10、 電話越しの恋心
ーー これが、 凛との初電話……。
スマートフォンをゆっくり耳に当てると、 自分の手が小刻みに震えているのが分かった。
「もしもし…… 奏多です」
「……はい」
「急にごめん…… 今、 大丈夫? 」
「うん、 大丈夫。 今、 自分の部屋」
「そっか…… へへっ」
電話ごしに聞く凛の声は、 いつもよりちょっとだけ高くて、 澄ましていて…… 奏多の耳を、 少しだけくすぐったくさせた。
「うわっ、 この人『へへっ』とか言ってる。 キモっ! 」
「うるさいわっ! …… あっ、 違う、 ごめん! 姉貴がうるさくて……。 待って、 部屋に行く」
「部屋に行くから! 絶対来ないでよ! 」
叶恵に言い捨ててそのまま2階の部屋に向かった。
初めての電話が嬉しくて、 妙に照れ臭くて、 階段を上がる足元がフワフワした。
「今、 何してたの? 」
自分の部屋でベッドに腰掛けながら尋ねると、 凛は宿題の最中だと言った。
「あっ、 ごめん。 邪魔して」
「ううん、 もう終わりだからいいの。 ……あっ、 ねえ、 古文の宿題で、 百人一首から好きなのを5首選んで解説するってあったでしょ? 私、 その一つに、 平兼盛を選んだ」
「えっ、 どんな歌だったっけ? 」
「ん〜…… 内緒。 後で調べてみて」
「ええ〜っ」
左手にスマートフォンを持ち替えて会話を続けながら、 机の上に置かれたパソコンで百人一首を検索してみる。
ーー 平兼盛、 百人一首…… と。
『しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで』
[人に知られまいとあなたへの恋心を我慢していても、顔に出てしまい、何か物思いをしているのではと、人に問われてしまうほどです]
その画面を見た途端、 顔にボッと火がついたように熱くなった。
ーー うわっ! ……ええ〜っ! こんなのめっちゃ、 俺のこと好きじゃん!
「ふ〜ん…… そうか、 そうか…… 」
「えっ、 何? 」
「ん? あっ、 いや、 俺も兼盛さんの歌を選んじゃおうかなあ〜って思って」
「えっ?…… あっ! 今調べたでしょ! 後でって言ったのに! 」
「ええ〜っ、 いいじゃん…… 嬉しかったし」
良かった。 電話の向こうならこのニヤケ顔を見られない。
「…… なんか凛ってさ…… 結構俺のこと好きだよね? 」
「結構っていうか…… 結構好きですけど? 」
「ハハハ…… そうか」
「…… そうですよ」
「…………。」
ーー んっ?! あかんアカン! こんな話をするんじゃなくって……。
「凛、 Rルールについて、 どう思う? 」
姉の電話を使って長々とイチャコラしてから、 ようやく本題に入ったのだった。
***
「それで、 凛はどう思う? 」
先程の叶恵とのやり取りをひとしきり説明し終えて、 奏多は凛の意見を尋ねた。
「う〜ん…… 叶恵さんの言ってることが、 ごもっともだよね」
「ええ〜っ、 凛もそっち派か〜! 」
凛はそれほど自分に会いたいと思っていないのか、 自分だけが焦りすぎているのかと、 ちょっぴり凹む。
「奏多の家に行けるのが金曜日だけっていうのも、 6時半には家を出るっていうのも、 結局は私の問題なんだよね…… 」
親には絶対にバレてはいけない。 だから不自然でない程度しか会いには来れない。
学校の人達にも内緒にしたい。 だから堂々と外でデートも出来ない……。
「あのさ、 やっぱり学校のみんなには内緒にしておきたい? 」
周りに公表してしまえば隠す必要はない。 公認のカップルになれば堂々とデートも出来るし、 彼女が家に来たとしても不自然ではない。
「…… ごめんなさい。 もうちょっと、 もう少しだけ待ってもらえる? 私側の問題を解決しないと…… もう少しだけ考えさせて」
「分かった。 だけど、 『私側の問題』っていうか、 これは俺たち2人のことだからさ。 自分だけで抱えこまないで、 困ったらちゃんと相談してよ」
「うん…… 分かった。 ありがとう」
「あっ、 だけど、 4条の勉強場所は、 奏多の部屋でもいいかも…… 」
「えっ、 マジで? よっしゃ! 」
「あと、 電話は…… 私から掛けてもいい? 」
「うん」
「もしも奏多から電話を掛けたい時はメールして。 それを見たら私から電話する」
「分かった」
自由に電話出来ないのは不便だけど、 電話番号さえ知らなかった今までに比べたら、 十歩も百歩も前進だ。
そして…… やっと自分の部屋で凛と2人きりで勉強出来る。 漫画でよく見る憧れのシチュエーションの実現だ。
それにもうこれからは、 叶恵の帰宅にビクビクせずに、 部屋でゆっくりキスを……
ーーこれはアカン! 調子に乗りすぎだっ!
「いやいやいやいやいや! 」
「えっ? 」
「いえっ、 なんでもないです。 ごめんなさい」
「あっ、 あとさ。 大和のことだけど…… 俺が話してみてもいい? 」
「えっ? 」
「どこかで会うって言っても平日は難しいし、 学校なら確実につかまえられるからさ。 凛と俺が連れ立って行くと目立つし、 凛だけで会いに行かせたくもないし、 やっぱ俺かな……って思って」
「そっか…… でも、 揉めそうだったらそのまま帰ってきてね」
「うん、 分かった」
「「…………。 」」
とりあえず、 ルール改正については話せたし、 どうしても伝えたいことは伝えられた。
だけど……
「なんか、 初電話なのに今日はいっぱい話したね」
「うん。 ビックリしたけど……嬉しかった」
「もうそろそろ切らないとヤバいかな」
「うん……そうだね」
「「…………。 」」
お互い何も言わなくても、 電話の向こうの息遣いで、 そこに君がいるのが分かる。
確かに気持ちが繋がっているという安心感。
だけど顔が見えない心許なさ。
「電話…… 先に切りなよ」
「うん…… 」
電話の向こう側で躊躇う凛の顔が浮かぶ。
「……同時に切る? 」
「うん」
「「 せーーのっ! 」」
「「…………。 」」
「やっぱり、 凛から切って」
「うん…… 」
「ふふっ、 キリがないね」
「うん…… キリがないな」
胸がギュッとなる。
シアワセなのに、 泣きたいような気持ち。
「凛…… どうしよう、 俺、 めちゃくちゃ会いたい」
「うん、 私も…… 」
「ダメだ、 やっぱりキリがないな。 ホント、 今度こそ凛から切って」
「分かった…… また明日、学校で」
「うん…… また明日」
プツッ
通信が途絶えたその後も、 ずっとその余韻を味わっていたくて……。
スマートフォンを耳に押し当てたまま、 そっと目を閉じた。
耳元で聞こえた君の声は、胸に苦しい余韻を残す。
近くて……遠い。
嬉しくて…… 切ない。
会いたくて………… 会いたい。