9、 ルール改正闘争
日曜日の午後、 一馬と陸斗は百田家に来ていた。
昨日ファミレスに2人を置いて出てきてしまったので、 そのお詫びと経過報告を兼ねてランチでもと、 奏多が2人を招待したのだった。
……とは言っても、 ダイニングテーブルに乗っているのは、 奏多が近所のコンビニで買ってきたペットボトルのお茶に、 肉まん、 ピザまん、 カレーまん、 メロンパン、 そしてオニギリ各種という、 炭水化物多過ぎじゃね?! 的なラインナップのみである。
ちなみに、 メロンパンは叶恵の好物なので、 何も言わずとも、 彼らは絶対に手を出さない。
これは本日の叶恵への貢ぎ物。
大事なお願いをするための賄賂なのである。
「叶恵さんは何時に帰ってくるの? 」
一馬に聞かれ、 奏多は壁に掛かった時計が午後1時42分を指しているのを確認しながら、 「たぶん2時前には…… 」と答える。
友人とランチに行くと言って叶恵が出掛けたのが午前11時頃。 ランチだけで帰ってくると言っていたので、 食後のお喋りタイムを加えたとしても、 もうそろそろ帰ってきていい時刻だ。
そう噂をしていたら、 玄関の方でガチャガチャと音がして、 ガラッと引き戸が開いた。
ーー来たっ!
スタスタとスリッパの音が近付き、 ダイニングルームの入り口から叶恵がひょっこり顔を覗かせた。
「ただいま、 一馬と陸斗も来てたんだ。 2人揃って暇だねえ〜 」
叶恵信者の2人は、 彼女から浴びせられるいつもの毒舌にも慣れたもので、 ヘラヘラしながら席を譲ると、 彼女の目の前にメロンパンを差し出して、 ドーゾ、 ドーゾと傅いている。
男を従わせることに慣れている叶恵は、 それが当然という顔で椅子に座り、 白い皿に仰々しく置かれたコンビニのメロンパンを手に取る。
「う〜ん、 失格! 」
「ええ〜〜っ! それ、 姉貴が好きなヤツの新作なんだけどっ! いつものより20円高いんだけどっ! 姉貴のために俺がポケットマネーでわざわざ買ってきたんだけどっ! 」
「私が好きなのはオリジナル。 外がサクサク中がふんわりがいいの。 こんなメロンクリームが入ったヤツは邪道」
「ガーーン! 」
散々文句を言いながらも、 叶恵はバリッと袋を破り、 メロンパンをちぎって口に運ぶ。
食べながら、 目の前の奏多をチロッと上目遣いで見た。
「何か頼みがあるの? こんなの買ってきて」
さすが姉貴、 読みが鋭い。
「うん…… 実はさ…… 」
「話は一応聞くけど、 頼みを聞くかどうかは別だからね。 メロンパンも関係ないから」
そして、 さすが姉貴…… 塩対応も甚しい。
ーー くっそ、 返せよ、 メロンパン!
奏多は叶恵の前に紅茶の入ったカップをコトリと置いて、 改めて席についた。
紅茶は頼みごとをする前のダメ押しの機嫌取りだ。
「さあ、 お姉さんに言ってごらん」
紅茶を一口飲んで、 カップをテーブルに置くのを待って、 奏多は意を決して口を開いた。
「Rルールの更なる改正を求めますっ! 」
Rルール、 それは凛との秘密を守るために定められた規則。
凛と付き合うことになって9条と10条は削除されたが、 まだまだ邪魔くさい決まりごとが残っている。
「改正って…… どの辺りよ」
「1条、 4条、 7条、 8条ですっ! 」
「めっちゃ多いな、 おい。 そんなの却下だわ」
「ちょっと待って! お願い、 説明させて! 」
まず、 1条『凛が来るのが金曜日のみ』、 これは少ない、 寂しすぎる。 凛の都合で好きな時に来れるようにしていただきたい。
4条『最初の1時間はリビングで勉強』、 勉強はするけど奏多の部屋でも可能にして欲しい。
7条『午後6時半には帰る』、 もうちょい時間が欲しい。
8条『連絡はメールで』、 電話がしたい。
以上の切実な願いを切々と訴えると、 紅茶を飲みながら話を聞いていた叶恵が腕を組み、 う〜ん……と目を閉じて考え込んだ。
「私はさあ、 発覚のリスクを考えると、 やっぱり会う日は増やさない方がいいと思うんだよね。 門限も、 帰りが遅くなると向こうの親に怪しまれるし…… 」
予想以上に反応が芳しくないので、 全却下かと身構える。
「私が独断で許可出来るとしたら、 4条くらいかな。 まあ、 奏多も健全な男子だからさ、 そりゃあ彼女が出来たら浮かれてサカるよね」
「サカっ…… そういうんじゃないからっ! 一馬たちの前でそういうの臆面もなく言うなよっ! 」
変な方向に話が逸れそうになったところで、 横から陸斗が助け舟を出した。
「まあまあ、 奏多。 …… ねえ、 叶恵さん、 俺や一馬も全力で協力するし、 いくらでも隠れ蓑に使ってもらって構わないんで、 もうちょっと恋人らしくいられるように条件を緩めてもらえませんか? 俺、 ダメだと思ってた奏多の恋が報われて、 めっちゃ嬉しいんですよ」
思いがけない陸斗の熱い言葉に思わず胸が熱くなる。
その心意気と友情に絆されたのか、 叶恵はしばらく黙り込んでから、 ウンと何か決めたように頷いて、 椅子の横に置いていた自分のバッグからスマートフォンを取り出した。
「こういう重要なことは、 どちらかが一方的に決めていいもんじゃないでしょ。 当事者の凛ちゃんに見解を聞きましょう」
そう言うと、 おもむろにタッチパネルを操り、 アドレス帳から『凛ちゃん』のページを開いた。
呼び出し音を響かせながら、 スマートフォンを耳に当てる。
「えっ、 姉貴…… なんで凛の番号知ってるの? 」
「そんなの当然でしょ、 何かあった時の連絡先くらい聞いとかなきゃ。 何度か電話してるし」
「ええっ?! 」
「うるさいな……。 いい? 奏多、 ちゃんとルール改正の是非を話し合うんだよ。 一時の感情に流されず、 長い目で見て、 冷静にね」
カチャッ
「……あっ、 凛ちゃん? 今、 大丈夫? うちのムッツリ眼鏡が話があるんだって。 うん、 それじゃ変わるね。 …… ほい、 奏多」
ーーええっ?! 彼女との初電話がこれですかっ?!
気持ちが追いついてないんですけど……。
奏多は震える手を伸ばして、 叶恵からスマートフォンを受け取った。