15、 友達
奏多が登校してくると、 廊下に大きな人垣が出来ているのが見えた。
順位発表が貼り出される日に混雑するのはいつものことだけど、 今日はなんだか様子が違う。
そして、 みんなが見ているのが何故か順位表ではなく、 その下の辺りを見下ろしていて……。
「凛っ! 」
輪の中心にしゃがみ込んでいるのが凛だと分かった途端、 奏多は人垣を力任せに掻き分けて、 その中に飛び込んでいた。
「凛、 どうしたっ?! 」
凛の肩に手を置き顔を覗き込んだが、 彼女が泣いているのだと気付くと、 顔色を変えて周りを見回した。
「お前らっ、 何したんだよっ! 」
「違う…… 大丈夫だから」
凛が顔を上げ、 奏多の袖を掴む。
「…… ただ、 嬉しかっただけだから」
「えっ? 」
「はいはい、 奏多、 ちょっとどいて! …… 凛、 大丈夫? 」
状況が把握できずポカンとしている奏多を押しどけて、 都子が2人の間に割り込んできた。
そこに奈々美もやって来て、 さらに奏多を後ろに追いやる。
「邪魔だよ、 奏多、 こういうのは女子の役目なの。 いくらクラスメイトが心配だからって、 ボディタッチは程々にっ! 」
「ぼっ、 ボディタッチって…… 」
「(しっ! ここは任せて) 」
奈々美に小声で囁かれ、 奏多はハッとして立ち上がった。
「さあ、 小桜さん、 歩ける? 」
奈々美と都子に両側から抱きかかえられると、 凛はゆっくりと輪から外れ、 洗面所へと向かった。
「鼻を擤んだら。 顔がグシャグシャだよ」
奈々美が差し出したティッシュを受け取って、 凛が涙を拭き、 鼻をおさえる。
「ありがとう…… 」
それでもまだしゃくり上げているのを見て、 奈々美がぷっと吹き出した。
「小桜さんが泣いてるところを初めて見た。 目も鼻も真っ赤だよ、 大丈夫? 」
「ん…… 大丈夫。 嬉しかっただけだから」
「嬉しかった……って、 小桜さん、 1位なんて珍しくないのに」
「今回は特別だから…… 」
「それにしてもさ、 さっきの奏多、 凄かったよね。 『凛っ!』とか言っちゃってさ、 めっちゃラブラブじゃん」
「あれは…… 」
都子の指摘に言葉を詰まらせていると、 奈々美と都子が顔を見合わせニヤッとして、 次いで同時に凛を見た。
「いいのいいの、 奏多と付き合ってるんでしょ? 見てたらなんとなく分かるよ。 教室じゃ不自然に喋らないし、 そのくせたまに見つめ合ってニヤニヤしてるしさ」
「ニヤニヤっ?! 」
「嘘ウソ、 なんかシアワセそうってこと。 大丈夫、 内緒なんでしょ? 誰にも言わないから」
奈々美がそう言うと、 その言葉を引き継いで都子が続ける。
「私たち、 ずっと気になってたんだよね…… ほら、 前にあんな酷いことしちゃったでしょ? 奏多に近付くために利用したみたいになっちゃって。 ねっ、 奈々美」
「うん、 ずっと謝りたいな…… って思ってたんだけど、 タイミングが見つからなくて。 だから、 今謝らせてね。 ごめんなさい」
「…………。 」
「あんな事しておいて信じられないかも知れないけど、 私たちは本当に小桜さんと仲良くなりたいと思ってるの」
「私と…… 仲良く? 」
「そう。 前に小桜さんが、 『ギリギリだって、 そのレベルに達してるからAクラスにいるんだから卑下する必要ない』って言ってくれたでしょ? すごく嬉しかった」
「そうなの。 だからさっ、 私と奈々美を友達にしてくれないかな。…… あっ、 中1の時の奏多のオモシロ話とかも教えられるしっ! 」
「オモシロ話…… ふふっ、 興味あるかも」
「だから、 ねっ! いきなり友達っていうのが無理なら、 困った時に頼る仲間くらいに思ってくれればいいしさっ! 」
他人と付き合えば付き合うほど、 ぶつかったり傷ついたりすることが増えて怖くなる。
だけど、 傷が塞がり癒えたあとは、 痛みを忘れてまた歩いて行ける。
歩き出せばそこに、 新しい道が出来ていく……。
「ありがとう…… よろしくお願いします」
ーー 友達…… 出来た、 私にも。
「う〜〜っ……。」
「ええっ?! また泣いてるの? ちょっと小桜さん、 奏多と付き合ってからキャラ崩壊じゃない? あのムッツリ眼鏡に変な影響受けてるんじゃないの? 」
「ふふっ…… 変な影響、 受けてるかも…… 」
泣き笑いの顔を見て、 奈々美と都子が笑い出す。
「とりあえず奏多とのことは内緒なんでしょ? さっきみたいに出来るだけフォローするから、 これからは私たちのことを頼ってよ」
「うん…… 私ね、 奏多とのこと、 もう隠さないって決めたの」
奈々美の言葉に、 素直に答えられる自分がいた。
そこに都子が持ち前の押しの強さを発揮してグイグイ聞いてくる。
「えっ、 いよいよ公表?! 」
「公表っていうか…… 一緒に登校したり、 手を繋いだり、 教室でも堂々とお喋りしたり、 一緒にランチを食べたり…… そういう当たり前のことをこれからは普通にしたいと思ってる」
「今日から? 」
「ううん、 まず親にちゃんと話してから」
「真面目かっ?! でも凛っぽいよ。 いいと思うよ、 応援する。 奏多も喜んでるんじゃない? 」
「ううん、 まだ奏多には言ってない。 今日帰ってから私の気持ちを伝えようと思って」
「そっか……でもきっと、 学校中が大騒ぎになるね」
公開告白で騒ぎになってからまだ間もないし、 生徒のなかには凛が樹と付き合っていると思っているものも少なくない。
ある事ないこと言われるのは覚悟しなくてはいけないだろう。
「まあ、 それでも奏多なら、 逃げずに向き合ってくれるよ。 頑張って! 」
「うん …… 」
心ないことを言う人もいるだろうけど、 こうして応援してくれる人もいる。
自分が心を開いて一歩踏み出せば、 世界は十倍にも百倍にも拡がっていくんだ。
ーー 奏多、 今日は話したいことが沢山出来たよ。
早く話したいよ……。
今日はこのあと終業式。 それが終わればHRがあるだけで、 昼には家に帰れる。
話したいことが沢山ある。
話す時間はたっぷりある。
1位になった高揚感と友達ができた満足感で、 この時の凛は、 灯里のことなど頭からすっぽり抜け落ちていた。
本当にすっかり…… 油断していたのだった。




