4、 押しに弱い男
叶恵と凛がダイニングルームに戻ると、 灯里が奏多の肩を揺すって何事か不満げに訴えていた。
「え〜っ、 いいじゃん、 何でダメなの? 」
「俺はそんなに勉強できないし、 受験勉強なら塾に行くか家庭教師を頼めよ」
「塾は行ってるけど、 経験者のアドバイスも大切だもん」
「俺のアドバイスなんて役に立たないって」
その様子を見た叶恵が、 「ああ、 また言ってるわ」とボソリと呟いて、 2人の会話に割って入った。
「灯里、 もういい加減にしなよ、 しつこい。 奏多は出来ないって電話で断ったし、 あんたも聞いてたでしょ」
「だからカナくんに直接お願いしてるんだよ」
「だから今、 奏多が直接断ったじゃない」
「カナちゃんは私のことが嫌いだもんね。 だからカナくんが私に優しくするのが嫌なんだよね」
「嫌いなのは本当だけど、 それとこれとは関係ないでしょ」
「カナく〜ん、 カナちゃんがイジメる〜! 」
「奏多、 あんたハッキリ言ってやりなさいよ! 」
一触即発の空気になったところで、 凛が口を開いた。
「一体なんなんですか? これ」
***
話は1ヶ月ほど前にさかのぼる。
ある日の晩、 園田の伯母から奏多に電話がかかってきた。
『灯里が滝山高校を受験したいと言っている。 定員が少ないけど大丈夫だろうか、 アドバイスをもらえないか…… 』と。
灯里は2年前に滝山中学を受験して落ちている。
それでもどうしても滝山に行きたくて、 高校からの入学を考えているのだという。
奏多は中学受験だったので高校からの受験には詳しくなかったが、 わざわざ外進組の教室に出向いて話を聞き、 要点をまとめて伯母にメールで送った。
すると今度は、
『灯里が直接いろいろ聞きたいと言っている。 家に来て詳しく話してやってもらえないか』
というメールが来た。
奏多は学校帰りにそのまま園田家に行き、 外進組の子に聞いた話を元に、 分かることを教えてやった。
「ねえ、 私やっぱり滝高に行きたい。 カナくんが勉強を教えて」
「えっ、 無理ムリ! そういうのはちゃんとしたプロに任せたほうがいいって」
「塾には通ってるもん。 だけど経験者の知識も大事でしょ? 」
「受験勉強は無理だよ。 塾に行ってるんなら大丈夫だって」
「それじゃあ、 今日の宿題だけでいいから教えてよ。 私の部屋に来て! 」
その日は宿題を手伝って帰ってきたが、 直後にまた伯母から電話があった。
『奏多の教え方が分かりやすいと言っている。 灯里の家庭教師をする気はないか』
自分はまだ高校生で、 人に教えるなんて無理だ。
自分自身の勉強もしなくてはいけないし余裕がない…… と言って断った。
それでこの話は終わった。
***
「終わったはず…… なんですよね? 」
凛が厳しい表情でそう聞くと、 奏多が「そうなんだ」と頷いた。
「え〜〜っ、 はるばる遠くから自転車で会いに来たのに、 そんな冷たいこと言う? 酷くない? 」
なおも奏多の肩を揺すってせがんでいる。
叶恵が凛の方を見て、 『ほらね、 やっぱりそうでしょ? 』というように目配せした。
灯里の目的は最初から、 奏多に会うことと、 家庭教師を引き受けさせることだったのだろう。
お土産だとか叶恵の誕生日プレゼントなどは、 ただの口実だった。
「それじゃ、 カナくん、 家庭教師は諦めるから、 1回だけ家で勉強を見てくれない? 」
「「「 えっ?! しつこい! 」」」
一同の呆れ顔も意に介さず、 灯里はグイグイと奏多に迫る。
「中間テストの勉強を手伝って欲しいの。 ねっ、 家庭教師を諦めるんだよ! たった1回くらいはいいでしょ? お願い! 」
奏多の腕を掴んで顔を覗き込んで甘えている。
「う〜ん、 それじゃ1回だけだよ。 テスト勉強を手伝ったらもう終わりだからね」
「「「 えっ、 引き受けるんかいっ?! 」」」
みんなが心の中でツッコミまくっていると、 凛がツカツカと灯里の元へと歩き出し、 奏多の腕に回している彼女の手を引き離した。
そのまま灯里の体を自分の方に向けると、 胸の前で腕を組んで、 彼女の顔をじっと見下ろす。
「私が教えてあげる」
「えっ? 」
「中間考査の勉強をしたいんでしょ? 私が教えてあげる。 奏多くんは中学最後のテストで学年10位、 私は2位だった。 私が教えた方が効率的でしょ? 」
「でも…… 」
「でも…… 何なの? 勉強が必要ないのなら無理にとは言わないけど」
クールビューティー復活だ!……と、 その場にいた滝高男子、 全員が思った。
ここのところ凛は雰囲気がすっかり柔かくなって、 特に奏多と百田家で過ごしている時にはツンデレのデレの配分が大きくなっていたので、 冷たい表情の彼女は本当に久々だったのだ。
「え〜っ……だけどやっぱり、 知らない人を家に入れるのは嫌だな。 カナくんの方が慣れてるし」
「それじゃあ図書館にしましょう。 家でやるよりも集中できるわよ」
灯里も相当だが、 凛も食い下がる。
「う〜ん、 どうしようかなあ〜 だったら、 もう…… 」
ーー もう一息で諦めるかっ?!
皆がそう思って顔を綻ばせた時……
「じゃあ、 俺と小桜で勉強を見るよ。 だったらいいだろ? 」
「「「 ええええっ?! 」」」
奏多が『これで解決』とばかりに目を細め、 灯里がちょっと不服そうにしながらも、 「それじゃ、 お願いね」と、 また奏多の腕にしがみついた。
笑顔でフ〜ッと息を吐いて、 奏多が満足げに顔を上げると……
そこには冷めきった顔で固まっているクールビューティー。
そして周りを見回すと、 能面のように無表情になったみんなの顔があった。
ーー えええええっ! なんで?!