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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章 恋人編
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12、 天使の気持ち (前編)


約束の土曜日は、 ここ数日で一番気温が高い、 春らしい陽気の過ごしやすい日だった。



ーー良かった、 雨じゃなくて。


待ち合わせ場所は、 前に()めたファミレスの近く。 このまえ奏多と凛が来た、 あの公園だった。


最初はファミレスにと思ったのだが、 あんな風に店先で騒いでいたのを見られては、 店員に顔を覚えられているだろうし、 隣町とはいえ案外知り合いに会う確率が高いと判明したので、 大通りの裏でひっそりと忘れ去られているような、 この小さな公園を選んだ。


雨だったら馴染(なじ)みの『ふらり』に変更しようと思っていたが、 出来れば少しでも学校から遠いほうがいい。



約束の午後1時より少し早めに奏多が着くと、 既に凛がベンチに座って待っていた。



「早かったね…… 大和くんは? 」

「まだ来てない。 …… 本当に来るのかな」

「どうだろうね」


待ち合わせ場所と時間を書いた奏多のショートメールには、 『分かった』だけの短い返事が来た。


『分かった』から来るのか、 『分かった』けど来ないのか…… 前者(ぜんしゃ)だといい。



何か飲み物を買ってこようと奏多が自販機の方に足を向けたとき、 大和が遠くから歩いてくるのが見えた。


ザックリしたグレーの春物ニットに、 チラリと覗く白Tシャツ。 それにアンクル丈の黒スラックスを合わせただけなのに、 雑誌からそのまま抜け出してきたように見えてしまうのはさすがだ。


「うわっ、 あいつ、 無駄に目立つなぁ…… 」



奏多が手を上げてここだと知らせたが、 それには答えず、 ポケットに手を入れたまま黙ってスタスタと歩いてきた。



「場所はすぐに分かった? 」

「ああ」


「ベンチに座ってて。 飲み物買ってくるから……あっ、 ダメだ、 凛と2人きりは駄目」

「別に手を出したりしないし」


「それでも絶対ダメ! 」

「じゃあ、 私が…… 」

「もういいよ、 俺が買ってくる」


舌打ちをしながらも、凛と奏多に希望を聞いてから足早に自販機へと歩いていった。


「悪い子じゃ……ないんだよね」

「うん。 悪いヤツじゃない」



***



「んっ」と差し出されたレモンティーとミルクティーのペットボトルを奏多と凛がそれぞれ受け取ると、 大和は、 それで自分はこれからどうすればいいんだという感じでキョロキョロ辺りを見回した。



