11、 交換条件
返答に詰まって黙り込んだ凛を追い詰めるように、 灯里の理不尽な要求は続いていく。
「このことをお母さんにも叔母さんにも黙っててあげるよ。 その代わり、 カナくんと別れて」
「それは…… 」
「だって、 カナくんのことが好きなんでしょ? 好きな人のために身を引くってカッコいいじゃない。 諦めてよ」
「私は…… 」
ーー 大切な人を傷付けずに済むには、 自分が身を引くのが一番いいのかも……。
そう考えた時、 叶恵に言われた言葉を思い出した。
『どうか奏多を諦めないであげてね』
『誰かと争ったり悲しませるのが嫌で、 奏多を譲ろうとか身を引こうとか思ってのことなら…… 一番悲しむのは奏多だっていうことを覚えていてね』
そしてあの時、私はどう答えた?
『叶恵さん、 たぶんもう私は、 奏多を諦めるなんて無理です。 他のことなら譲れても…… 自分で奏多から離れるなんて、 もう出来ないんです』
そうだ。 私はもう絶対に奏多から離れないと、 諦めないと…… もう二度と逃げないと自分に誓った。
そして奏多は、 何かあったら教えて欲しい、 俺に頼れ、 絶対に1人だけで無理するな……
いつだってそう言ってくれてたんだ。
凛は揺れ動いていた心を正しい位置に戻すかのように、 今度は真っ直ぐ灯里の瞳を捉えて語りかけた。
「灯里ちゃん…… ごめんなさい。 私は奏多と別れません。 私は好きな人のために身を引くのがカッコいいなんて思わないし、 カッコつけようとも思わない」
「じゃあ…… カナくんが大阪に行っちゃってもいいの? 」
「そうならないように頑張る。 私がこの家に来ていたことは、 他人から見れば不適切だと思われるのかも知れない。 だけど、 奏多と叶恵さんが私にしてくれたことで、 間違ってたことなんて何一つない。 2人が私を救ってくれたの。 だから奏多のご両親に分かってもらえるまで何度でも説明する」
それに……と、 少し言い淀んでから、 凛は言葉を続ける。
「あなたを傷付けたことは申し訳ないと思っているし、 私が嫌われるのは仕方がないと思う。 だけど、 そのためにあなたが好きな人を追い詰めるようなことをするのは違うと思う」
その言葉で灯里が一瞬だけたじろいだが、 すぐに顎を上げ、 凛をキッと睨みつけてきた。
「じゃあ…… あなたの親に全部話す。 カナくんを追い詰めるのが違うって言うのなら、 あなたを苦しめるのは構わないんだよね? 」
「…… いいよ」
「えっ?! 」
「もうその覚悟は出来てるの。 いいよ、 好きにして」
絶対に動揺すると思って投げつけた切り札が効かなかった……。
灯里はどうしたものかと黙りこんで、 しばらくじっと床を見つめていたが、 おもむろに顔を上げて、 ニッコリと笑顔を見せた。
「分かった、 黙っててあげる」
「えっ? 」
「私だって奏多を困らせたくないもん。 だから、 小桜さんがこの家に来てたこと、 親には内緒にしておくよ」
「ありがとう、 本当にいいの? 」
「うん……でも、 その代わり…… 」
「しばらくカナくんを貸してくれない? 」
上目遣いでチロッと見ながら甘えるように発したその言葉に、 凛は思わず絶句した。
「カナくんが小桜さんを救ってくれたって言うけど、 私だってカナくんが必要なの。 私にもチャンスをくれたっていいでしょ? だから、 しばらくでいいからカナくんから離れて」
「そんな…… 貸すとかチャンスを与えるとか、 私が決めることじゃないでしょ? 」
「じゃあ、 カナくんがいいって言ったらいいでしょ? 」
「それは…… たぶん奏多だって『うん』とは言わないと思う」
「それじゃ、 私がカナくんに直接聞いてみるねっ。 カナくんが駄目だって言ったら諦めるよ。それならいいでしょ? 」
灯里は胸の前でパンッ! と両手を合わせ、『待ってました』とばかりに最後の提案をしてきた。
「私は小桜さんとカナくんのことを内緒にしてあげる。 だから小桜さんも、 私が言った条件のことはカナくんに内緒ね。 だってそれをバラされたら私の方が絶対に不利でしょ? あと、 私がカナくんを好きだっていうのも言わないでね。 そういうのはタイミングを見て自分で言いたいし。 乙女心は分かるでしょ? いい? これでもすっごく譲歩してるんだからね! 」
なんだかとても勝手なことを言われているのに、 『内緒にする』の一言に負けた。
バラされても構わないという覚悟はあるけれど、 奏多と叶恵に迷惑をかけずに済むのなら、 その方がいい。
それに、 灯里が何と言おうとも、 奏多が自分を差し出すような馬鹿な真似はしないはずだから……
「分かった。 奏多の判断に任せる。 その代わり、 駄目だと言われた時は、 潔く諦めて」
「いいよ。 それじゃ、 今すぐ帰ってくれる? 」
「えっ?! 」
「だって小桜さんがいたら、 カナくんと交渉できないでしょ。 私は小桜さんと違って学校で会えないんだし、 今日くらいしかチャンスが無いんだもん。 さあ、 帰って帰って、 ほら早く! 」
背中を押されるようにして凛は百田家を追い出された。
不安はあるけれど、 あとは奏多に任せるしかない。 そのうち叶恵も帰ってくるだろうから、 灯里も好き勝手には出来ないだろう。
後ろ髪を引かれる想いで、 凛は足取り重く帰って行った。