6、 不純な動機じゃダメですか (後編)
凛の瞳が赤く潤んでいるのを見て、 奏多は途端にうろたえた。
「えっ、 凛? なんで泣きそうに…… 」
ーー あっ!
「凛、 ごめん! 」
奏多はガバッと床に頭をつけ、 土下座の姿勢のまま大声で叫んだ。
「すいませんでしたっ! 凛と会う口実に灯里を利用しました! 凛と一緒に過ごせることにウキウキしてて、 正直言うと勉強はどうでもいいって思ってました。 不純な動機で引き受けたりしてごめんなさい! 」
頭を下げたまま、 皆の審判を待つ。
「はああ? あんた、 凛ちゃんと会う口実って…… 」
「不純な動機って…… そっちかよっ! 」
「いや、 でも、 決してエロい想像とかしてたわけじゃなく、 ちょっと凛の家庭教師姿を想像した程度で…… でも、 不快にさせたならごめん! 」
恐る恐る顔を上げると、 みんな揃いも揃って呆れ顔をしている。
だけどなぜか、 笑っているような、 ほっとしているような……。
「奏多、 もう土下座しなくていいよ。 お前、 言い方が悪かったわ。 みんなお前が灯里って子にエロい感情を持ってるのかと思って怒ってたんだぞ」
陸斗の言葉を理解するのに時間がかかったが、 しばらく脳みそをフル回転させて、 「あっ! 」と気付いた。
「俺が灯里にって、 何言ってんだよ、 あるわけないじゃん! 俺には凛がいるのに! 」
慌てて凛を見ると、 目をウルウルさせながらも笑顔になっていた。
「奏多、 あんたは言葉足らず! あんな言い方したら、 灯里に気があるのかと勘違いするに決まってるでしょ! 」
「ええっ?! 凛もそう思ってたの? 」
凛にコクリと頷かれて愕然とした。
ガバッと立ち上がるとダイニングテーブルに両手をついて、 前のめりで釈明を始める。
「違うんだよ、 聞いて! 前に一度、 灯里に勉強を教えた時もさ…… なんか全然集中できなかったんだよ」
灯里の家に行った流れで勉強を教えることになったものの、 よく考えたら、 凛以外の女の子と2人きりで個室にいるという状況は裏切り行為にあたるのではと思い立ち、 急に罪悪感を感じてきた。
かと言って、 ただの従兄妹を意識してると思われて灯里に笑われるのも嫌だったので、 とりあえずその場は教えることに集中しようと考えた。
なのに、 灯里に勉強を教えながら、 「これが凛とだったらな…… 」なんていろいろ妄想してたら結局ちゃんと出来なくて、 もう人に勉強を教えるのはこりごりだと思った。
「……だから、 伯母さんに家庭教師を頼まれても断ったし、 灯里にどれだけ言われても引き受ける気は無かったんだ。 だけど…… 」
チラリと凛の顔を見て、 すぐに目を逸らす。
「凛が灯里のテスト勉強を手伝うって言うからさ〜、 だったら俺も行けば、 その間は一緒にいられるな…… 凛が勉強を教える姿も見てみたいな…… なんて思っちゃってさ」
言いながら、 みるみる顔を真っ赤にしていく。
乙女のように両手で顔を覆って俯くと、
「それでさ、 凛が家庭教師するなら、 メガネもかけたりするのかな、 似合いそうだな…… とかいろいろ想像しちゃって。 灯里を見送りながら、 早く凛と一緒に勉強教えに行きたいな…… とか考えて、 すんごいトキめいちゃって、 俺、 バカみたいじゃん? なんて思っちゃって…… 」
きっとそんな胸の内が顔に出ていて皆のヒンシュクをかってしまったんだ!…… と思い込んでいたのだと説明すると、
急にその場の空気が抜け、 柔らかい雰囲気に変わった。
「あんた…… ポンコツにも程があるわっ! 」
「ポンコツって、そんなヒドイ…… 陸斗、 一馬、 俺ってそんなポンコツなの? 」
「まあ、 ポンコツだろうな」
「ポンコツじゃん…… っていうか、 ムッツリ眼鏡のムッツリが開放されて、 ヘンタイ眼鏡になった」
念のため大和の方も見たら、 間髪入れずに「 ポンコツだよね」と言われた。
救いを求めて凛の顔をちろっと見ると、 苦笑しながらやっぱり「ポンコツ……だと思う」と言われ、 ガックリ肩を落とす。
「でもね、 奏多…… 」
「えっ? 」
「ポンコツだけど、 邪な気持ちの相手が私で良かった…… 」
突然の甘いセリフに胸を射抜かれてギュンとなった。
「それと、 ごめん。 私は視力が1.5なので勉強中はメガネかけません。 伊達メガネでもいいかな? 」
「モチロン、 喜んで! 」
それ以外に気の利いた言葉が出てこなくて、 顔をカーッと熱くして黙り込んだ。
大和が苦々しい顔をして、
「うわっ、 小桜先輩まで毒されてる! ヤバっ、 あんたら2人してポンコツカップルだわ」
と言い放つと、
周りのみんなも、
「「「うん、 ポンコツ馬鹿ップルだね」」」 と同意した。
うん…… もう俺、 ポンコツでも何でもいいです。




