18、 男と男の内緒の話 (後編)
「内緒の話…… って、 何ですか? 」
「ここからが僕にとっての本題だ」
「僕にとって……って…… 」
つい先程まで進路の相談をしていたはずだった。
それが終わったところだというのに、 感動的な雰囲気で終わる感じだったのに、 この展開は何なんだ?
思考が全くついていけない。
「いや、 ごめん、 言い方が悪かったかな。 さっきまでの話は、 生徒会長として、 先輩として、 君の相談に真剣に答えたつもりだ。 だけどここからは、 僕個人が男として君に話す、 男同士の内緒の話だ」
樹先輩個人の…… 男としての話……。
大和にもなんとなく掴めてきた、 これはたぶん、『小桜凛』絡みだ。
「小桜さんのことですか? 」
「そう、 察しがいいね。 それとメガネ君」
「あいつよりも樹先輩の方が絶対にいいのに」
「やっぱり君は百田くんのことを知ってるんだ? 」
「このまえ会いました」
「そうか、 クソがつくくらい真っ直ぐないいヤツだろ」
「はい…… いいヤツだけど、 俺は断然、 樹先輩の方がお薦めですけどね」
「いくら周りがそう言ってくれてもね…… 凛ちゃんがそう言ってくれなきゃ意味がないんだよね」
ーー 凛ちゃんて…… この人、 もしかして……。
「先輩ってもしかして、 まだあの人のことを諦めてないんですか?! 」
「当たり前だよ。 今日だって凛ちゃんに会えると思うから、 わざわざゆっくり出来る放課後の時間を選んだんだ。 最初から君だけだったら時間制限のある昼休みだったよ。 良かったな、 時間外オプションがついて。
君が凛ちゃん経由で頼んできたのは大正解だったよ」
「樹先輩って…… 結構粘着質ですか? 」
「一途と言ってくれ。 それに僕がこんな風なるのは、 凛ちゃんだけだよ。 彼女にだけ、 必死になって悪あがきするんだ」
「なんで凛ちゃんって呼んでるんですか? 本人の前では『小桜さん』だったくせに」
「本人は文句言わないんだけど、 百田くんが怒るんだよ、 名前呼び」
いけしゃあしゃあとそう言い募る目の前の人は、 憧れの生徒会長でも王子様でもない、 普通の恋する高校生だった。
ついさっきまで、 彼のことを絶対的な権力とカリスマ性を持つ雲の上の存在のように見ていたのに、 実際はそうではなかった。
彼は今、 ただ普通の恋する男の子として、 大和に協力を求めているのだった。
そして樹は真剣な表情で訴える。
「だから教えてくれ、 君と彼女の関係を…… 」
***
「…… そういうわけで、 小桜さんが僕を哀れに思って、 あなたと引き合わせてくれたんですよ」
「そうか、 かなり複雑な関係だな。 その2人が同じ学校に通ってたなんて、 そんな偶然あるんだな。 こういうのってやっぱり義理の姉弟ってことになるの? 」
「いや、 ただの他人ですよ。 僕だって、 あなたが公開告白とかしなかったら、 彼女に気付いてなかったかも知れない」
「公開告白かあ〜…… あれは早まった。 もうちょっと慎重に進めるべきだったよ。 義孝にも叱られた」
義孝と聞いて、 大和はあの日の応援演説を思い出した。 皆の関心を惹きつける、 素晴らしい演説だった。
「あの人、 親友ですか? 賢そうですよね」
「賢いよ。 僕の永遠のライバルで親友だ。 将来あいつは遺伝子学の研究者になって、 僕と2人で共同で論文を書くんだ」
「凄いですね…… 」
「まあ、 人生には大きな目標があった方がいいからね。 それより、 他には凛ちゃんの情報はないの? 」
「そんなの聞いてどうするんですか? 」
「いや、 情報が欲しかっただけだよ。 攻略するには情報量が多い方が有利だろ」
「樹先輩…… 酷なようですけど、 あの2人めちゃくちゃ仲いいですよ。 先輩モテるんだから、 早いとこ次に行った方がいいですって」
「やっぱ仲がいいのか、 くっそ〜。 この前までウダウダしてたくせに…… 」
「だから、 とっとと…… 」
「いや、 諦めないよ」
今までの砕けた口調と打って変わって、 樹が低い声色でハッキリと告げた。
「まだ彼女を好きだという気持ちがあるうちは、 自分の気持ちを大切にしたいんだよ。 この気持ちが自然に消えて無くなるまでは、 思いのまま、 全力で頑張りたいんだ」
「なんか…… ピュアですね」
「う〜ん……こういう気持ち自体が初めてだからね。 踏ん切りがつかないんだろうね。 だけど今さら2人を邪魔する気はないよ」
「モテるのにめっちゃ不器用じゃないですか……勿体ない」
しんみりした空気になったのを悟ったのか、 樹がおどけるように続ける。
「それでいいんだよ、 僕は。 先の人生を見据えて長いスパンで考えてるから。 大体さ、 学生時代の初恋なんて大抵は報われないもんだろ? 卒業と同時に疎遠になるとか、 新しい出会いがあって心変わりとか珍しくもないし、 僕と彼女には医学部という共通項もある。 だから僕はこの先まだまだいくらでもチャンスがあると思ってるんだよね」
「超長期計画じゃないですか」
「…… そうだね。 いつかは他に好きな人が出来るかもしれないけど…… 今はまだいいかな」
樹はそっと目を細めて寂しげに微笑んだ。
「ところで大和くん」
「はい? 」
「君は本当に凛ちゃんのことは好きじゃないの? なんだかんだ言って、 本音では理由をつけて近付きたかったんじゃないの? 」
「ええっ? 」
大和は驚いて見せたが、 上目遣いでちょっと考えて、 照れくさそうに言った。
「そうですね…… 恋愛感情ではないと思うけど、 『小桜凛』があの人で良かったな…… とは思ってます。 変な関係だけど、 彼女と出会えて良かった。 あの人が本当にお姉さんだったら、 僕ももうちょっと素直な性格に育ってたかもしれないですね」
「そうか〜、 やっぱりこんな身近なところにも凛ちゃんファンがいたか」
樹は参ったというように右手で目元を覆った。
そして密かに思うのだ。
ーー まあ、 仕方ないよな。
彼女がモテるのは仕方がない。
だけど、 彼女のファンが今もまだこうして密かに増殖中だというのは、 あいつには内緒にしておこう。
聞いて慌てふためく顔を見るのも面白いけれど、 それで今以上にもっと頑張られても困る。
せいぜいのんびり浮かれていてくれよ。
ちょっと油断させておくくらいがちょうどいい。
そんなふうに樹が考えているとは露知らず、 凛とのデートを目前に控えたメガネの百田くんは、 のんびり浮かれて『デートプラン』、 『オススメ』、 『初デート』で検索をかけまくっているのだった。