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12.説明する少女たち


 「そう言われても、魔獣とケンカはしないかな。わたしハンターの免許持っていないし。」

 マリアさんの言う免許とは、ハンターの登録カードのこと。まぁ、普通はハンタ-でも魔獣とは時々しか戦わないし、一般人が戦うことなんてないはず。

 「獣の狼じゃないと思うんだ。獣の狼なら、灰色狼の煎じ薬を飲んでいれば、同じ狼種だから少しは良くなるはず。治らないのなら、魔獣の線だと思うんだけど・・・」

 ファリナを見る。わたしを見て頷いている。

 「待ってくれ。病名がわかるのか?医者でも原因不明と言われたのに。」

 ロイドさんがわたしに掴みかかってくるんじゃないかという勢いで詰め寄ってくる。

 チラとエミリアを見る。

 エミリアは黙ってこちらを見ている。何かしら茶々でも入れてくるんじゃないかと思っていたけど、さすがに奥様の病気がわかるかもしれないのだ。口出しはできないのだろう。


 「見たところ、魔獣の狼の感染症です。痣がその証です。」

 わたしのかわりにファリナが答える。

 「そんな病気聞いたことないぞ。」

 「あまり、症例はありません。というのは、ほとんどの場合、魔獣と戦って受けた怪我は、致命傷になって生きていないからです。また、致命傷にならなくとも、その後重症化して死ぬこともあります。この場合は、死因が怪我のせいなのか感染症のせいなのかわからないので調べられることはありません。」

 ファリナが淡々と報告書でも読むように告げる。

 「この病気は、魔獣の狼の爪や牙で傷つけられた際に発症するのですが、怪我した全ての者が発症するわけではありません。その中の一部にしか現れないのです。滅多に見ることのない病気なので、この病気のことを知っているのは王都の王立病院、その中の一部の医者くらいで、地方の医者ではわからないかもしれません。」

 みんなの様子を見てみると、ロイドさんとマリアさん、リーアは困り切ったような顔。エミリアですら、笑顔を作るのをためらっているようで真顔だ。唯一、フレイラがまったく状況をのみこめていない顔で大人たちを見ている。

 信用していいのか迷っているんだろう。一部の人間しか知らない病気だとか言われてもね。

 ただ、わたしたちは、いろんな魔獣と戦うことが多かったため、現在人族が知りうる魔獣がらみの病気をすべて叩き込まれていた。わたしは、半分忘れてるけど・・・


 「それで・・・」

 ロイドさんが重い口を開く。

 「治るのか?」

 わたしとファリナは顔を見合わせて、そして黙り込む。治せないわけじゃない。でも・・・

 しばらく誰も口を開く者がいなかったけど、思い切ったようにマリアさんがわたしを見て尋ねる。

 「わたし、死ぬの?」

 顔では笑っているけど、毛布を握る手が震えている。わたしたち以外の全員が泣きそうな顔でマリアさんを見る。

 「この病気で死ぬことはありません。」

 「死なないのね!」

 リーアの確認の言葉に、みんなは希望を見つけたような笑顔になる。

 「ただし、熱が続くなどして、次第に体は弱っていきます。免疫力も落ちてきますので、風邪などの軽い病気でも重篤化する可能性があり、そのせいで死亡する確率が非常に高くなります。つまり、この病気にかかった人はほとんどが他の原因で亡くなります。」

