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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第2章 高校編
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27、 君はライバルなんかじゃない (後編)


朝から曇天(どんてん)で怪しいと思っていた空模様が、 午後からはシトシトと降る小糠雨(こぬかあめ)に変わっていた。



樹はスローモーションのようなゆっくりした足取りで窓に向かい、 雨粒を点々と弾く緑のテニスコートをぼんやりと眺めた。



「ああ、 桜雨(さくらあめ)か…… 」


テニスコートの向こう側に見える遅咲きの桜が、 最後の花びらを散らして寒々しい枝を(さら)していた。



樹はそのままフラリと隣の書庫に入ると、 本棚に背を預け、 膝を抱えて座り込んだ。


ーー あ〜あ、 くっそ……。



『キスしたよ』

あんな事を言うつもりではなかった。


『キスしたよ、 俺から、 保健室で』

それを聞いた瞬間の、 怒りと驚きと悲しみが混ざった奏多のなんとも言えない表情が思い出される。



自己嫌悪、 後悔、 そしてほんの少しの優越感と嗜虐心(しぎゃくしん)

樹の心にもまた、 様々な感情がないまぜになっていた。



そもそも、 奏多に話しかけようなどとは思っていなかった。

むしろ顔も見たくなかったのに、 カフェテリアの片隅でラーメンをすすっている姿を見かけたら足が勝手に動き、 声を掛けてしまっていた。


自分でも何故そんなことをしようと思ったのか分からない。 でもたぶん、 生徒会室の前で聞いたあの会話がずっと頭の中に引っ掛かっていたんだろう。



少しでも凛のことを知りたい。

凛が大事にしたいとハッキリ言った『百田奏多』が本当にそれに(あたい)するのか見極めたい…… こっぴどくフラれた今でもそんなことを考えてる自分が滑稽(こっけい)だとは思うけれど、 どうにかして自分の気持ちに折り合いをつけたかったのだ。



悔しかった。



奏多が凛と親しくなったのは、 去年の2学期からだと言った。

樹が自動販売機の前で凛に出会ったのも、 同じ2学期の秋。



あいつと自分とはそもそも初期設定が違う。 クラスも学年も校舎も違う、 全く接点が無いところから始まって、 それでもここまでの勝負に持ち込んだんだ。 自分はよく頑張った、 負けても仕方がない……。


そんな風に言いわけして自分を慰めていたら、 実はスタートラインが同じだったと知って、 負けた理由づけが無くなった。


なんのことはない、 自分が接点だどうだと(さく)を練ってウダウダやってる間に、 凛と奏多は着実に距離を縮めていたというわけだ。


残ったのは激しい後悔と羞恥心。

その気持ちを理不尽に奏多にぶつけたのだった。



「あいつ…… 告るのかな」



これは最後の賭けだ。


奏多は樹と凛が付き合っていると誤解している。

そして樹はそれを否定しなかった。

いや、 嘘はついていない。 ただ否定しなかっただけ。 キスをしたのも本当のこと…… ほんの軽く額に触れただけだったけれど……。



これであいつがビビって動けないようなら、 所詮(しょせん)それだけのヤツだったんだ。

その時は今度こそ僕が……。



その時、 ドアをノックして誰かが生徒会室に足を踏み入れた。 コツコツと足音がして長机の辺りで一旦止まり、 それから書庫へと真っ直ぐ近づいてくる。


誰だと身構えると、 義孝がひょっこり顔を覗かせた。


「やっぱりここだった」

「役員以外は立ち入り禁止だ」

「まあまあ、 そこは会長様の権限で」



「…… 百田くんと消えてから戻ってこないから心配してたんだ。 もう授業始まってるよ。 先生には保健室にいるから様子見てくるって言ってある」


「ああ、 お前なら適当に誤魔化してくれると思ってた」

「信頼いただいて光栄です」



義孝は樹の横にしゃがみこむと、 白い天井を見上げながら静かな口調で語りかけた。


「大丈夫…… じゃないんだよな」

「全く大丈夫じゃねえよ。 失恋して凹んでるとこに、 後悔と自己嫌悪が加わった」


「なに、 百田くんをイジメちゃったってか? あの2人、 どうなってんの? 結局付き合うの? 」

「ンなの知らね〜よ! …… だけど、 たぶん…… 遅かれ早かれ付き合うんじゃないの? 」


「そうか…… まあ、 お前は頑張ったよ。 この7ヶ月近く、 凛ちゃんのそばに行くために全力を尽くして、いい勝負まで持ち込んだ。 流石だよ、 お前じゃなければここまで出来なかったよ。 僕が褒めるんだ、 間違いない」

