3、 天使の暴言
「お前っ、 何やってんだよ! 」
奏多は腕の引っ張り合いをしている2人に横から割り込むと、 凛の手首を掴んでいる男子の手を力任せに引き離した。
「お前なんだよ、 関係ないだろ」
「お前こそなんだよ! 」
2人で睨み合っていると、 凛が後ろから奏多の袖を引っ張り振り向かせた。
「凛、 大丈夫? 」
「大丈夫。 それより、 違うの」
「違う? 何が」
「彼は、 違うの。 その…… 」
チラッと男子の方を見てから奏多に視線を戻し、 気まずそうな顔でポツリと言った。
「彼は…… 原田大和くん。 お義父さんの息子さん」
「……えっ? 」
義理の父親の息子…… ということは、 凛のお義父さんが別れた元奥さんの……。
目の前にいる大和は、 ブグローの絵画から飛び出してきた天使かと思うほど綺麗な顔をした美少年だった。
パッチリした大きい目と赤くて薄い唇が、 色白な肌に映えている。
髪を伸ばしたら女の子と言っても通用しそうだ。
この顔がスラッとしたモデル体型の上に乗っかっているのだから、 そりゃあ注目されても仕方ない。
……いや、 今は違う意味で道行く人々から注目を浴びているのだが……。
思わず相手の顔を凝視していると、
「人の顔をジッと見てんじゃねえよ、 メガネ! 」
ーー 天使が暴言を吐いた!
顔に似合わぬ乱暴な物言いに奏多が唖然としていると、 それをスルーして、 天使は奏多の後ろにいる凛に話しかける。
「コイツなんなんだよ、 邪魔なんだけど」
「この人は…… 私の彼氏だから、 暴言を吐かないで」
「ハア? 何言ってんの? あんたの彼氏は樹先輩だろ? 」
「だからさっきから違うって言ってるでしょ」
「それじゃ、 本当に…… 」
大和は口をあんぐり開けて数秒固まると、 奏多の顔をまじまじと見て、 見下すように吐き捨てた。
「樹先輩の方がお似合いじゃん」
パシッ!
直後に大和の顔を、 凛の見舞った平手が激しく打った。
「痛って…… 何すんだよ! 」
「彼に謝って。 失礼だわ。 この人はあなたより年上で、 先輩なのよ」
大和は左の頬を押さえながらジッと奏多を見たが、 フッと目を逸らして唇を噛み、 黙り込んだ。
右手の握りこぶしを微かに震わせながら凛をキッと睨みつけると、
「もういいよ。 あんたが樹先輩の彼女じゃないならもう用は無い。 使えない女だな」
そう言って背を向け歩き出した。
「おい、 ちょっと待てよ! 」
「ウザいんだよっ、 このクソ眼鏡! 」
奏多が掴んだ手を乱暴に振り払い、 振り向きもせずに走り去っていった。
強烈な捨て台詞だけを残して。
***
大通りから一本裏道に入ると閑静な住宅街で、 その中にポツンとある小さくて古びた公園は、 肌寒いせいか人っ子一人いなかった。
その公園の色あせたベンチに腰掛けて、 2人は今日初めての、 ちゃんとした会話を交わした。
「ごめんなさい。 嫌な思いをさせて…… 」
「いや、 凛が謝ることじゃないし」
「あいつ……大和? しょっちゅう会ってるの? 」
「ううん、 今日が初めて」
「あそこで何してたの? 」
「大和くんは昨日…… っていうか、 奏多はどうしてあそこにいたの? 」
ギクッ!
勢いに任せて店から飛び出してきたが、 本来はそっと隠れて様子を見ているはずだったのだ……。
「あそこには…… その…… 」
不審げに見上げている凛の目を見て覚悟を決めた。 両膝に手をついて、 その場で深く、 ガバッと頭を下げた。
「ごめん。 2人がファミレスに入っていくところを偶然見かけて、 心配になって追いかけた」
「心配って…… 」
フフッという笑い声で顔を上げると、 凛が目を細めて笑っている。
何が可笑しいのかと眉を寄せると、 笑顔をグイッと近付けて、
「それってヤキモチということでしょうか? 」
イタズラっ子のような目で、 奏多の瞳を覗き込んできた。 胸がドクンと鳴る。
「ふふっ、 こういうやり取りって、 なんか本当にカレカノって感じだね」
「カレカノっ?! 」
「あのね、 大和くんは、 昨日ね…… 」
「凛…… 」
「えっ? 」
「話の前に…… 少しだけカレカノっぽくしたいんだけど…… 」
「カレカノっぽく? 」
不思議そうな顔をしている凛を見つめて、 奏多がボソリと呟いた。
「うん…… 抱きしめてもいいですか? 」
凛は一瞬だけ目を大きく開いて驚いたような表情をしたが、 すぐにまた穏やかな笑顔に戻ってコクリと頷いた。
「それでは…… 」
奏多が背中に手を回してそっと抱き寄せると、 またもや凛が、 ふふっと笑う。
「こういうのって、 いちいち聞くものかな? 」
「ん…… ちゃんとしようと思って。 もう順番を間違えないって決めたから…… 」
そのまま奏多は目を閉じて、 安心したようにハアーッと大きく息を吐いた。
「妬いた…… 」
「えっ? 」
「ヤキモチ…… 妬いた」
「大和くんに? 」
「うん…… 」
ーーそして、 樹先輩にも……。
大和に言われた言葉が脳裏に蘇る。
『樹先輩の方がお似合いじゃん』
奏多は凛の背中に回した手に力を込めて、 更に強く抱きしめた。




