1、 恋人の順序
第3章 恋人編スタートです。
不器用で焦れったい2人の恋を暖かく見守ってあげてください。
「え〜っ、 それでは只今よりRルール改定式を執り行います! 」
チャーン、 チャーチャ、 チャーンチャーン、 チャラララ、チャンチャン、チャーン♪
表彰式でおなじみのヘンデルの曲を口ずさみながら、 叶恵が『Rルール』の9条と10条に赤ペンで横線を引いて消していく。
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9、 奏多の部屋は出入り禁止。
10、 どちらかに好きな人が出来た時点でこの関係は解消する。
P.S. ただし、 2人が恋人になった場合は上記の9と10は項目から削除する
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凛が百田家に通うにあたって決めたRルール。
その9条と10条が、 今この瞬間に削除された。
「おめでとう! パチパチパチ〜! 」
笑顔で物凄い速さの拍手をする叶恵につられて、 奏多と凛も遅れてパチパチと手を叩いた。
「あっ…… ありがとう」
「ありがとうございます」
2人してピョコンと頭を下げると、 叶恵はもう一度満面の笑みを浮かべてウンウンと頷いた。
奏多と凛がお互いの気持ちを伝えあったのがほんの数分前。
背中合わせのまま無言でモジモジしていたら、 ドンドンッと異様に大きな音をさせて叶恵が階段を下りてきた。
そのままドシドシと、 これまた大きな足音を響かせて廊下を歩いてくると、 引き戸の向こう側で「コホン」と一つ咳払いし、 「失礼いたしま〜す」と変な裏声で言いながら、 そろりと戸を開けた。
「あっ、 良かった。 ちゃんと服着てる。 イチャついてたらどうしようかと思った。 あの大袈裟な足音、 気が利いてるでしょ? 」
黒い座卓の向こう側でキチンと正座している2人を見て、 叶恵は胸に手をあて大げさに深呼吸してみせる。
「イチャついてないからっ! 」
「イチャつきません! 」
同時にそう言って、 2人は顔を見合わせ吹き出した。
「その雰囲気…… もしかして、 もしかする? 」
「うん……。 もしかして…… 好きって言った」
「そして凛ちゃんも? 」
「はい…… 好きって言いました」
頬を赤らめてボソボソと告げた2人を満足げに見ると、 叶恵は手にしていたノートを座卓に広げ、 赤いペンを手にした。
「おめでとう。 『Rルール』改定だね」
そして冒頭の調子外れな叶恵の独唱に繋がるわけである。
***
「それでさ、 これから学校でどうするの? 」
観音駅に向かって3人で歩きながら、 叶恵が唐突に質問を投げかけた。
奏多としてはもう少し凛と過ごしたかったのだけど、 流石に9時を過ぎる前に帰った方がいいと叶恵に号令をかけられ、 重い腰を上げた。
今は凛をマンションまで送っていく道中である。
「どうするって? 」
「2人が付き合ってるって公表するのか隠すのか」
そう言われて奏多はようやく、 『そうか、 自分は凛と付き合ってるんだ』と思い至った。
ーー んっ? いや、 待てよ。
そう言えば俺って、 好きだとは言ったけど、 付き合ってとは言ってないよな?
俺たちって一応もう付き合うってことになってるの? 凛的にはどう思ってるんだろう?
