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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章 恋人編
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8、 神童、原田大和の憂鬱 (後編)


私立滝山中学は、 大和にとって特に居心地が良くも悪くもない場所だった。


受験勉強をがむしゃらに頑張っていたお陰で、 新年度のスタートダッシュは完璧だったし、 人よりちょっと目立つ容姿のおかげで、 クラスメイトのみならず学年中の、 いや、 先輩のお姉様方からもチヤホヤされて、 気分は悪くなかった。



ただ、 ココは自分にとって、本来ほんらい『2番手』の場所だったのだと思うと、 この学校に馴染(なじ)んでいく自分が許せなかった。


まわりを見下していたつもりは無かったが、 どこか態度に現れていたんだろう。 自然とクラスメイトとの距離ができた。 近寄ってくるのは親衛隊(しんえいたい)のようなうるさい女子ばかりになった。



別にどうでもいいや…… と思っていた1年生の2学期に、 あの人を見かけた。



***



「講堂で生徒会選挙の演説があるってよ」


「王子が立候補だって。 見に行く? 」



10月末の月曜日、 昼休み明けの学校はいつもよりザワついていた。



今日は5限目の時間を使って、 滝山高校の次年度生徒会会長、 及び副会長の立候補者による演説が行われることになっていた。


本来なら中学生には関係ないのだが、 後学(こうがく)のために中学校の生徒も見学が許されており、 そうでないものは教室で自習をすることになっていた。


ーー メンドくせ。 教室で寝てよっかな。



そう思っていた大和が講堂に足を運んだのは、 ほんの気まぐれだった。


大和の取り巻きの女子の1人が、 「大和とは違うタイプのさわやか系美男子だよ。 王子って呼ばれてるの! 」

と熱心に誘うので、 どんなものかと興味が()いたのだ。



滝山中高校には、 バスケットコートなどを備えたスポーツ専用の体育館とは別に、 講義や演劇鑑賞に利用する、 舞台と椅子を備えた大講堂がある。


今回はその大講堂で、選挙演説が行われるのだった。



午後1時半の開始を前に、 講堂は大勢の生徒でごった返していた。

周りの話を聞く限り、 お目当てはやはり『葉山樹』なる人物らしい。


もう既に前の方の席は高校生によって埋められていたため、 大和は出入り口近くの壁にもたれて立って見ることにした。



1時半になり、 現生徒会長の挨拶(あいさつ)の後で、 副会長候補の応援演説、 候補者演説が始まり、 次いで会長候補の応援演説、 候補者演説と続いていく。



お決まりの定型文(ていけいぶん)や、 面白くもないギャグを無理矢理入れたツマラナイ演説が続いてアクビを()み殺していた頃に、 その演説が始まった。



まず、 葉山樹の親友らしい男子生徒が、 他の応援者とは一味違う、 知的なユーモアを交えた見事な応援演説で場を沸かせた。


そのあと彼の紹介で壇上に葉山樹が登場すると、 講堂は大きな拍手と女生徒の黄色い声、 男子生徒の野太い声援で包まれた。

他の候補者との人気の差は歴然(れきぜん)だった。



ーー もう何も演説しなくても、 この歓声だけで当選じゃね?



葉山樹は、 演台に置かれたマイクの位置を調整すると、 台に両手をついて、 自信満々の表情で第一声を発した。



「こんにちは。 ただいま紹介にあずかりました、 1-Aの葉山樹です」


またしてもキャーキャーとうるさくなった場が収まるのを待って、 演説を続ける。



「親友の義孝(よしたか)がいい感じに盛り上げといてくれたんで大変助かりましたが、 逆に僕の演説が(かす)みそうで、 やり過ぎだ、 コノヤロウと思いました」


ドッと場内が()く。



葉山樹が、 会場全体を(いど)みかかるような目で見渡すと、 まずハッキリと言い切った。



「僕は、 僕がシアワセになるために、 生徒会会長に立候補しました」


会場が軽くザワつくのを意に関せず、 彼は演説を続けていく。



「僕は今まで、 目標に向かって常に全力で取り組み、 そして必ず達成してきました。 今回の立候補も、 僕の目標達成のためにどうしても必要な事でした」



会場中が困惑した雰囲気に変わってきたその時、 葉山樹が腕を伸ばし、 天井に向かって高々と人差し指を立てた。



「僕の指を見て! 」



彼の大きな声につられ、 全員が一斉に彼が(かか)げた指を見た。



「今、 僕の指を見たこの会場の人たち、 あなたたち全員を、 僕は今、 一瞬で注目させ、 動かした。 生徒会長にはそれだけの権力があるし、 責任もあると思っている」



