17、 奪取 (中編)
『ごめん、 やっぱり今日は帰りが遅くなる。 大切な日に会えなくてごめん。 1位おめでとう、 今度ゆっくりお祝いさせて。 凛は自慢の彼女です』
今日2度目のメールを凛に送信すると、 奏多は隣に座っている灯里を険しい表情で睨みつけた。
「今、 凛には断りのメールを送った。 これでいいんだろう? 」
「うん、 カナくん優しいから大好き! 」
「もう大好きとか言うな。 お前のはただの独占欲だ」
「好きだから独占したいんだよ! 」
「そんなのオモチャを欲しがるのと同じじゃないか」
右腕にしがみついてくる灯里の手を振りほどきながら言うと、 灯里は頬を膨らませて上目遣いで見つめてくる。
「そんなに怒らないでよ…… あまり酷いことを言うと…… お母さんに言いつけちゃうよ」
ーー またコレだ……。
奏多はふーっと溜息をついて、 イラつく気持ちを抑えながら教科書を開いた。
今日呼び出されてから、 ずっとこの調子だ。
図書館に着いたら灯里が玄関の前で待っていて、 お腹が空いたから何か食べたいと言い出した。
時間がないと言ったら、 「秘密を守ってあげるんだから奢るぐらい当然だ」と、 近くのドーナツショップに付き合わされた。
図書館で勉強を教えて帰ろうとしたら、 まだ早過ぎると言い出す。
断ると、 また『秘密をバラすよ』だ。
こんなの思いっきり脅しじゃないか…… 。
灯里は昔からこういうところがあって、 まわりの人間を好き勝手に振り回していた。
『歳をとってからようやく出来た一人娘だから、 姉さんも義兄さんも甘過ぎるのよ』
と母親は言っていたけど、 それにしても我儘すぎる。
それが原因で親戚の子供たちからは嫌われていて、 姉の叶恵とは犬猿の仲だ。
だからせめて自分だけでも相手をしてあげなきゃと思っていたけれど…… さすがにもう、 我慢の限界だ。
凛に会いたい…… だけど、 その凛のために自分は頑張るんだと言い聞かせて、 教科書のページをめくっていると、 不意に電話の着信音が鳴り響いた。
ーー しまった! マナーモードにしてなかった。
慌ててカバンの中を探ってスマートフォンを取り出す。 画面の表示を見ると、 凛からだった。
立ち上がった途端、 電話が切れたので、 かけ直そうと玄関の外に出たら、 また掛かってきた。
「小桜さん、 勉強中なので邪魔しないで下さいね! あと、 図書館では電話禁止なので、 マナー違反です。 もう掛けてこないで下さい! 」
通話中に邪魔されて、 挙げ句の果てに勝手に切られた。
「灯里、 いい加減にしろっ! やっていい事と悪い事があるんだよ。 お前のは悪質過ぎる! 」
「だってカナくん、 私といるのにあの人のことばっかり考えてる…… 」
「当たり前だろ。 こっちは今から会えるとこを邪魔されて、 ドーナツやら勉強に付き合わされて、 オマケに電話まで邪魔されたんだぞ! さすがに俺だってキレるぞ! 」
すると灯里は俯いて、 またお決まりのセリフを吐く。
「そんなに怒らないでよ…… 小桜さんのために秘密を守ってあげてるんだよ、 もう少し優しくしてよ…… 」
ハア…… 奏多はまた一つ溜息をつくと、 灯里の背中を押して玄関に入る。
「さあ、 戻るぞ。 続きをやるんだろ」
***
せっかく会えたのに、 今日のカナくんはずっと不機嫌だ。
さっき外に出たときは今まで見たこともないような怖い顔をしていて、 本当にそのまま帰ってしまうかと思った。
そりゃあ電話の邪魔をしたのは良くなかったけど…… 彼女のことばかり考えている方が悪い……。
灯里は隣でテスト問題を読んでいる奏多をチラリと見ながら、 自分の作戦が失敗だったかと少し後悔していた。
本当はここまで奏多を怒らせるつもりではなかった。
いつものように灯里のワガママに付き合って、 『しょうがないな』と笑ってくれていれば、 自分だってここまでしなかったのだ。
なのに、 せっかく来ても上の空だし、 凄いスピードでテスト直しを済ませたら、 1時間もしないうちに帰ろうとする。
引き止めるには、 脅すしかないじゃないか。
ーー そう、 もう私にはコレしか切り札がないんだから……。
今日そばにいて、 奏多があの人に夢中なのが手に取るようにわかった。 だから余計に悔しくなった。 絶対に会わせたくないと思った。
ーー あの人にはカナくんを渡したくない。
私がカナくんをもらう。
あの人からカナくんを…… 奪い取る!
その時、 目の前にスタスタと歩いてくる人物に気付いて、 灯里はギョッとした。
思わず隣の奏多の腕を掴む。
そのはずみで、 プリントに目を通していた奏多が顔を上げ、 そして彼もまた、 目の前に立つ人物を見て驚きの表情を浮かべた。
奏多がガタッと立ち上がる。
「凛? ……どうしてここに? 」
「迎えに来たの …… 」
息をハアハアさせながら、 少し緊張してこわばった、 だけど何か吹っ切れたような明るい笑顔で彼女が言った。
「奏多を奪い返しに来た」