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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第2章 高校編
50/188

30、 君が好きだ (前編)


「ご馳走さまでした」

「どういたしまして」


奏多と凛が隣り合わせで座り、 向かい側に叶恵。

目の前にはお気に入りのマグカップ。



もう見慣れた風景だけど、 今日はいつもの金曜日とは違っていた。


ダイニングテーブルには食事が終わった皿やカトラリーが置かれ、 グラスには炭酸水。

マグカップには紅茶ではなく緑茶が入っている。



「叶恵さん、 料理がお上手なんですね」

「嬉しい! もっと褒めて、ほめて! 」



今日の夕食は叶恵自慢のオムライスにシーザーサラダとオニオンスープ。

家で1人で夕食を食べると言った凛を、 叶恵が一緒にと誘った。


軽食喫茶『ふわり』でたまに注文する昔ながらの味も好きだけど、 奏多は叶恵お手製のとろふわオムライスの方が好みだ。

ナイフを入れた時にトロリと(こぼ)れる半熟卵とケチャップ味のチキンライスの組み合わせが絶妙だと思う。



失恋確定で落ち込んでいる奏多を励ますために、 今夜は好物のオムライスだと叶恵が言ったのがつい1時間半ほど前。


…… なのに、 当の失恋相手がオムライスの中味のチキンライスを炒め、 自分の隣で食事をしているなんて……。



叶恵と凛の微笑ましいやりとりを横目に見ながら、 奏多は嬉しい気持ちと複雑な気持ち、 両方を胸に、 落ち着かない心境で黙って座っていた。



「奏多」

「はっ、 はい! 」


ろくに話も聞かず適当に相槌(あいづち)を打っていたら、 叶恵に呼ばれてドキリとした。



「私は2階でレポートをまとめなきゃいけないから、 凛ちゃんと2人で後片付けしといて。

あとは漫画パレスでもどこでも自由にしてていいから」


再びドキッとする。

これは明らかに気を利かせている。

玉砕(ぎょくさい)覚悟でスタートラインに立つと決めた奏多への、 姉からのエールだ。


正直いうと、 まだ怖い。 自分は果たして本当に、 このエールに報いることが出来るのだろうか……。



奏多が食器を重ねてシンクに運ぶと、 凛も残りの食器を持ってついてきた。


「いいよ、 僕が洗うから。 先に漫画でも読んでたら? 」

「ううん、 私も一緒に洗う」

「…… 分かった」



奏多が洗剤で洗い、 凛がすすいで水切りマットに伏せていく。 終始(しゅうし)無言で、 蛇口から流れる水の音と、 カチャカチャという食器の音だけがキッチンに響いた。



2人一緒に食器を拭き始めたところで、 凛がおもむろに話しかけてきた。



「…… ごめんなさい」

「えっ? ごめんって…… 何が? 」


「会計を引き受けないって言ってたのに…… 嘘をついた」

「嘘だなんて、 そんな…… あれは仕方がなかったって分かってるから」



「もう逃げ込まないって言ってたのに、 結局また生徒会室に逃げ込んだ」


「そうしなきゃいけないようにしたのは俺だよ。 陸斗にも言われてたのに、 周りの気持ちに無頓着(むとんちゃく)で、 傷つけてることに気付いてなかった。 凛はそのとばっちりを受けただけだ。 謝ることなんてない」



「わざわざ生徒会室まで会いに来てくれたのに、 その百田くんを置いて樹先輩と保健室に行ってしまった…… 」



『樹先輩』という名前を聞いて胸がズキンと痛む。


「それは…… 怪我をしたから仕方なくて…… 」


自分の表情が一気に沈んでいくのが分かった。



「でも…… まだ怒ってるよね? 」

「えっ? 」


「今日はずっと不機嫌だし、 あまり喋らないし…… 」

「それはっ! 」


「私が勝手なことばかりしてたくせに今日来ちゃったから、 怒ってるんだろうな…… もう嫌われちゃったな…… って。 それは仕方ないって分かってるんだけど、 でも…… 」



「駄目だと思ってたけど、 それでもいつもの時間になったらここに来ちゃって、 でも怖くて中には入れなくて…… もう勝手に入っちゃいけないって…… そう思って…… 」



凛の目からみるみるうちに涙が(あふ)れ、 こぼれ落ちた。


両手で顔を覆って(うつむ)き、 子供のように泣きじゃくる。



彼女がこんな風に激しく泣くのを見たのはいつ以来だろう。 そう、 あれは凛が初めて家に来た日、 家族の話をしてから俺の背中で大声で泣いて……。


俺はあの時に、 彼女をどうにかしてあげたいって、 守ってあげたいって思って……。




彼女はもう他の人のもの。

だけど、 (あふ)れて(こぼ)れて流れ出した想いは、もう自分でも止められないから……。



その瞬間、 奏多の中にあった恐れもわだかまりも一瞬で(はじ)けて消え失せて、 あとは目の前で肩を震わせている凛への想いだけが残った。




ーー 好きだ。




胸の中が、 熱くて優しくて切ない気持ちで満たされていく。 ギュッと締め付けられた心臓が、 痛くて苦しくて、 でも嬉しくて……。



「凛…… 」



奏多は顔を覆っている凛の両手をグイッと開くと、 精一杯の笑顔でその目を覗き込んだ。



「凛…… 馬鹿だな。 そんなことを心配してたの? 」



泣き顔を見られまいと顔を背けて手を振りほどこうとするが、 奏多はしっかりとその両手首を掴んだまま、 彼女の瞳を追いかける。


「俺に嫌われたって? ……そんなことを考えて、 ずっとあんな所で待ってたの? 」

「……。 」



潤んだ瞳のまま、 凛がコクリと頷いた。



「本当に馬鹿だな…… 俺が凛を嫌うなんて、 そんなの…… 」



奏多は凛の両手をゆっくり下におろすと、 その手首を掴んだまま、 もう一度彼女の顔をじっと見つめた。



凛の、 猫のようなアーモンド型の瞳に自分が映っているのが見えた。

でも、 彼女の唇にそっと口づけた途端、 自分の姿も周りの景色も何も見えなくなった。



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