そう考え始めたら不安になってきた。
これはちゃんと凛に確認せねば…… と隣の凛を見ると、 凛は奏多と違って特に疑問を持たなかったのか、
「しばらくは秘密にしたいと思います」
と叶恵に向かって即答していた。
ーー そうか、 秘密か…… まあ、 そうだよな。
凛の答えにガッカリしている自分がいた。
仕方がないのは分かっている。
今はまだ樹先輩とのことで騒がれている真っ最中である。
一部の生徒は凛がもう樹先輩と付き合っていると信じているし、 ここで今度は奏多まで参戦したとなると、 騒動にさらに拍車がかかり、 どんな噂が広まるか分かったものではない。
下手をすると凛が二股をかけたとか悪女とか言われかねない。
そして樹先輩の気持ちを考えると、 こちらが一方的に交際宣言をするわけにはいかない……と思う。
ーー そういえば、 保健室で樹先輩が凛にキスしたっていうのは……。
今すぐ凛にその辺りを聞いてみたいが、 話題が話題だけに叶恵の前では口にしにくい。
聞いてみたいが聞くのが怖い気もする……。
「うん。 俺もしばらくは内緒の方がいいと思う。 それに…… 樹先輩にもちゃんと話したい」
ジリジリした思いを隠してどうにかそれだけ言うと、 奏多はそれきり黙り込んだ。
恋というのは難しい。
シアワセと不安が隣り合わせで、 浮いたと思ったらすぐ沈む……。
奏多の表情を読んだのか、 叶恵も「そっか…… 」とポツリと言ったきり黙りこくったので、 3人ともなんとなく押し黙り、 そのまま足音だけを響かせて夜道を歩いた。
電車では叶恵と凛が座り、 奏多はドア近くの手すりにもたれて立っていた。
凛の家の最寄り駅に着くと、 叶恵は改札口の手前で突然立ち止まって、 2人に手を振った。
「えっ、 何してんの? 」
「私はこのまま反対側のホームから家に帰るわ。 2人でゆっくり話しなさいよ。 凛ちゃん、 またね! 」
そのまま背中を向けてホームへの階段に向かって歩いて行った。
その場に残された奏多と凛は、 途方にくれた顔でお互いを見たが、 奏多が目を細めて笑顔を作ると、 ようやく凛もニコッと照れた微笑みを返した。
「行こうか」
奏多は先に立って歩き出したが、 すぐにハッと気付いて立ち止まると、 後ろにいる凛に向かって左手を差し出した。
「手…… 繋いでもいいかな」
「…… はい」
凛がそっと差し出した右手を奏多がギュッと握りしめた。
そのまま凛の住むマンションへとゆっくり歩き出す。
「なんか変だよな」
「何? 」
「今まで何度も手を繋いでるのに、 今が一番緊張してる」
「うん…… 私も」
「俺たちって…… 本当に付き合ってるんだよな」
「えっ? 」
不安げな凛の表情を見て、 『あっ! 』と思った。
奏多はグイッと凛の手を引いて早足で人気のない路地裏に入ると、 凛に向かい合ってクシャッと自分の髪を掴んだ。
「ごめん…… 言い方を間違えた。 というか、 ちゃんと言ってなかった」
背筋を伸ばして姿勢を正すと、 真っ直ぐに凛を見つめて呼吸を整える。
「小桜凛さん、 僕は君が好きです。 僕と付き合ってください」
震える声でそれだけ言うと、 頭を下げて右手を差し出す。
「…… 喜んで。 よろしくお願いします」
差し出された右手をそっと掴んで、 凛もぺこりと頭を下げた。
そのまま見つめ合って、 微笑みを交わし合う。
「なんか順序が変だね」
フフッと凛が笑う。
そう言われれば、 何から何まで順序が変だ。
思い返せば、 付き合う前から手を握ったり何度も抱きしめていた。
そのうえキスをしてから好きだと言って、 そして最後がようやく交際の申し込みだ。
「確かに…… なんかごめん」
「ん…… いいよ、 嬉しかったから」
そう小声で言って先に歩き出した凛が無性に愛しくて、 嬉しくて……。
奏多は後ろからギュッと凛に抱きつくと、 その髪に顔を寄せて大きく息を吸った。
「凛…… 俺はこんな感じで要領が悪くて情けないヤツだけど…… もう間違えないから」
「……うん」
「俺の彼女になってくれてありがとう」
「うん」
名残惜しい気持ちを振り切ってそっと腕を離すと、 奏多は凛に左手を差し出した。
「とりあえず、 もう一度最初からちゃんと始めさせて。 まずは恋人繋ぎから……というのはどうでしょうか? 」
「……はい」
ーー 今はただ、 目の前にいる彼女の言葉と笑顔を信じて大切にしていこう……。
彼女の白くて細い指にそっと指を絡ませて、 マンションまでの短い距離を、 ゆっくり、 ゆっくり歩いた。
2人が恋人になって初めての散歩だった。