 ファリナはこういう時冷静に状況を伝える。残酷でも事実は変わらないのだ。

 「どのくらい・・・持つの?」

 もう笑うこともできず、青ざめた顔でマリアさんが尋ねる。

 「わかりません。今の様子ならしばらくは持つと思いますが、だんだん衰弱していって・・・」

 「やめてっ!」

 フレイラが座り込んでしまっていた。目からは大粒の涙。

 「もう・・・やめてくださ・・・い・・・もう・・・言わないで・・・」

 そう言って、その場で泣き崩れた。

 リーアも泣きながら、そんなフレイラに寄り添う。

 ロイドさんもマリアさんのそばに行き、肩を抱いている。さすがに大人、2人とも泣いてはいない。

 そして、エミリアは・・・じっとわたしを睨んでいた。


 つかつかとエミリアがわたしのもとに来ると、わたしの襟を掴んで前後に揺すりながら喚き出す。

 「何かあるんでしょう?治す方法が。それだけ知っているんだ。知らないなんて言わせない!どうすればいいの?教えて!」

 わたしはそんなエミリアを黙って見つめていた。

 「お願い・・・なんでもするから・・・奥様を助けて・・・スカートを捲りたいなら好きなだけ捲らせてあげる・・・かしずけというなら奴隷にもなります・・・死ねというなら・・・死んでもいいから・・・お願い・・・お願いします・・・奥様を・・・奥様を・・・助けて・・・」

 途中からエミリアの目から涙が溢れだす。

 「あんた、やっぱり重いわ。」

 言いたいだけ言って、力の抜けたエミリアの手を剥がして向こうに押しやる。

 そんな様子を呆然と見ていたフレイラが、何かを決意したように私を見る。

 「わたしのスカートもどうぞ。お望みなら体を自由にしてくださって結構です。もしも何か治療法があるなら教えてください。」

 おい。

 「わたしのスカートでも体でも望むのであればお好きにどうぞ。どうかお願いします。」

 リーアも続く。お前もかい。

 「ヒメ様誰でもいいのか。」

 ミヤ本当にだまれ。ファリナも何睨んでるのよ。


 「あんたのせいで、なんかわたし異常性癖者みたいになってるんだけど!」

 エミリアに対して怒鳴る。

 「「「え?」」」

 なぜ全員不思議そうにこちらを見る?みんなの見解はそうなの?

 「・・・帰る。」

 「「「待って!待ってください!」」」

 リーア、フレイラ、さらにロイドさんまでもが、わたしの腰に縋りつく。

 「異常なんかじゃないです!」

 「そういう愛の形もあると思います!」

 「とりあえず、落ち着いて。」

 あんたがたが落ち着けよ。大体、女好きを肯定してほしいわけじゃない。否定もしないけど・・・

 「別にあんたたちの体が目当てじゃない!」

 「え?じゃ、私ですか?」

 ロイドさんの発言に女性陣ドン引き。

 「おっさんはもっとない!」

 そして、わたし大激怒。


 「さて、落ち着きましたか?」

 全員部屋の隅に散らばって、冷却時間を置くことにする。ていうか、ファリナ、もっと早く止めなさい。え?おもしろかった?後で説教ね。


 「すいません。先ほどの発言はなかったことに・・・」

 「わたしも聞かなかったことにしてください・・・」

 リーアとフレイラが、顔を真っ赤にして頭を下げる。

 「勢いで言ってしまいました・・・」

 リーアが手で顔を隠しながらつぶやくように言う。

 「すいません。わたしも感情的になってしまいました。発言を撤回します。」

 わずかに頬を赤らめエミリアが続く。

 「先に捲っておけばよかった。」

 「最低女。ところで、何か治療法はないのですか?」

 わたしは上を見上げる。どうしよう。その方法を実行できるのはゼロじゃないって程度の可能性だ。失望させるくらいなら黙っていた方がいいのではないか。ファリナも困った顔をしている。

