105.ヒメ ウルフの毛皮を乾燥する
ユイとアリアンヌをズールスさんのところに残し、わたしたちは、一路ゴルグさんの元へ。
ズールスさんのお店を出て、人通りのない小道に入り、リリーサに空間移動の門を開いてもらう。ズールスさんに肉を渡したらすぐにゴルグさんのところに行く予定だったのに、話し込んでしまったから、結構時間が押している。
「だから、抱きつくんじゃない!」
「狭いんだから、早く出なさい!」
ゴルグさんの家の物置でお約束のノルマを果たして、家に入る。
「すいません、遅くなりました。」
「今日は、お前さんらの分しかやることが入ってない。かまわんよ。」
リリーサから人気のお店で忙しいってきいてたんだけど・・・
「もしかして、今日ってお休みだったんですか?」
ファリナがとんでもないことを言い出す。そ、そんなはずないじゃん。休みに仕事押し込んだなんて、そんな非情な事。
「別に予定があったわけじゃないからな。カミさんが買い物に行きたがっていたようだったが。」
「申し訳ございません!」
ここはわたしも大きく頭を下げる。やってしまったー!
「ど、ど、ど、どうする?<爆炎>なら一発で乾かないかな。」
「それは毛皮が燃えてしまう上、人死にが出るからやめたほうがいい。しかも万人単位で。」
ミヤ、ずいぶん落ち着いてるね。
「ご、<豪爆>ならいけるんじゃない?」
「ファリナも落ち着け。それだと、百人単位になるだけであまり効果は期待できない。」
「とりあえず落ち着け。人死にを出すな。」
ゴルグさんが頭を抱えてる。
「ばくえんってのは魔法か?そんな名前の勇者のパーティーが隣の国にはいたって聞いたが。」
しまった。余計なこと言った。いや、今までけっこう言ってきたけど、そこにツッコまれたのは初めてだ。
冷や汗が1筋・・・どころか、顔中を滝のように流れ落ちる。お、落ち着け。
横を見るとファリナも同様に冷や汗の滝。あのミヤをしても、目が泳いでる有様。
「そ、そ、そ、そう。有名だよね。そのくらい強くなれたらいいなと思って、わたしの魔法の名前にしたんだよ。」
「そうなのか。どのくらいの強さの魔法なんだ?オークやオーガくらいなら燃やせるのか?」
ゴルグさん、それ以上ツッコむのはやめて。体中がお風呂に入ったみたいに汗まみれで濡れている。
「町1つ燃やせるらしいですよ。」
リリーサ、会話に入ってくるんじゃない!
「ハハッ、それは凄いな。そうなるようにがんばれよ。」
ゴルグさんが笑いながら毛皮を取りに、窓の多い最初の乾燥室に向かう。冗談だと思ってくれたようだ。
「「「ハーッ。」」」
大きく息を吐く。ミヤもかい。
「冗談にされてしまいました。」
リリーサが部屋に入ったゴルグさんを目で追いながらつぶやく。
「で、ほんとはどれくらい燃やせるんですか?」
「ま、町はちょっと無理かな・・・」
ウソです。本気の<爆炎>ならいけます。
<爆火><爆炎>は、この世界の魔術師の最高威力とされる壊滅級魔法より強力なため、かつて存在したと言われる殲滅級魔法とわたしたち独自で呼んでいる。威力は・・・気にしないでほしい。ちなみに、<爆火>の下の<豪火><豪炎><豪爆>が、世間では最高クラスの威力らしいので、わたしたちはとりあえず壊滅級魔法と呼ぶことにしている。
以前にも述べた通り、この殲滅級の魔法を使うには、合議でわたしたち3人の過半数以上、つまり最低でも2人が賛成しないと使わない取り決めになっているけど、わたしが守ったことないので、まぁたまによく使われる。その度にファリナとミヤに怒られるけど。
ちなみに、その上に消滅級と呼んでいる魔法もある。これは、3人全員の賛成がないと使ってはいけないことになっている。破られた場合、死んだ方がマシってくらい過酷なペナルティが課せられるので、わたしもさすがにこれを自分勝手には使ったことはない。
ペナルティの内容は、半年間のお小遣い停止。3ヶ月間の肉の食用禁止等々。こんなの死んだ方がマシよ。
ゴルグさんがリリーサのレッドウルフの毛皮3枚とわたしのパープルウルフ、レッドウルフの毛皮1枚ずつを持ってきてくれる。
