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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第1章 中学編
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6、 百田奏多


『なんかいいよね』


それが恋愛感情かどうかは別として、大抵の女子ならそういう印象を持つと思う。


百田奏多はそんな感じの男の子だった。



身長は高くも低くもない、中肉中背。

すっきり耳を出した真っ黒なストレートヘアは長過ぎず短か過ぎず。


特徴といえば、黒いフレームの縁なし眼鏡を掛けている事だけど、そんなのは特に珍しくもない。



顔は好みによるだろうけど、まあ、悪くはないと思う。……けれど、超絶(ちょうぜつ)美男子というわけでもない。


顔の綺麗さでいえば、むしろ彼の親友2人の方が派手で目立っていると思う。

須藤一馬君はモデルみたいで華があるし、大野陸斗君はスッとした顔立ちがノーブルな雰囲気を(かも)し出している。

実際に女子に騒がれているのもその2人の方だ。



だけど……。


凛は下駄箱を開けて上履きを取り出しながら、先週の席替えの時を思い出していた。



***



2学期に入ってすぐのHR。

席替え直後の浮かれてざわめいた雰囲気の中、凛は周りの雑談に混ざることなく、黙って机を移動させていた。



ーー 私は誰が隣の席になろうが構わないし、そんな事で一喜一憂(いっきいちゆう)もしない……。



新しい席は、百田奏多が一番後ろの窓際で、凛はその右側。

隣同士になるまで、最低限の挨拶(あいさつ)以外は殆ど接点が無かった。



席を移ってすぐ、奏多が凛に向かって「よろしく! 」と右手を差し出してきた。

凛も右手を差し出して、「よろしく」と握り返した。



隣の席になって挨拶を交わすのは普通にあるけれど、こんな風にわざわざ握手を求められるなんて初めてだった。


だから正直言うと、このとき凛はかなり動揺していたのだが、それを悟られるのが嫌だったので、平静(へいせい)を装って無表情で握手に応じた。



そんな凛の胸中を()(はか)ることなく、奏多はすでに何事もなかったように、前の席になった一馬と「特等席だぜ! 」なんて言いながらハイタッチして喜んでいた。



「小桜! 」

不意に横から呼ばれて顔を向けると、奏多が顔の前で両方の手のひらをこちらに向けてニコニコしている。


「???? 」


反応に困って固まっていると、

「あれ? ハイタッチ……駄目だった? 小桜の席もなかなかの特等席だと思うんだけど」


そのまま悪意のない顔で待っているものだから、凛は仕方なく両手を差し出すと、奏多の手のひらにちょこんと軽く指先だけを当て、すぐに引っ込めた。


奏多はそれを見届けると、眼鏡の向こうに屈託(くったく)のない笑顔を浮かべて前に向き直った。



ーー ビックリした……なんか距離感近い?



