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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章 恋人編
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21、 はじめてのデート (後編)



結局、 雑貨店には恥ずかしくて2度と戻れなかったけれど、 その後に立ち寄ったお店で、 叶恵のプレゼントを無事に買うことが出来た。



叶恵が以前、 お気に入りのBL本を電車内で読むためのブックカバーが欲しいと言っていたのを奏多が思い出して、 モールの1階にある大型書店に行ってみた。



書店内の文房具売り場で見つけたのは、 ヴィーガンレザーで作られたブックカバーで、 柔らかい手触(てざわ)りといい(しぶ)い色合いといい、 大人女子の叶恵が持つにはぴったりの品に思えた。


2人が同時に一目惚れしたそのブックカバーを、 B6版サイズと文庫本サイズ、 それぞれダークレッドとマロンブラウンの2色ずつ購入し、 綺麗にラッピングしてリボンをつけてもらった。



「俺、 これを凛とお(そろ)いで持ちたいんだけど」

「私もそう思ってた」



自分で買うという凛を(せい)して、 奏多が1人でレジに並ぶ。

凛はサーモンピンク、 奏多がライトブラウン。



「はい、 これ。 俺からの初めてのプレゼント」

「ありがとう…… 初めてのお揃いだね」



自分たちが選んだ品に満足した2人は、 フードコートでランチを食べてから、 その後もあちこちの店を(のぞ)いて歩き、 奏多がまたニヤニヤしていると凛に叱られつつ、 楽しい時間を過ごした。



午後5時近くになって、 奏多が時計を見ながら呟いた。


「もうそろそろかな」



海岸で散歩してから見晴らしのいい場所で座って夕陽を(なが)めるのが今日のクライマックスだ。


今日の日没は午後6時30分頃。

今からモールを出て、 歩いて5分ほどの海岸に行けばタイミング的にはちょうどいい。



駅のコインロッカーに荷物を押し込んで、 海岸へと歩き出した。


その時からなんとなく嫌な予感がしていたが、 海が目前に迫ってきた時には、 予感が確信に変わっていた。


「ウソ……だろ…… 」




ビュオオオオオオーーーーーー




凛と自分がウフフ、 キャハハと満面の笑みで砂浜を走る予想図が、 目の前でガラガラと崩れ落ちた。



***




奏多と凛は、 海面が大きく波打っている海を見つめて呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。



ーー ああ、 誰か嘘だと言ってくれ……。



4月の海風(うみかぜ)がこんなに勢いのあるものとは知らなかった……。



それこそ、 『さらさらの白い砂浜に、 長く続く海岸線が綺麗…… 』

というクチコミ情報がウソだろっ?! と思うくらい、 砂が舞ってるし波がザバンザバンと浜辺に押し寄せている。



一番の問題は、 風のせいで体感温度が半端なく低いことだった。

凛も奏多も一応上着は羽織っていたが、 春物ではとてもこの寒さに太刀打ち出来ない。



「なんか…… ごめん」

「えっ、 なんで? 」


「こんなに今の時期の海が寒いとは思ってなかった。 完全なリサーチ不足だ。 こんなとこに日没までいられないよ」

「えっ、 大丈夫だよ。 せっかくだから見ていこうよ」


「でも…… 」

「日没までは無理でも、 夕陽を見るくらいまでは待てるから」



明らかに凛が気を遣って言ってくれているのは分かっていた。

分かりながらも、 その言葉に甘えてもうしばらくこの場にいたいと思ってしまう自分がいた。



今ここで(あきら)めて電車に乗ってしまえば、 その瞬間からいつもの日常に向かって走り出してしまう。


高校生の自分たちには、 しょっちゅうこんな遠出を出来るほどのお金も時間もない。

次はいつ人目(ひとめ)を気にせず並んで歩けるかも分からないのだ。



「凛、 ここでちょっと待ってて」


奏多はちょっと考えてから、 凛をその場に残して走り出し、 10分程で息を切らして戻ってきた。



「ちょっとこれ、 持ってて」


両手に持っていたのは駅で買ってきた缶入りのホットココア。

それを凛に手渡すと、 自分はロッカーから取ってきたバスタオルを砂浜に広げ、 その上に座った。


凛も隣に座らせると、 脇に抱えていた大判のビーチタオルを後ろからバサリと(かぶ)り、 2人の体をすっぽりと(おお)った。



「念のために持ってきておいて良かったよ。 本当はビーチタオルを敷いて、 バスタオルは足が濡れた場合に使おうと思ってたんだけど…… これでちょっとはマシだろ? 」


「うん…… これなら暖かい」


ぴったりと体をくっつけて頭から布にくるまると、 風の音が少しだけ遠のき、 2人だけの世界にいるようでホッと落ち着いた。



うっすらオレンジがかった空を、 空港から飛び立った飛行機が横切って行く。

そうかと思えば、 どこかから戻ってきた飛行機が、 2人の頭上を通過して滑走路に降りて行くのを、 ホットココアを飲みながらぼんやり眺めていた。



だけど、 ビーチタオルにくるまり身を寄せ合っていても、 潮風に(さら)され続けている体は徐々に冷えていく。さすがにそろそろ限界だろう。


帰りの時間が近づいてくる。



「知ってる? 日没後の30分間を、 マジックアワーって呼ぶんだって」


おもむろに奏多がそう切り出した。


「マジックアワー? 魔法の時間? 」


「うん、 またはゴールデンアワー。 その時間が、 夕陽が沈んで空が薄っすら金色に輝いてて、 一番綺麗に見えるらしい」


「なんかロマンチックな呼び方だね」


「本当はさ…… 今日、 それを凛に見せたいと思ってたんだ。 だけど、 こんなに風が強くて寒くちゃ、 日没まで外にいるのは無理だったな……。 ごめん、 リサーチ不足だった」


「今の夕焼け空もじゅうぶん綺麗だし、 私は満足だよ。 飛行機も見れたし…… 」

「…… うん」



「ねえ、 また来ようよ」

「えっ? 」


「今度また2人で、 金色の空を見に来よう…… 奏多が連れてきてよ」



奏多はなんだか胸が詰まって、 切ないような嬉しいような、 泣きたいような気持ちになった。

だけどグッと奥歯を噛んで耐えると、 凛の方を見て(うなず)いた。



ーー 生まれて初めて好きになったのがこの子で良かった。

好きになって、 好きになってもらえて……

ここに一緒に来たのが 彼女で…… 本当に良かった。



「…… うん、また来よう。 絶対だ」

「…… うん、 絶対ね」


「「…………。 」」



奏多が顔を近づけて、 そっと軽いキスをした。

彼女の唇はいつもより冷たくて、 そして(かす)かに震えていた。



「凛の唇…… 寒さで震えてる」

「ふふっ、 奏多もだよ」

「…… そっか」



じっと見つめ合ってゆっくり目を閉じると、 今度は暖めあうように、 もっと長くて深い口づけをした。



日没40分前の、 オレンジと紫が混ざる空の下、 飛行機のエンジン音と打ち寄せる波の音が、 今は遠くに聞こえていた。



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