「ところでリャリャさんは?」
いるなら謝らなきゃ。
「先に買い物に行っている。俺も終わり次第合流することになっている。」
「30分で終わらせます。余計なおしゃべりしたら燃やすからね。」
リリーサとリルフィーナを牽制。
「こちらのセリフです。ミヤさん、もう毛皮を干す前からピューリー鉱発動させてください。」
「わかった。」
熱風吹き荒れる中、毛皮を部屋に張られた棒に掛ける。いや、マジで熱風どころじゃなく熱いんですけど。100度超してない?火傷しそう・・・いや、してるよね、これ。
わたしは自分の魔法で、リリーサとリルフィーナはリリーサの再生魔法で火傷というより、すでにレアくらいには焼けてる手足を治す。
そして、あいかわらず平気な顔のファリナとミヤ。あんたらどっかおかしいよ。え?わたしのせい?そうですか・・・なんか、ごめん・・・
リリーサがレッドウルフの毛皮3枚、わたしがレビウルフとパープルウルフの毛皮1枚ずつを受け取り、収納にしまう。
リリーサの空間移動魔法で、ゴルグさんを、リャリャさんのいる町の商店街の路地裏まで送ってゴルグさんと別れる。
「なんか疲れた。」
トボトボと表通りに出る。
まだ昼を回ったところだから、商店街の通りもそれほど人通りは多くない。
「あ、本当にいました。ヒメさん、リリーサさん。」
後ろから声が掛けられる。
振り向く先にいたのはユイとアリアンヌだった。
「あれ、どうしたの?」
「ズールスさんが、もしかしたらまだみなさんがバーグラーの町にいるかもしれないと教えてくださったので探していました。会えてよかったです。」
「何か用があった?」
「先ほどはちゃんとお礼できなかったので、きちんとお礼がしたかったのです。」
律儀だね。
「それならリリーサにだね。リリーサがいなかったらまけてもらえなかったから。」
「わたしを敬うのですか?構いませんよ、どんどん敬いなさい。」
「え、と・・・」
やめなさい。お礼しづらくなるから。
「うぅ、場を和ませる軽いジョークだったのに・・・」
場が重くなったわよ。この空気の中、ちゃんとお礼ができるアリアンヌってすごいよ。
「魔法は測定したの?」
「あ、それが・・・」
「あたしは、こんな血統だから、予備の普通の剣にピューリー鉱を合成してもらうだけになった。それでも折れづらくなるらしいから、無茶な使い方できそうで助かる。」
相変わらず雑だな。でも、そうだよね。剣の腹で殴っても大丈夫って色々殴れていいよね。
「何を殴るんですか?」
「盗賊とか、殺さないでその領地の警吏のところに連れていけば、報奨がもらえたりするし。」
「連れまわすのが面倒だ。さっさと首を落とした方が楽だ。」
ユイが乱雑だ。
「アリアンヌは?魔法使えたっけ?」
困惑顔になる。
「わたし、ちょっと特殊で・・・わたしが使える魔法って、治癒魔法だけなんです。」
「へー。」
「いいですね。」
「便利じゃない。」
「滅多にいないんですよね、治癒魔法。」
ユイとアリアンヌがちょっと驚く。
「淡泊だな。今までだと、治癒魔法っていったらどいつもこいつもパーティーに入らないかってしつこいくらいだったのに。」
「あ、ほら、わたしたちはアリアンヌにはユイがいるって知ってるから、困らせたりはできないよ。」
「ありがとうございます。あ、治癒っていっても、大したことはできないんですよ。」
2人を傷つけないで済みそうだ。みんなからの(ナイス!)(グッジョブ!)の心の声が聞こえてくる。
なにせ、ここには治癒できるやつが2人。自分だけでいいなら3人もいる。アリアンヌもいれたら7人中4人。アリアンヌたちには悪いけど、珍しい魔法じゃないんだ。この中じゃ。
「あれ、剣に治癒魔法って纏えるの?」
「無理でした。でも、折れにくくて傷つきにくいというから、剣を買い替えずに済むのならいいかなって思って。」
「うん、殴りやすくていいよね。」
「ですから、殴る予定はないんですけど・・・」
え?うちじゃ剣士のファリナも殴ってるけど。
「うん、殴りやすくていいわよ。」
「・・・そう・・・ですか・・・」
(あれ、わたしがおかしいのかな?)
