1、 招かれざる客 (前編)
「叶恵さん、 お誕生日おめでとうございます! 」
パチパチパチパチ……
ハッピーバースデーの歌のあとで叶恵がケーキのキャンドルを吹き消すと、 部屋の明かりがついて、 拍手とお祝いの言葉が飛び交った。
今日は5月3日の金曜日、 ゴールデンウィーク真っ只中。
百田家のダイニングルームでは、 一馬や陸斗、凛が集まって叶恵の21歳の誕生祝いをしていた。
叶恵の本当の誕生日は5日なのだが、 叶恵と奏多は明日から1泊2日で両親のいる大阪に行くことになっており、 凛も同じ日に家族旅行があるということで、 皆の予定が空いている金曜日の午後に会が催されたのだった。
「叶恵さん、 これ、 俺と陸斗から」
「おっ、 コレだコレ、 ありがとう! 」
一馬と陸斗からのプレゼントは、 叶恵が好きなアニメキャラのフィギュアだった。
前もって叶恵から希望を聞いていたらしい。
「叶恵さん、 これは奏多と私から」
「あら、 素敵なブックカバー! こういうのが欲しかったのよ。 ありがとう! 」
奏多と凛が日曜日のデート先で選んだ品はかなり気に入ってもらえたようで、 早速1冊漫画を持ってきてカバーをかけている。
「姉貴、 男子高校生の前で堂々とBL本にブックカバーかけてんなよ。 少しは恥じらえ」
「いいじゃない。 私が描いてる同人誌のモデルはあんた達だし」
「はあ? 少女漫画家を目指してるんじゃないのかよっ?! 」
「コミケ用の作品は別モノだもの。 人気があるのは一馬と陸斗カップルだけど、メガネもそれなりに需要があるのよ、 良かったわね」
「はああああああっ?! 弟を勝手にモデルにしてんなよ! 一馬と陸斗にも謝れ! 」
「いや、 奏多、 俺たち知ってたし、 たまにモデルもさせられてたし。 なあ、 一馬」
「ああ、 男同士で壁ドンとか楽しいし」
「はあああああああ?! 恥を知れ、 恥を! 」
ーー ダメだ、 こいつら………… ハッ、 凛!!
ドン引きされているだろうと慌てて隣の凛を見ると、 ドン引きはしていなかったが、 お腹を抱えて大笑いしていた。
「凛…… 姉貴に毒されるんじゃないぞ」
「ハハハッ、 奏多がモデルの絵、 見てみたい! 」
「あっ、 凛ちゃんも興味ある? 今度コミケに来る? 缶バッジあげるよ」
「凛、 行かなくていいし、 缶バッジも貰わなくていいから! 」
「ハハハハッ、 本当におかしい! 」
変なところで姉からカミングアウトされてしまったが、 なぜか凛が大喜びしてるので、 とりあえずこの場では叶恵の作品について深く追求しないことにした。
いや、 深く追求すると、 とんでもないモノを見せられそうなので、 全て聞かなかったことにしよう、 うん。
「ところで凛ちゃん、 天使くんはまだなの? 」
「あっ、 少し遅れて来るって…… 」
「んっ? 天使? 」
凛が心底困った顔で、 叶恵と奏多を交互にチラ見している。
ーー えっ? もしかしてコレ、 ヤバイんじゃないの?
「ねえ、 凛、 天使って、 もしかして…… 」
「…… 奏多、 ごめんなさい! 叶恵さんがどうしても会いたいって! 」
拝むように両手を合わせて謝る姿を見て確信した。
ーー アイツかっ、 あの腹黒毒舌天使かっ!
