっき使ったカップを洗いに行くリリーサ。
「あれ、ユイは?」
「隊の人たちと何やら語り合っています。」
入り口から覗いてみたら、数人の男たちと何やらうれしそうに話し合っている。何やってるんだか……