いつもより速いリズムでドクンドクンと鳴る胸を右手で押さえ、2度3度とゆっくり深呼吸した。



***



凛は、戸惑って緊張していたあの時の自分と、全く気にせずハイタッチしてきた奏多との対比を思い出して、思わず含み笑いをする。


靴を履き替え歩き出すと、前方に見覚えのある後ろ姿が見えた。



ーー あっ、また手伝ってる。



玄関の下駄箱から教室に向かう長い廊下の前方。

ちょうど職員室から出てきた日直の女子に声を掛け、彼女が持っていたプリントの山を引き取って運ぶ奏多の後ろ姿を見ながら、凛は目を細めた。



百田奏多は優しい。

優しくて、気配りの出来る男の子だ……と凛は思う。



誰かが重いものを持っていたら今みたいに運んであげるし、掲示板にポスターを貼っている子がいれば紙の上をそっと押さえて手伝ってあげる。



それだけではない。


誰かの髪型が変わっていればすぐに気付いて似合っていると褒めるし、手作り弁当の中身を見ては、美味しそうだとまた褒める。


男女問わず誰にでも気さくに話し掛けて行くけれど、そこに図々しさや押し付けがましさは全く無い。



全てが自然なのだ。



そうやって、彼が他の男子のような照れや躊躇(ちゅうちょ)も無く自然に行動できる理由(わけ)が、昨日の話を聞いてようやく分かった。



お姉さんがいて女子の扱いに慣れているから、男女を意識せず誰とでも気軽に喋るし、妙に距離感が近いのもその延長だろうと思う。


お姉さんから『男子は女子に優しくするもの』精神を叩き込まれ、素直に実践(じっせん)してきた結果が、今の面倒見のいい彼を作っているのだろう。



凛が後ろのドアから教室に入ると、一足先にプリントを持って教室に入っていた奏多が、教壇(きょうだん)前で数名の女子生徒にからかわれていた。



「えっ、奈々美(ななみ)の代わりにプリント運んであげたの?! さすが奏多、優しい! 」

「安定の天然たらしだねっ! 」

「スーパーナチュラルたらしだね」


「お前ら、 俺を天然たらしって言うな! それ、英語にしても駄目だからっ! 」


「違う違う! 奏多は天然たらしじゃなくて、ムッツリ眼鏡という愛称があるから〜 」

「一馬、お前はムッツリ眼鏡って言うな!」


途中から一馬や陸斗も加わって、奏多の肩を抱きながらはしゃぐ。

奏多を中心にした大きな笑いの輪がクラス中に広がっていた。



始業のチャイムが鳴り、一馬と喋りながら歩いてきた奏多が、席に着く時にチラッと凛を見た。


昨日のこともあり、少し照れくさい気持ちで凛が教科書に目を落としていると、左隣から「小桜」と肩を叩かれ呼ばれた。


「はっ、はい! 」

慌てて顔を上げて見ると、奏多が柔らかい笑顔で凛の顔を覗き込んでいる。



「小桜、 おはよう! 」

「おっ……おはようございます」

「ふふっ……なんで敬語なの」

「えっ、あっ、おはよう」

「うん、おはよう」


また満面の笑み。



そう。 こういうことを照れずにサラッと出来てしまうのが百田奏多なのだ。


本当に天然モノなのだ。


だから、やっぱり、


『なんかいいよね』


みんながそう思ってしまうのだろう。



***



その日、 1限目が始まってしばらく経った頃。

先生が黒板に数式を書いている隙を狙って、奏多が小さく折り畳んだ紙切れを凛の机にそっと置いた。


凛が開いて見ると、

『今日の放課後、鶴橋駅に集合でどうですか? 』

と書いてあった。



しばらく考えて、バインダーからルーズリーフを1枚取り外す。


そこに、

『昨日遅くなったので今日は無理。 金曜日なら大丈夫。 鶴橋駅前は目立つので却下。 百田君の家の最寄駅で』

と書いて、四つに折り畳んで隣の机に置く。



それを奏多が(ひざ)の上で静かに読み、机に広げて何かを書き加えると、また元通りに折り畳んで返す。


『↑ 了解。 金曜日の放課後、観音(かんのん)駅の西口から出たところでいい? 』



凛はそれを読むと奏多の目を見てそっと頷いた。

それを見た奏多も机の下でグッと親指を立てて頷く。


その後はお互いに軽くニヤけながら、素知らぬ顔で授業を受けた。



ーー 誰が隣になろうが構わない……。


席替えでそんな事を言っていた自分を思い出し、 凛は苦笑する。



隣の席のこの彼と関わって、 自分は随分と大胆になったものだと思う。

親に内緒で行動したり、授業中に先生に隠れて手紙のやり取りをしたり。

以前の自分なら考えられなかった事だ。


だけど、 今はまだ始まったばかりだという気がする。

どうしてか良く分からないけれど、 隣の彼の影響を受けて、 自分はこれからもっともっと変わっていく……何故かそんな気がするのだ。



確信のない予感と不安と期待を胸に、 凛は2人の文字が並んだルーズリーフを丁寧に四つ折りにし、 そっとノートに挟み込んだ。



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