「だから僕が生徒会長になったら、 みんなをとことん動かし、 使えるものは何でも使う。 僕は、 みんなの力を集結させて、 ここ滝高での学校生活を必ず価値あるものにしてみせる。


その代わり、 僕も全力で職務(しょくむ)を全うする。 生徒会長の力をフルに使って、出来ることは全部やる。



今ここに、 悩んでる人、 寂しい人、 学校でやりたいことが見つからない人…… そんな人がいたら、 助けが欲しいと思ったら、 迷わず僕を頼って欲しい。



そしてもしも、 そんな困っている人たちの力になりたい、 一緒に何かやりたいと思っている人がいたら、 その人たちも、 どんどん僕の元に集まって欲しい。 僕はみんなの力を無駄にはしない! 僕にはそれだけの決意と実力がある…… 」



いつのまにか、 大和は壁から離れ、 前の座席の背もたれに手をついて身を乗り出していた。


壇上で堂々と演説している樹の姿が輝いて見える。 自信にあふれイキイキと語る彼の表情から、 動きから、 目が離せなかった。



「もう一度言います。 僕は生徒会長になって、 絶対にシアワセになる。 そして、 今ここで僕に注目してくれているあなた達も、絶対にシアワセにする。 君も、 あなたも、 あなたも、 絶対にだ! 」


会場の人たちを次々と指差していく。



「僕を選んで、 僕と一緒に動いて欲しい。 そして来年の今頃、 あなた達が一年を振り返った時に、 『やっぱり葉山樹を選んで正解だった。 一緒にやって良かった』と、 必ずそう言ってもらえるであろうと、 僕は確信しています。


どうか、 葉山樹にあなたの一票をお願いします」



樹が頭を下げて壇上を去ると、 一瞬の沈黙の後に

、 静まり返っていた会場がワアッ! と沸き返った。


広い講堂中が興奮に包まれ、 コンサート会場のような熱気で(あふ)れかえった。



ーー 凄い……最初の指一本で、 他の候補者に比べて遥かに短いその演説で、あっという間に皆の心を掴んでしまった。



大和の背中が感動でゾクッとした。

カリスマとは、 こういう人のことを言うのだろう。


いや、 違う……。


「あの人こそが神童だ」



***



その日以来、 大和にとって樹は憧れの人になった。


樹はおおかたの予想通り、 断トツの得票数で生徒会長になった。



周りの噂話で、 彼が葉山医院の跡取り息子で、 将来は医師になることを目指していると知った。


ますます親近感が湧き、 近付きたいと思うようになった。

彼なら自分を救ってくれるかも知れない。

何か答えをくれるかも知れない。



だが中学生の自分が高校生の校舎に行くのも難しく、 近づく理由も手段もない……。



何も行動を起こせず日々だけが過ぎていき、 大和は中2になった。


そんなある日、 学校中をビッグニュースが駆け巡った。



『葉山樹が滝高のマドンナ、 小桜凛に公開告白した』


そして次に、

『葉山樹が小桜凛と付き合っているらしい』

という噂が流れてきた。



ーー 小桜凛……。



その名前には聞き覚えがあった。

父親の再婚相手の娘……。



「そうか、 この学校に通っていたのか…… 」



あいつの娘がいるのなら、 どんな顔か見てやろう。 そして母親が送ってくるガラクタを突き返してやろうか……。


いや、 待て。

そいつが樹先輩の彼女だったら、 樹先輩に会わせてくれるよう頼んでみるのも手かもしれない。


あいつの母親のせいでこっちは父親を奪われたんだ。 それくらいの頼みを聞いてくれたっていいだろう。



大和はクローゼットの中から包みの一つを取り出すと、 そこに貼られている発送伝票をめくって手に取った。


そこには小桜家の電話番号が書かれていた。



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