13、 密約
「灯里、 頼むから本当のことを話してよ。 そうじゃなきゃ、 俺は今から凛に電話して話を聞く。 俺は彼女を信じてるから、 彼女の言い分を全面的に信じるよ。 だけどその前に、 お前の言葉で、 ここで何があったのかを聞きたいんだ」
ーー どうせ何を言ったってあの人の味方なくせに……。
あんなに美人で頭が良くて医者の娘で、 マドンナだって持て囃されて…… 私が欲しいものを全部持ってるのに、 カナくんまで…… 。
そんなのズルイ! 絶対に嫌だ!
灯里はしばらく拳を握りしめて俯いていたが、 ようやく顔を上げて、 奏多と目を合わせた。
「カナくん…… 分かったよ、 ちゃんと話す」
「灯里…… 」
奏多がようやくホッとして表情を緩める。
「私が小桜さんに、 カナくんと付き合ってるのかって聞いたの。 このまえ図書館の帰りに相合い傘で帰っていくとこ見てたんだ」
ここまでは本当。 だけど、 その前に散々責め立てたことは言わない。
「そしたら小桜さんが、 『そう』って、 『隠しててごめんね』…… って。 私が、 『たぶん何度もこうやって通って来てるんでしょ? 』 って聞いたら、 それもすぐに認めた。 そりゃあ、 そうだよね。 家で紅茶淹れててマイマグカップまであるんだもん」
私がジリジリ追いつめて吐かせたんだし、 あの人がすぐに認めたわけじゃないけど、 大まかな流れは嘘じゃない。
「そしたら彼女が、 『こんなことが家にバレたら大変なことになっちゃう』って。 奏多は大阪に転校させられちゃうかも知れないし、 叶恵さんにも迷惑をかける。 自分はもう奏多に二度と会わせてもらえなくなるかも知れないから、 内緒にしててもらえないか…… って」
ほとんど私が言ったセリフだし、 あの人は内緒にしてなんて一言も頼んでないけど。
「それで私、 いいよ、 黙っててあげるって答えた。 そしたら彼女、 今日はいろいろ考えたいから帰るって。 たぶん、 バレた時のこととか考えたら怖くなったんじゃないかな。 私もその気持ちは分かるな〜 」
「そうか…… 大体の流れは分かったよ。 悪かったな、 灯里。 問い詰めるようなことして」
「ううん、 いいよ。 カナくんのためだし」
嘘を上手につくコツは、 9割の真実に1割の嘘を混ぜること。
そこに、 『この人ならこういう言い方をするだろうな』と納得できるような言い回しを加えれば、 優しくて素直な人はコロッと信じてくれる。
カナくん、 お人好しすぎるよ。
「でもね、 カナくん…… 」
「んっ? 」
「私はお母さんにも叔母さんにも嘘をつくことになるでしょ? 秘密を抱えるのはとても心苦しいし、 バレたら私まで叱られちゃうじゃない? だから…… ご褒美をくれないかな」
「ご褒美? 」
「うん、 共犯者になるご褒美」
「共犯者って…… でも、 まあ、 そういう事になるのか」
「そうだよ、 私はな〜んにも関係ないのに、 罪を犯さなきゃならないの。 可哀想でしょ? 」
元はと言えば自分が勝手に押しかけてきたことが発端なのに、 灯里は自分のことを棚に上げて、 上手く責任の所在をすり替えた。
このズル賢さが、 叶恵に
『灯里はしたたかな女、 そのものなの』
とまで言わせる所以なのだが、 女心に鈍感で灯里からの恋心にも気付いていない奏多には分からない。
「実は私、 ちょっと寂しかったんだ。 私のカナくんが小桜さんに取られちゃったみたいで。 なんかカナくんに避けられてるっぽいし」
「避けてるってわけでは…… でも、 そうなのかな。 彼女を心配させたくないんだ」
「カナくん優しいね。 だったら彼女のために私も黙っててあげるよ。 だからカナくんは私のお願いをきいて」
「お願い? 」
「うん。 私にカナくんの時間をちょうだい。 また勉強を教えて欲しい。 家庭教師になって」
「家庭教師に? 家で、 俺だけで? う〜ん、 それはちょっと…… 」
「彼女が心配するから? でも、 それで彼女を守れるんだよ? 秘密がバレたらあの人、 親に叱られちゃうよ、 もう会えなくなっちゃうよ」
奏多はしばらく腕組みして考えたあと、 『うん』と自分に言い聞かせるように頷いて心を決めた。
「分かった、 勉強を教えるよ。 だけど毎週とかは無理だから不定期で、 灯里が勉強につまずいた時に呼んで。 あと、 家はダメだ、 また図書館で。 それでいい? 」
「やった〜、 ありがとう! カナくん大好き! 」
そう言いながら奏多の腕にしがみつく。
「それじゃ、 日にちは私が決めて連絡するよ。 絶対に来てね! 約束だよ! 」
「…… うん、 分かった」
「あっ、 そうだ! 私に勉強を教えること、 小桜さんに教えておいたほうがいいよ。 カナくんも彼女に隠し事はしたくないでしょ? 」
「そうだな、 ありがとう」
「それと…… 『小桜さんを守るため』みたいなのはあまり言わない方がいいよ。 彼女きっと気にして、 バレたって構わない! とか言い出しちゃうから」
「うん…… 分かった。 気をつける」
ーー うんっ、 とりあえず、 上手くいったかな。
家庭教師で毎週家に来てもらうのは無理だったけど、 とりあえず2人きりで会うチャンスは作れた。
あとは、 2人に溝が出来るよう会うたびに揺さぶりをかけつつ、 私のことをアピールしていけばいい……。
帰り際にちゃっかり、
「カナちゃんには私にバレたって話してもいいけど、 勉強を教えることは言わないでね。 あの人、 絶対に邪魔するから」
そう何度も奏多に念押しして、 灯里は上機嫌で鼻歌を歌いながら、 ペパーミントグリーンの自転車を漕いで帰った。
3/21/19 第4章冒頭に 『恋人編までのおさらいと人物紹介』を追加しました。