 「正直に言うよ。ないわけではないけどないに等しいくらいないの。」

 「わかりづらいんですけど!」

 エミリア、近い。ウザい。

 「可能性がゼロではないということか?」

 ロイドさんがすがるようにこちらを見る。

 「ゼロではないだけで、ゼロに近いということです。」

 ファリナが間に入ってくれる。

 「その方法を教えてくれ。不可能なら不可能と納得したい。後になって、まだできる事があったかもなんて後悔はしたくない。」

 リーアとフレイラが頷く。しかたないか・・・


 「最初の話に戻るよ。」

 壁に寄りかかって話を始める。ちょっと色々あって疲れた。

 「魔獣の狼と戦ったことは?」

 「それがなんだというんだ。」

 焦れたようにロイドさんが言う。

 「質問しているのはわたし。それとも打ち切りにする?」 

 言葉に詰まるロイドさん。

 「今までの話だと、この病気にかかったということは、魔獣の狼に傷を負わされたことがある、そういうことですか。」

 えらい、エミリア。よく話を聞いていました。花丸。

 「そ、そうか・・・しかし、魔獣と出会ったことなどあるはずが・・・」

 考え込むロイドさん。

 「この辺に出現する可能性のある魔獣の狼というと、パープルウルフ、ブラウンウルフ、レッドウルフくらいかしら。黒の山脈を越えてきたなら、だけど。」

 ファリナが指を折りながら魔獣の種類をあげる。

 「え?」

 リーアが驚いた表情。

 「何か心当たりが?」

 「い、いえ・・・その、パープルウルフっていうのはどんな狼なんですか?パープルっていうからには紫色なんですか?」

 魔獣なんてわからないか。普通出会わないもんね。

 「薄い紫の毛をした狼よ。ちょっと見には白にも見えるかな。」

 それを聞いて、フレイラとロイドさんも青ざめる。

 「知っているの?」

 わたしの問いに答えられずに震えているフレイラ。

 「3か月くらい前、マリアが病気になるちょっと前のことだ。家族で森に遊びに行った時、子どもたちが珍しい子犬を見つけたと・・・近づいた子どもたちにその子犬が飛びかかってきて、妻がそれをかばって手を爪で引っかかれたんだ。その子犬が、薄い紫色をしていた。」

 あぁ、子狼だったわけか。そりゃ気がつかないわ。

 「わ、わたしの・・・わたしのせい・・・なんです・・・か?わたしのせいでお母様は病気になってしまったんですか?わたしが、子犬を見つけてしまったから・・・」

 フレイラの瞳にまた涙が溢れだす。

 「わたしが怪我すればよかった・・・わたしが・・・」

 「あなたが傷ついたら、お母さんが悲しいわ。」

 泣くフレイラに、マリアさんが諭すように言う。

 「だから、怪我したのがお母さんでよかった。」

 フレイラの手を取り、引き寄せ、抱きしめるマリアさんの胸に顔を埋め、泣くフレイラ。

 「よくない!全然よくないよ!わたしの・・・わたしのせいでお母様が・・・」

 「フレイラ!」

 マリアさんが、フレイラの頬を両手で挟んで顔を自分の方に向ける。

 「大丈夫よ。お母さんは死なないわ。ね、ヒメさん。」

 みんなの目がわたしに向けられる。はいって言いたいんだけどね・・・


 「それで、原因がそのパープルウルフだとわかったなら、治療法がわかるのか?」

 ロイドさんの質問に何度目かの困った顔を見合せるわたしとファリナ。

 「どうなんですか?」

 リーアとフレイラの真剣な目。誤魔化せないか。


 「パープルウルフの毒ならパープルウルフの肝臓か膵臓が薬になる。」 

 え?となる。答えたのはわたしたちじゃなかった。

 その場の全員が発言者を驚きの目で見ていた。

 ミヤがよく言えば冷静な目、悪く言えば冷たい目をしてマリアさんを見つめながら答えたのだ。

 わたしたちが言いづらそうにしてたから代わりに答えたのだろう。


 「なら、パープルウルフを狩ればいいのだな。」

 ロイドさんの言葉に、その場のみんなが喜びの表情を見せる。わたしたち3人とエミリアを除いて。

 「無理。」

 「なぜだ?」

 ミヤの否定にロイドさんが怒りの表情。

 「パープルウルフは魔獣。住んでいる場所は黒の山脈の向こう。魔人族の領地。人間が踏み込めば侵略行為。見つかれば戦争になる。」

 ミヤの言葉に、部屋中の空気が重くなる。

 「しかし、妻はこちら側、しかも白の森でパープルウルフに出会ったんだ。絶対にいないとは限らないだろう。」

 「それはそうなんだけど。絶対にいるとも言えないんだよね。もしいなかったら、魔人族の領地まで行きますか?」

 ロイドさんは答えに詰まる。

 領主が自ら魔人族との戦争の引き金になりますか、と聞かれている。答えられないだろうね。





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