「あっ、 大和くんはここに座ってよ」


奏多がベンチの自分の隣をペチペチ叩いたが、 大和は

「狭っ! そんなとこに3人ギューギュー詰めかよっ! そんな横並びじゃ話せないだろっ! 」


と言い、 ベンチの前にヤンキー座りをして、 かわいい顔が描かれているオレンジジュースの(ふた)を開けた。


天使がヤンキー座り…… それでもやっぱりサマになる。



「そのジュースが好きなの? 」

「えっ? 」


「『みっちゃん』のオレンジジュースが好きなのかなあ……と思って」


「俺がオレンジジュース飲んで、 わっ、 悪いかよっ! 昔からこれが好きなんだよ! ブラックコーヒーでも飲んでカッコつければ良かったのかよ! 」



会話の糸口を(つか)もうと、 とりあえず目についたジュースに触れてみたのだが、 からかっていると思われたらしい。


顔を真っ赤にしながらペットボトルに蓋をしている。


「違うよ…… 美味しいよね、 『みっちゃん』のオレンジジュース。 俺もたまに買うよ。 人の好みを笑うはずないじゃん。 いちいち突っかかるなよ」


「私も『みっちゃん』のオレンジジュース好きだよ。 たまに無性に柑橘(かんきつ)系が飲みたくなることがある」

「そうそう、 疲れた時とかね」


横からそっと助け舟を出してくれた凛と、 「ね〜〜っ」と言いながら微笑みあっていたら、 下から痛い視線が突き刺さってきた。



「あんたら…… 本当に付き合ってるんだな。 しかもバカップルとか…… ありえねえ」

「バカップル言うな! 初々(ういうい)しいと言え! 」


「初々しいって…… 自分で…… ククッ…… ハハハハッ! 」

地面に手をついてヒーヒー笑い出した。


ひとしきり笑ってからすっくと立ち上がり、 奏多と凛の間に割って入ると、 ドスンと座る。



「あっ、 おい! 凛の隣はダメだって! こっち側に来いよ! 」

「いいって、 何もしないって。 あんた達を隣同士にしといたら、 イチャイチャするばかりで話になんないし」

「くっそ〜…… 」



バカにされた気がしないでも無いが、 とりあえず、 場の空気は(なご)んだようだ。

それに、 どうやら話をする気になってくれた……。



「俺さ…… 自分の誕生日が嫌いなんだよね」


両手でペットボトルをもてあそびながら、 ボソリと大和が話し始めた。



毎年クリスマスが近付くと憂鬱(ゆううつ)でたまらない。

大和の誕生日である12月22日とクリスマスのお祝いを兼ねるという名目(めいもく)で、 別れた父親との会食が待っている。


母親は同席しない。 迎えの時間や最低限の連絡事項を伝えると、 大和だけを置いてとっとと去って行く。


そのあとの微妙な空気と落ち着かなさは、何年経っても変わらない。

高級レストランのフルコースも、 砂を()んでいるように味がしない。



『最近どうだ? 』

『変わらないよ 』


『元気にしてるか? 』

『元気だよ 』


緊張しながら言葉を探す。


こんな事をして、 この人は楽しいのだろうか?

こうやって年に数回会うことで、 捨てた息子への罪滅(つみほろ)ぼしをしているつもりなのだろうか。


あんたの奥さんが送ってくるプレゼント、 全く(うれ)しくないんだけど……。



「俺が3歳か4歳か…… それくらいには、 もう父親は家にいなかったし、 それ以前から父親は忙しくて家にいなかったからさ、 いなくなったからって特に寂しいとか思わなかったんだよな」



父親の浮気が発覚してすぐに、 母親の弥生(やよい)は大和を連れて実家に帰った。


祖父は総合病院を経営しており、 実家は病院から歩いて行ける距離にあった。


母親は元々、 祖父から病院の株をいくつか与えられている代表取締役の1人でもあったので、 病院で祖父のスケジュール管理を行うようになり、 そのまま経営にも(たずさわ)るようになった。


『もう結婚はこりごり』だと言って再婚はしなかったが、 仕事をバリバリこなして充実しているようだし、 大和も生活に不満はなかった。



「家ではおばあちゃんや通いの家政婦さんが面倒を見てくれたし、 経済的にもかなり恵まれてた。 こう言っちゃなんだけど、 俺ってかわいい顔してるからさ、 みんなチヤホヤしてくれたし、 望むものはなんでも手に入るって思ってた。 だけど…… 」



「気付くと、 俺が医者になるっていうのは既定路線(きていろせん)になっていた。 母親は普段は放っておいてくれるんだけど、 習い事に関してはキッチリ決められた。 俺が赤ちゃんの時にモデルもやってたらしいんだけどさ、 それもいつの間にか勝手に辞めさせられてたから、 記憶にないんだよな…… 」



「父親も、 そういう所が堅苦(かたくる)しくて逃げ出したのかもな。 元々見合い結婚だったみたいだし」


そう言った大和の笑顔が、 (はかな)げで、 今にも泣き出しそうで…… 奏多は掛ける言葉が見つからず、 ただ黙って聞いているしかなかった。



ふと見ると、 大和の向こう側で、 凛が両手で顔を(おお)って肩を(ふる)わせていた。



「大和、 ちょっとごめん! 」


そう言うと奏多は大和と凛の間に入って座り、 凛の肩を抱き寄せた。


「凛…… 大丈夫か? 」



「なんでその人が泣いてんだよ。 同情とかいらないんだけど…… 」


「違うよ」


大和の言葉を遮って、 奏多が言葉を続けた。


「『同情』じゃなくて、 『同調』だよ。 凛も同じなんだ…… 似てるんだよ、 お前ら」



大和が唇を()()めて遠くを見た。

誰も乗っていないブランコが、 風で微かに揺れていた。



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