4、 2人の距離の縮め方
『樹先輩の方がお似合いじゃん』
そんなことは自分が誰よりも分かっている。
滝高の王子とマドンナ。
生徒会の会長と会計。
それに加え、 カフェテリアで堂々と公開告白したとなれば、 その後のロマンチックな展開を誰もが期待するだろう。
だけど凛は自分を選んでくれた。
たとえこの関係が秘密であろうとも、たった今「カレカノ」だと言って見せてくれたあの笑顔を……。
2人の気持ちを信じて大切に育てていきたい。
だから……。
「ねえ、 凛」
「んっ? 」
奏多は凛を抱きしめたまま、 ずっと胸にわだかまっていたその質問を口にした。
「樹先輩と…… キスしたの? 」
ビクンと肩が跳ねて、 凛が奏多から体を離した。 大きく見開いた瞳が不安げに揺れている。
「えっ? なんで…… 」
「樹先輩から聞いた」
「どうして…… 」
「凛が休んだ日に生徒会室で話して…… それで…… 」
明らかに動揺した顔に、 「やはり…… 」と少なからずショックを受けている自分がいた。
聞けばこうなることは分かっていたのに、 どうしても聞かずにいられなかった。
だけど…… やっぱり聞きたくなかった。 聞かなければよかった……。
「ごめんなさい…… 突然だったの…… 」
「うん」
「保健室で…… 風が吹いてきて、 カーテンが舞い上がって…… 」
「うん」
「髪を押さえて、 顔を上げたら…… 」
「…………うん」
凛は言葉を切って辛そうな顔で俯いたが、 黙って奏多の両手を握ると、 意を決したように顔を上げて、 続く言葉を口にした。
「本当にごめんなさい…… 私、 おでこにキスされた」
「えっ?! 」
ーーおでこ!
「おでこっ?!」
「うん…… 急だったから避けられなくて……ごめん」
奏多は凛に握られていた手をポンポン……と柔らかく叩くと上から握り返し、 そのまま彼女の肩にコテンと額を乗せた。
「はあ〜〜っ…… 良かった…… 」
「えっ、 いいの? 」
「良くないよ…… 。 全然良くないけど…… ああ、 良かった〜 」
大きく安堵の溜息をついた。
奏多は凛の肩から顔を上げると、 意味が分からないとでも言いたげに困惑の表情を浮かべている彼女を正面からジッと見つめた。
「口に…… 」
「えっ? 」
「口にキスされたのかと思った」
「口に? …… えっ…… あっ」
凛が話し終わるのを待たず、 奏多が凛の唇に唇を重ねて塞いだ。
握った両手に力を込めると、 凛がそれに応えるように指を伸ばし、 絡ませあった指を恋人繋ぎに変えた。
想いを伝え合うかのようにギュッと握りしめる。
今までで一番長いキスのあと、 そっと唇を離すと、 奏多が眼鏡の奥の瞳を柔らかく細めて凛を見つめた。
クスッと笑いながら、 凛の額にコツンとおでこをくっつける。
「やられた…… 樹先輩に」
「えっ? 」
「キスしたって言われたけど、 おでことは教えてくれなかった」
「ウソっ! 」
「本当だよ。 あの人、 王子様の顔して、 やることは悪魔だな」
「ふふっ」
「でも、 本当に良かったよ…… もう樹先輩と付き合ってるって思ってたし…… 」
おでこを離し、 ふ〜っと深く息を吐きながら、 ベンチの背もたれにグイッと体を預ける。
右手を離し、 左手だけはギュッと繋いだまま、 誰も乗っていないブランコをぼんやり眺めた。
「奏多は…… ずっとそれを心配してたの? 」
「…… うん。 不安だったし、 聞くのが怖かった。 告白も駄目元と言うか…… 」
「ウソっ! 駄目元だったの?! 」
「えっ?!」
凛がガバッとこちらを見たので、 勢いに気圧されて言葉に詰まる。
「いやっ、 だって、 凛は俺を置いて保健室に行っちゃうし、 樹先輩はキスしたとか奪うつもりで来いとか言うし、 もうそんなの絶対そうだと思うだろっ! 」
「それはそうだけど、 でもっ! 」
そこまで言ったところで凛はハッとした顔をして、 一呼吸置くと、 自分もベンチにもたれてブランコの方を見た。
「そうだよね…… 勘違いされても仕方ないよね。 だけどやっぱり、 疑うよりは直接聞いて欲しかったな」
「うん…… ごめん」
「ううん、 私も同じだから……。 1人で悩んで離れたりして……」
「うん。 ちゃんと話をすれば解決できたことなのに、 お互い勝手にグルグルしてややこしくしちゃってたな」
毎週会って一緒に本を読んで、 話す時間はいくらでもあったのに、 肝心なことを何も聞けず、 何も伝えられないまま誤解してすれ違っていた。
「でももう、 間違えないように頑張るよ」
「うん…… あっ! 」
「えっ? 」
「さっきは聞かなかったね」
「何を? 」
「あの…… キスするとき…… 」
最後の方は小声になりながら、 頬を赤く染めて恥ずかしそうに言われ、 奏多も「ああ……」と顔を赤くした。
「俺…… またやっちゃったよ。 今度は順序を間違えないとか言ったのにね。 なんか余裕なさ過ぎだ、 ごめん」
「違うの、 謝らなくていいの」
「えっ? 」
ブンブンと首を横に振られた。
「もうね、 聞かなくていいし、 謝らなくてもいいの」
凛は改めて膝を奏多の方に向けると、 繋いだ右手に自身の左手を重ねて、 ゆっくりと言った。
「奏多の気持ちはちゃんと伝わってるから…… 大切にしてくれてるって分かってるから、 もう聞かなくていいの。 奏多がすることなら、 順序なんて関係ないし、 間違いなんかじゃないの」
「凛…… 」
「私は、 たくさん話して触れ合って、 奏多と距離が縮まるのが嬉しいの。 だから、 言わなくても大丈夫」
言葉にしないと伝わらないことが多いけれど、 言葉にしなくても伝わる想いもあるから……。
だから、 自分の出来る形で精一杯の想いを届けよう。
「凛…… 好きだ…… 」
「うん、 私も…… 」
奏多が何も言わずに顔を近づけると、 凛が黙って目を閉じた。
そっと口づけて、 見つめあった。
「本当だ、 伝わった」
また君との距離が、 縮まった。