「お前に褒められてもな…… 凛ちゃんに褒めて欲しかったよ」



贅沢言うなよ…… と言いながら立ち上がると、 義孝は樹の頭を上から押さえつけ、 そのまま髪をグシャグシャと撫で回した。



髪を乱す手を振りほどこうともせず、 顔を膝に埋めてされるがままになっている親友の肩が震えていた。


「樹…… 僕はここにいた方がいいかな? それとも1人にして欲しい? 」


震える頬と込み上げてくる感情に必死に耐えながら、 義孝はどうにか声を振り絞った。



「そうだな…… 今は、 1人になりたいかな」


膝の間からくぐもった声が聞こえてくる。



「そっか…… それじゃ先生にはまだ保健室って言っとくよ。 ケツが冷えるから、 早く椅子に座った方がいいぞ」


「義孝……」

「んっ? 」


「ありがとう。 お前がいてくれて助かった」

「……うん」


「それと…… お前の真子ちゃんは、 結構かわいいと思うぞ」

「いや、 めちゃくちゃ可愛いから」

「彼女にもありがとうって言っといて」

「……うん」



教室に戻る前に、 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を洗わなきゃな……。

そう思いながら、 義孝は生徒会室を後にした。




再びひっそりとした書庫の床で顔を上げると、 樹は書架に並ぶファイルを目で追い、 あの日凛に拾ってもらった1冊のところで目を止めた。



自分がもっと早く出会っていたら……。


自分がもっと上手くやれてたら、もしかしたら今頃……

いや、 違うか。


最初からあの2人は惹かれあっていて、 俺はただあの2人の周りでキャンキャン走り回っていた子犬みたいなもんだったんだ。



「あいつ、 バカだよな」


なにが『付き合ってるんですか? 』……だ。

俺はとっくに凛ちゃんから引導を渡されているのに……何がライバルだよ。



百田奏多、 僕はもう君のライバルなんかじゃないよ。

君にはもうライバルなんていないんだ。


だから勇気を出して、 まっすぐ彼女にぶつかって行け。



そして願わくば…… 玉砕(ぎょくさい)してしまえばいいなんて思ってるあたり、 俺はやっぱりまだまだ小っちゃい男なんだろうな。



「くそっ、 あんな大人しそうなメガネのどこがいいんだよ」


凛ちゃん、 君は趣味が悪いよ。


僕の方が絶対に優良物件に決まってる。

2年後は有名医大にトップ合格して首席で卒業だ。

そのあとに大学で研修して経験を積んだのち葉山医院の院長。


贅沢な暮らしも溢れんばかりの愛情も全部あげるのに。

絶対に幸福(しあわせ)にするのに……。



「……はっ、 アホらし! 教室に戻ろ」



樹は勢いよく立ち上がると、 もう一度書庫を振り返った。



白く舞い上がるカーテン、保健室の口づけ。

お姫様抱っこ、 軽くて柔らかい身体。

書庫で落としたファイル、 触れた指先の熱。

渡り廊下の自動販売機、 落とした十円、 振り返った笑顔。


逆光の中、 見上げた猫のような瞳、 スタートの合図とともに駆け出して、 軽やかにハードルを跳び越えた……。



もしも過去に戻ることが出来るとしても、 僕はやっぱりあの自動販売機の前で君と出会いたい。


結果は思うようにいかなかったけれど、 君と過ごした楽しい時間は今でも僕をシアワセにしてくれる。


今はまだ胸が苦しいし泣きたいくらいに辛いけど、


今はまだもう少し、 君を想う僕でいさせて欲しい。


僕の胸にいる女の子は…… 今でもやっぱり君がいい。




一部、『僕』と『俺』の表記を改めました。

文章の内容自体に変更はありません。

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