(大丈夫だ。お嬢は間違ってない。)
2人が何やら小声で話してる。
「わたしたちは帰るところだけど。アリアンヌは?」
「今までの剣は合成に使うので、新しい剣を借りたのですが、傷つけたら大変なので、剣ができるまで、ズールスさんのいるドンクの町に宿をとって、近くの森で薬草でも探そうと思います。なので、これから宿探しです。」
「わたしとリルフィーナは、お店が心配なので帰ります。」
「うん、わたしたちもなんか疲れたから、今日は家に帰ってゆっくりするよ。」
「何もしていないのに疲れるのは老化の始まり。いよいよミヤの出番。」
「あ、明日からがんばるもん。」
15歳で介護の世話はごめんだ。
「それじゃ。」
「それではまた。」
「いずれまた。」
挨拶を交わして、3者別々の方向へ。
「町を出たら<ゲート>開くね。」
「待て。約束。ミヤのお揃いの剣造る。ズールスのところに行く。」
あぁ、あったね、そんな話。
「もっと早く言って。頭から抜けてたよ。」
「頭が抜けてるのはいつものこと。」
“が”じゃない。誰が抜けてるのよ。
「あいつらの前で言うとついてきそうだった。」
それもそうか。
「じゃ、行こうか。あ、アリアンヌたちに見つからないようにしないと。」
ズールスさんのいるドンクの町にしばらくいるって言ってたもんね。別れたばかりで、違う街でバッタリなんて気まずい事になりそう。
「いつものリリーサルートで、町の外側の草原に<ゲート>開いたら?アリアンヌたちは町中にいるでしょうから。」
あの、決闘できそうな草原ね。
「ごめんください。」
お店の入口からちゃんと入る。これで文句あるまい。
「いらっ・・・しゃらなくてもいいぞ。」
え?何?お客様への態度?それ。
「どうした?さっきの魔人族の話か?今できる話はないぞ。」
「そんなこともあったね。今回は違います。ミヤの短剣を造ってほしいんだ。」
「言ってたな。だが、ミヤにいるのか?俺の剣が。」
「ピューリーのお揃い。剣の性能はどうでもいい。」
「あぁ、そうかい。魔力は・・・見てもわかりそうもないな。なんなんだ、そいつは。」
こころもち顔を青ざめてミヤを見るズールスさん。
「まぁいい。合成すればいいんだろう。短剣は、それを材料に使うのか?」
ミヤの腰の短剣を指さす。
「これは使わない。新しい剣を使う。」
「無駄にならないか?」
「これはヒメ様から買ってもらった大事な剣。大事にしまっておく。だから別の剣使う。」
「そうか。」
うぅミヤ、そんなただの短剣なのに、大事とか言われたらわたし嬉しくて泣いちゃうよ。
「新しい剣はお揃い。もっと大事。」
「じゃ、そっちをしまっておけよ。」
「しまったらお揃いじゃない。ズールスわかってない。だから娘に邪険にされる。」
「泣いていいか・・・」
どうぞ。
「これもタダ働きか。」
「ちゃんと払うよ。ただで貰ったらミヤへのプレゼントにならないじゃん。」
「ズールスわかってない。だから・・・」
「もう勘弁してください。」
ほんとに泣きそうだ。
「そういうわけで、リリーサには言わないで。お金払えなくなりそう。」
「うん、リリーサなら、ただでやれって言いそうだもんね。」
いや、ファリナ。言いそうじゃなくて、言うよあいつは。
「短剣だから金貨6枚。5日くらい・・・でできると思う。」
「歯切れが悪いね。」
「夜は情報収集に出かける予定だ。昼間はなるべく仕事する予定だが、どうなるかわからん。アリアンヌの剣もあるからな。できるまでこの近くで待つと言ってるから早めに仕上げてやらにゃいかん。」
「うん。そっち優先してあげて。こっちは急がないから。」
頼んでお店を出る。
「じゃ、帰ろうか。」
「ミヤだけいいなぁ。わたし、何にも貰ったことないなぁ。いいけど。わたしなんて、どうせ・・・」
あぁ、やっぱりそうなるか・・・へそくり、後いくら残ってたっけ・・・