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴ると同時に、 腰を浮かせた凛を制して奏多が飛び出した。
嫌な予感を胸に玄関を開けると……
大きな薔薇の花束を抱えて美しく微笑む天使がいた。
「チッ…… なんだ、 あんたか」
天使は玄関で出迎えたのが奏多だと分かると、途端に微笑みを消し去って、あからさまに不満そうな顔をした。
「あんた…… って、 なんでお前が来てるんだよ。 てか、 お前いまチッって舌打ちしただろ! 」
「うるさいな…… チッ」
「あっ、 また! 」
「あら〜〜、 大和くん、 いらっしゃい! 待ってたわ。 どうぞどうぞ、 上がってちょうだい! 」
後ろから叶恵が出てきていそいそとスリッパを並べ始める。
「叶恵さん、 今日はお招きいただきありがとうございます。 それと、 これ。 お誕生日おめでとうございます」
大和が再び天使の笑顔に戻って、 赤い薔薇とかすみ草の花束をバサッと差し出すと、 叶恵がわざとらしく「あら、 ステキ! 」と乙女のように頬を両手で押さえてから受け取った。
奏多は玄関に2人を置いて先にズンズンとダイニングルームに戻ると、 気まずそうにしている凛を問い詰めた。
「これ、 どういうこと? なんでアイツが来てるの? 俺は何も聞かされてないんだけど? 」
「それは…… 」
「うるさい、 奏多」
言い淀んでいる凛の代わりに叶恵が言葉を続けた。
「凛ちゃんに大和くんのことを聞いて、 誕生日プレゼントだと思って是非合わせてくれって私がお願いしたの。 天使のような美少年なんて滅多にお目にかかれないでしょ。モデルになってもらおうと思って」
「モデルなら俺や一馬たちがいるだろ」
「あら、 ついさっき、 モデルにするなって怒ってたくせに」
ーー ぐぬぬ…… イタいところを突かれた。
「それにね、 こういう中性的な美少年は貴重なの。 あなたたちが付き合ってることも知ってるっていうし問題ないでしょ? 今日の主役が呼んだんだから文句言わない! 」
今日の主役にそう言い切られては何も言えない。
不満は残るが、 ひとまず黙ってこの時間をやり過ごすことにした。
「遅れてすいませんでした。 さっきグアムから帰ってきたばかりで…… 」
「「「グアム?! 」」」
席についていきなりグアム土産の香水をテーブルに置いた大和に、 皆が一斉に突っ込んだ。
「ゴールデンウィークの旅行で、 祖父母と母と4人で3泊4日でグアムに行ってたんですよ。 朝10時20分に空港について、 そこからタクシーで花屋に寄ってから来たら渋滞にハマっちゃって」
海外旅行から帰ってすぐに花束持って直行って、 どんだけセレブ感出してんだよ…… と思ったが、 癪にさわるので黙っておいた。
「…… っていうか、 小桜先輩、 もう彼氏の家族公認なんだ。 樹先輩から2人が付き合い出したのは最近だって聞いてたから、 進展の速さにちょっとビックリ」
ギクリ!
「ああ、 ちょっと家に寄ってくれた時に私が漫画のモデルを頼んで意気投合したの。 それに今日は私の誕生会だから特別にみんなが集まってくれたのよ、 あなたも含めて」
すかさず叶恵がフォローを入れた。
「っていうか、 お前、 誘われたからってのこのこ来なくてもいいのにさ…… 」
「小桜さんには樹先輩を紹介してもらって世話になったし、 誕生会に招待されたから来ただけ。 別にあんたに会いに来たわけじゃないよ、 俺は樹先輩派だからね」
「樹先輩派…… って、 俺は派閥とか作ってないし、 樹先輩はもう関係ないし」
「そっちは関係ないと思ってても、 樹先輩は小桜さんを諦めてないからな! 」
「はああああ?! 」
ピンポーン!
その時、 再び玄関のチャイムが鳴った。
「ちょっと、 まだ誰か呼んでんのかよ? 」
「呼んでない、 これで全員よ。 宅配便か何かでしょ? 奏多が受け取ってきてよ」
「くっそ〜 」
「はいはい、 今開けま〜す…… えっ? 」
「カナくん、 久しぶり! 」
奏多が玄関の戸をガラリと開けると、 そこに立っていたのは、 奏多も見覚えのあるポニーテールの女の子だった。
ーー なんだ、 これ…… 混沌だ。