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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章 恋人編
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5、 天国から地獄へ


「はい、 コーヒー」

「ありがとう」


奏多から缶入りの微糖コーヒーを受け取ると、 凛はそれを右頬に当てて、 ほっと息をついた。



「寒い? 」

「ん……ちょっと。 だけどコーヒーが暖かいから大丈夫」


「うちに来る? 」

「それは…… やめておく。 ルールを破りたくないし」

「…… だよな」



春とはいえ、 4月中旬はまだ肌寒い日も多く、 少し裏通りに入った公園の日陰のベンチは、 長居するには適していなかった。



ーー 家に連れて帰りたいな……。



飲み物を買ってくると自販機に向かったときには、 既に家に誘ってみようと決めていた。

本当は内心ドキドキしていたくせに、 まるでほんのついでみたいに、 冗談めかして家に誘った。


速攻で却下されてショックなくせに、 平気なフリしてあっさり引いた。


ここでグイグイ押せないヘタレな自分が情けないとは思うけれど、 彼女の気持ちを尊重したい気持ちも本当だ。



ーー 凛は平気なのかな……。



凛はRルールにこだわっているけれど、 2人が付き合い始めた時点で反故(ほご)にしてもいいんじゃないか…… と、 正直、 奏多は思っている。


ルールの9条と10条は削除されたものの、 金曜日にしか来てはダメだとか、 6時半には家に帰すとか、 邪魔くさい取り決めはまだ残っている。



本音を言えば、 凛と思いが通じた時点で、 奏多の脳内は最低限の生理的欲求…… 食欲や睡眠、 トイレ以外の99.9パーセントが凛で占められていると言っても過言(かごん)ではない。



見かけはマジメなメガネ男子であっても、 一応は健康な男子高校生である。 会いたい、 喋りたい、 抱きしめたい、 触れたい…… もっと一緒にいたい。


そう思うのは仕方ないし、 自然なことだけど、 昨日から自分ばかりが浮かれて暴走している気がして、 自重(じちょう)すべきなのかと心の中で葛藤(かっとう)している奏多なのである。



ーー だけど、 そうやってグズグズしてると、 また樹先輩や昨日の大和みたいのが寄ってきちゃうんだよな、 うちの彼女は。



隣でまだ缶コーヒーを頬に当てて(だん)を取っている、 出来立てホヤホヤの可愛い恋人を見つめる。


缶の熱のせいか、 頬がほんのり赤みがかっていつもよりあどけなく見える。 まだうっすら残る左頬のアザの痛々しさも(あい)まって、 無性(むしょう)庇護欲(ひごよく)を掻き立てられる。



ーー くっそ! めちゃくちゃ可愛いな!



そんな気持ちを誤魔化(ごまか)すように、 彼女の手から缶を奪ってプルタブを引き起こして渡す。



「暖かいうちにそれ飲んであたたまりなよ。 それから…… あの子、 大和のこと、 聞いてもいい? 」



両手で持った微糖コーヒーを一口コクリと飲んでから、 凛がゆっくり頷いた。



***



昨日(さくじつ)、 奏多に見送られてマンションに帰った凛は、 居間で電話が鳴っているのに気付き、 慌てて受話器を取った。



「はい、 小桜です」

「…………。 」


「もしもし? 」

「小桜…… 凛さん? 」


「はい」

「…………。 」



受話器の向こうから聞こえてきたのは若い男性の声だった。

聞き覚えがないうえに沈黙が多い。


こういうことは過去にも何度かあった。 凛が出たときにこういう反応をするのは、 大抵が交際の申し込みか興味本位、 または怪しいイタズラ電話と決まっている。


またかと思って受話器を下ろそうとした時、 再び相手の声がした。



「俺…… 僕は、 原田大和(はらだやまと)です。 会って話せませんか」



最初はその名を聞いてもピンと来なかった。

だがその直後、 凛の記憶に引っ掛かるものがあった。



『原田大和』……。

義父(ちち)の…… 尊人(たけと)の息子の名前だ。



***



「…… それで、 のこのこ会いに行っちゃったんだ」

「のこのこって…… なんか(とげ)がある言い方」



責めるような奏多の物言(ものい)いに凛が軽く口を尖らせてムッとしているが、 奏多としても、 これくらいは言わせて欲しい。


何があったかは知らないが、 結果的に『ファミレスの前で手を掴んで引き止める』なんて、 まるでドラマの撮影かと思うようなシーンを見せられたのだから。



ついでに言うと、 あの時周りの人からは、 絶対に凛と大和が恋人同士に見えていたと思う。

さしずめ奏多は喧嘩の仲裁(ちゅうさい)に入った友人Aか、横恋慕(よこれんぼ)してる当て馬キャラだ。


思い出しただけで苦々しい。



「どうやって凛の家の電話番号を知ったの? 」

「母からの贈り物の配達伝票。 誕生日とか、 入学祝い…… とか」


「ストーカーかよ。 それで、 彼の用事は何だったの? 樹先輩を知ってたよね。 先輩(がら)みなの? 」


「それが…… 知り合いになりたいから紹介してくれって、 会わせて欲しいって。 私のことを先輩の彼女だと思ってたみたい」



ーー やっぱりそうだ。



これであの時大和が言っていた言葉と繋がった。

『ハア? 何言ってんの? あんたの彼氏は樹先輩だろ? 』


ついでに、 『樹先輩の方がお似合いじゃん』という捨てゼリフまで思い出して、 またしても苦いものが込み上げてくる。



「もう放っておきなよ。 なんかタチ悪そうだし、 樹先輩の彼女じゃないって分かればもう諦めるだろうし」


「…… 違うの。 樹先輩のことだけじゃなくて…… うちの母のことも関わってるの。 それがあったから私も会いに行ったの。 それに彼…… 志望してた中学の受験に失敗してる。 今は滝中の2年生。 私たちの後輩なの」



「だから私、 もう一度ちゃんと話を聞いてみようと思って…… 」



ーーはあ? どういうことですか?



どうやら、 家に誘うとか浮かれたことを考えていた自分に(ばち)があたったみたいです。



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