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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章 恋人編
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7、 神童、原田大和の憂鬱 (前編)



神童(しんどう)』なんて言葉、 一体誰が作ったんだろう。

どこのどいつか知らないが、 もしも今、 目の前に名乗り出てきたら、 鼻先(はなさき)に思いっきりグーパンチを見舞ってやるところだ。



第一みんな、 本物の神様がどんなものかなんて知らないじゃないか。 見たことも会ったこともないくせに、 勝手に人のことを神の子供に(まつ)り上げてちやほやするのは如何(いかが)なものかと思う。




原田大和(はらだやまと)は物心ついた頃から『神童』と呼ばれてきた。




まずは『神童』になる前に、 『天使』と呼ばれた。


大和はプライドの高い母親も、 いなくなった父親もどうでもいいと思っているけれど、 この『天使』とも称される美貌(びぼう)は、 確実に両親から引き継いだギフトだった。



まだハイハイしか出来ない赤ん坊の頃に、 祖父の知り合いのアパレル会社社長に頼まれてCMモデルをさせられた。


クマのキャラクターがついた洋服を着て微笑んでいる、 天使のようなその赤ん坊は、見る者を魅了(みりょう)し心を一瞬で(とら)えた。


彼の顔が前面に押し出された大きなポスターは、 彼が幼稚園に入園してモデルを辞めるまでの間、 幾度(いくど)となく種類を変え、 店舗のショーウインドウをデカデカと飾っていた。




幼稚園に入った頃から大和の『神童』伝説が幕を開けた。


それが天性(てんせい)のものなのか、 バツイチの母親と、 祖父母の元で熱心な教育を受けたからなのかは分からない。



小学校に入る前には、 ひらがなカタカナだけでなく、 小1で習う漢字の大半は完璧に覚えていたし、 九九も丸暗記していた。


幼児向けの英会話教室ではアメリカ人講師に「 good job(グッジョブ)! 」と発音を()められ、 テストをすれば毎回大きな花マルのスタンプが押されて戻ってきた。


4歳から始めたピアノは、 小1でブルグミュラーを終了し、 全国的なコンクールの低学年の部で2年連続金賞を受賞した。


同じ頃に通っていたスイミングスクールでも地区の大会で優勝して、 全国大会決勝まで進んだ。


楽しかったしもっと続けたかったけれど、 中学受験に集中するために、 3年生になってから全部辞めた。




『特に努力しなくても出来る』人間なんてほんの一握りだけど、 自分はその中に確実に含まれていると思っていた。


その頃までは。



進学塾に行けば、 他の街からも優秀なヤツが沢山集まってくる。

みんな同じ『超有名な難関(なんかん)私立中学』への入学を目指している猛者(もさ)ばかりだ。



自分しか解けなかった難問が、 解けて当たり前の問題になった。

小さな世界では『特別』だった自分が、 『ただの人』になった。



もちろん、 そのままで終わらせるようなことはしない。

今までは特に努力しなくても出来ていたのだ。 ちょっと努力すればもっと出来るようになる。


他の習い事を全て辞め、 塾と勉強に集中した。


だけど、 周りの『出来る奴ら』も、 それ以上に努力していた。


負けたくない。


自由時間と睡眠時間を減らし、 勉強時間を増やした。



受験の前日に風邪を引いた。 叔父の病院で点滴をうけて一晩寝込んだ。

受験当日は39度の高熱で、 座薬を入れて会場に向かった。

頭痛や吐き気と闘いながら朦朧(もうろう)とした意識で挑んだ受験には、 見事に失敗した。



あっけないものだった。

他の全てを(あきら)めて注ぎ込んできた情熱が、 一瞬にして砕け散った。



滑り止めのつもりで受けていた第2希望の滝山中学に入学した。

こちらも有名進学校だ。 決してレベルは悪くはない…… 家族はそう言ってくれたが、 明らかに周囲の見る目が変わった。



『神童』が『普通の子』に変わった瞬間だった。



中学に入学してすぐに、 『小桜尊人』の名で包みが届いた。 入学祝いの品は、 有名イタリアブランドのネクタイだった。


ーー こんなもの、 誰が着けるかよ。


クローゼットの奥に箱ごと放り投げた。



誕生日や特別な日になると、 毎回『父親』の名義でプレゼントが贈られてくる。

だが、 それを選んで送ってくるのはたぶん『父親の今の奥さん』だ。


配達伝票に書かれた文字は、 明らかに線の細い女性のもので、 それを大和に手渡す時の母親は、 大抵イラついた顔をしている。


だけど、 母親は元旦那に贈り物を辞めろとは言わないし、 平気なフリをしてそれを受け取り続ける。

大人の変なプライドだ。とばっちりを受けるのはこっちなのに。



ーー そんなモン、 いらねえよ!



だけど自分もそれを口には出さない。 母には言わない。 こっちも変なプライドだ。

クローゼットの中には、 今もいらないモンとくだらないプライドが、 沢山詰まっている……。




退屈な学校と退屈な毎日。

そんな日常に、 ある日突然、 光を見いだした。


葉山樹(はやまいつき)


舞台の上で、 彼は輝いていた。


「本物の神童だ…… 」

思わずそう呟いた。




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