22、 これは戦いだから
電車のロングシートで揺られながら、 奏多がしきりに身だしなみを気にしている。
「ねえ、 本当に制服で良かったのかな? こういうのって普通はスーツなんじゃないの? 」
「何度もうるさい! しつこい! 学生の正装は制服だって何度も言ってるでしょ! 」
そう言う叶恵は、 マニッシュに着こなしたネイビーのパンツスーツ姿で、 髪はバレッタで後ろにスッキリまとめている。
そして膝に乗せている紙袋の中身は、 駅前で買った高級羊羹だ。
「だけどさ…… 凛は俺の格好どう思う? 」
「どんな格好でも構わないと思うけど…… 」
「そんな訳にいかないよ。 凛の御両親に初めてお会いするんだよ! 」
「まあ、 別れさせられに行くんだけどね」
「姉貴っ! 言い方っ! 」
こんなことを話してる場合じゃないのは重々承知だ。
それでも、とにかくジッとしていられないのだ。
今が非常事態で、 凄く崖っぷちなのは分かっているけれど、 黙っていたら緊張と不安で押し潰されそうで……。
だから殊更明るく振る舞って、 今にも逃げ出したくなる自分を奮い立たせようとしているのだ。
百田家を出る前、 叶恵に言われた凛が家に電話すると、 すぐに愛が出て、 何処にいるのだと問いただした。
その電話を横から叶恵が奪って、 いつもより高いトーンの澄まし声でこう言った。
『もしもし、 突然のお電話で失礼致します。 私、 凛さんとお付き合いさせていただいております百田奏多の姉で、 叶恵と申します。 このたびは弟が大変お騒がせ致しまして、 申し訳ございません』
叶恵は凛が百田家に来ている事、 今から送っていくことを手短かに伝えると、
『その件で直接お話させて頂きたいのですが、 今晩これからお時間いただけますでしょうか? 』
あっという間に会談の約束を取りつけたのだった。
「凛ちゃん…… ここまで来たからには凛ちゃんにも覚悟を決めて欲しいんだけど…… 出来るかしら? 」
「覚悟……ですか」
「そう、 御両親に本当の自分を曝け出す覚悟。 親に隠していた気持ちを全部ぶつける覚悟」
「それは…… 」
叶恵は、 凛が膝で強く握りしめている両手に自分の左手を重ねて、 上からギュッと握りしめた。
「凛ちゃん、 私はあなたのお義父さまが仰った、 一旦別れて大学に行ってから…… という案もアリだと思ってるのよ」
「そんなっ! 」
責めるような目で見つめてくる凛の目を、 叶恵も『負けない』とでもいうように真っ直ぐ見つめ返す。
「あなたは家庭でのストレス解消で漫画を買って、 それを『たまたま』隣の席になった奏多に託した。 奏多が『たまたま』あなたを家に呼んで、 『たまたま』私がそれを許した」
「『たまたま』だなんてっ! 」
「姉貴、 変なこと言うなよ! 」
凛と奏多の大声に、 車内の視線が集まった。
身をすくめる2人に構わず、 叶恵は淡々と言葉を続けていく。
「恋なんて、 勘違いの積み重ねなのよ。 運命だとか直感だとかは所詮後付けなの。 『席替え』だって『持ち物検査』だって『たまたま』が重なっただけ。 その相手が奏多じゃなくても同じことが起こってたわ」
「私は…… そうは思いません。 相手が奏多だったから、 私は全部打ち明けて…… 」
「そうかな? 凛ちゃんは逃げ場所が欲しくって限界が来ていた。 そこにお人好しの奏多が現れたから渡りに船で乗っかっただけなんじゃないの? だから樹先輩が現れたらさっさとそっちにも頼った。 たぶん樹先輩と先に出会ってたらそっちを好きになってたんじゃない? …… だったら、 一旦離れてお互いの勘違いを見つめなおしてもいいんじゃないかしら」
「そんなことは…… 」
「姉貴! これから御両親に会いに行くって時になんで不安を煽るようなことを言うんだよ! 」
「だからでしょうがっ! 」
凛と奏多がビクッと肩を震わせて黙り込んだ。
叶恵は険しい表情を崩さずに、 不安げに揺れる2人の目を、 茶色い瞳でじっと見据える。
「あのね、 凛ちゃん、 これは戦いなの、 戦なの。 今は戦の前に矢や鉄砲をかき集めて鬨あげてるところなの。 全戦力をあげて向かって行かなきゃいけないって時に、 1人だけ迷ってる人がいると迷惑なのよ。 敵陣に飛び込んでこれからって時に敵に寝返る人がいたら、 梯子を外された私や奏多はどうすればいいの? 」
そう真っ直ぐに射竦められて、 凛は見えない手で『いい加減にしろ』と襟首を掴まれたような気がした。
ーー そうだ、 私が迷ってちゃダメなんだ。
この人には全部見抜かれている。
弱い自分、 まだ迷っている自分……。
この期に及んで、 まだ親の前で本音を隠そうと、 親を悲しませずにいい子でいたいと思っていた。
そのくせ恋を諦めることも出来ずに百田家に逃げ込んで、 2人に匿ってもらって……。
優しい2人を矢面に立たせておいて、 自分だけ安全地帯にいようだなんて、 無傷でいたいだなんて……。
私はなんて自分勝手で浅はかな考えを持っていたんだろう。
ーー これは私自身の問題なのに。
「叶恵さん…… すいませんでした。 私、 覚悟が足りませんでした」
迷いのない目で叶恵を見上げて宣言する。
「私は奏多が好きだし、 この気持ちが勘違いだとは思いません。 見つめなおす期間なんか必要ないです。 だから弱い自分と戦って、 それを証明してみせます。 私は絶対に寝返ったりしませんよ。 叶恵さんが言ったんじゃないですか、 『恋する乙女は強い』って」
そこで初めて2人で目を細め、 ふふっと笑顔を見せ合った。
「分かった…… それなら私も大将として、 使える武器は全部使って全力で戦う。 負け戦をする気はないから」
電車を降りて駅の前まで出ると、 叶恵が2人の前に右手を差し出した。
「えっ、 何? これ」
「鬨をあげるに決まってるじゃない。 戦の前のお約束でしょ」
「ええっ、 ここで?! 」
周囲をキョロキョロ見回して躊躇している奏多を尻目に、 凛が右手を差し出した。
「あげましょう、 鬨」
叶恵の右手に凛の右手が重なったのを見て、 奏多も苦笑しながら手を乗せた。
「そんじゃ、 行くよ! 」
「「「 エイエイ、 オー! 」」」
凛を挟んで3人横並びで歩き出す。
「あっ、 奏多、 これは総力戦だからね。 凛ちゃんちまでの8分間で、 あんたの数少ないアピールポイントを掻き集めとくのよ」
「数少ない言うなっ! 」
「そんじゃ多いのかよ」
「それは…… 」
「ふふっ…… 」
「うわっ、 凛に笑われたし」
「ふふふっ…… 」
ーー この2人とこれからもこうやって一緒にいられるために……。
凛は雲に半分隠れた月を見上げながら、 心の中でもう一度自分に誓った。
ーー 絶対に逃げない…… エイエイ、 オー。
3/25/19 誤字報告をいただき指摘箇所の修正を完了致しました。 御報告いただきありがとうございました。




