25、 君はライバルなんかじゃない (前編)
渡り廊下から校舎に入ってすぐに左折した時点で、 行き先は見当がついていた。
真っ直ぐ歩いて『 生徒会室 』という札のある部屋の前で止まったとき、 奏多はやっぱり…… と思った。
「ここは部外者は立ち入り禁止だったんじゃないんですか? 」
「いきなり突っかかるね。 生徒会長が今だけ特別に許可するんだ、 気にするな」
どうぞ…… と促されて、 奏多は昨日追い出されたばかりの生徒会室に再び足を踏み入れた。
生徒会室は、 昨日奏多が出て行った時そのままの状態で残されていた。 長机の横には、 昨日小桜が座っていたパイプ椅子が1つだけ開いたままで置かれている。
樹はその椅子に座ると、 壁際に重ねて置かれている畳んだままのパイプ椅子を指差して、 「適当に座って」 とぶっきらぼうに言った。
奏多は言われた場所から1つ椅子を取ってくると、 樹から反対側の、 一番手前の端っこに開いて置いた。
これで机の真ん中の位置で陣取っている樹からは若干の距離ができた。 さすがに真正面で対峙するのはハードルが高い。
「早速だけど百田くん、 君は凛ちゃんの何なの? 」
「俺と凛は…… 」
「気安く凛とか呼ぶなよ」
「だったら先輩も名前で呼ばないで下さい」
「お前、 おとなしそうな顔して頑固だな。 …… 分かったよ、 今だけお互い『小桜さん』で統一しよう。 だからお前も凛とか呼び捨てにするなよ」
「…… 分かりました」
「なんだこれ…… 不毛だな」
ふっとこぼれた笑みが馴染みのある王子様の笑顔で、 この表情に学校の女子たちが夢中になっているんだな、 そりゃあ惚れるよな…… と納得してしまう自分がいる。
「改めて聞くけど、 昨日のあれ、 何? 君はなんで『小桜さん』に付きまとってるの? ストーカー? 」
ーー ストーカーって?!
先輩が言ってる『あれ』が何を指しているのかは分かっている。 小桜を追って生徒会室に入り込んだこと、 そして窓から叫んだこと……。
「そんなんじゃありません。 俺はただ…… 」
「ただ何なの? ただ心配してるの? ただ付きまとってるの? ただ名前を呼びたかったの? …… 教えてよ。 君は一体…… 彼女の何なの? 」
畳み掛けられて咄嗟に言葉が出てこない。
そして何よりも、 最後の質問……。
『君は一体、 彼女の何なの? 』
その問いにどう答えるべきなのか……。
自分は一体、 凛の何なんだろう?
言おうと思えばいくらでも当て嵌まる言葉はある。
同級生、 クラスメイト、 友達、 ランチ仲間、 去年隣の席だった子……。
だけど、 目の前の樹が聞きたいのはそんな上辺だけの取り繕った答えじゃないことを、 奏多はよく分かっていた。
同じ『小桜凛に好意を寄せている男子』として、 樹は一対一で腹を割って話すことを望んだ。
ならば自分もそれに真正面から真摯に向き合い、 可能な限り正直に胸の内を打ち明けるべきだ…… と思った。
「俺は…… 小桜のことが好きなんです」
「それは知ってる。 見てれば分かる」
「中3で同じクラスになって…… 2学期で隣の席になってからは話す機会も増えて…… 友達になりました。 それから意識しだして、 気づいたら好きになってました。 まだ俺の片想いです。 だけど、 近いうちに告白しようと思っています」
そこまで話したところで伏せていた顔を上げて、 斜め右ちょっと遠くの席にいる樹の顔を伺うと、 なぜか樹は口を半分開けて、 驚いたようなショックを受けたような微妙な表情をしていた。
「中3の2学期? …… それって…… 」
「先輩? 」
「百田、 お前が小桜さんと知り合ったのって去年の秋なの? 」
「いや、 知り合ったのは同じクラスになった時で、 親しくなったのが2学期の…… 」
ダンッ!
奏多がまだ言い終わらないうちに、 樹が机を握りこぶしで強く叩いた。
奏多がビクッと肩をすくめ、 怯えた表情で見つめる。
「参ったな…… なんなんだよ、 くそっ! 」
「先輩……? 」
「いや、 分かった……。 それじゃ次の質問」
「次って…… 全部でいくつあるんですか? 」
奏多の問いには答えず、 樹は次の…… 一番聞きたかった問いを投げかけた。
「小桜さんは百田くんの家に何をしに行ってたの? 」
「…… えっ………… 」
予期せぬ質問に奏多は言葉を失い、 黙って瞬きをした。
押し黙った奏多を追い詰めるかのように、 樹は生徒会室で奏多が凛に向かって発したセリフを諳んじていく。
『もしかして小桜は、 もう俺の家に来ないつもり? 』
『小桜と出会えて良かったと思ってるし、 小桜と過ごす時間が大好きだ』
「…… たしか、 百田くんはそんなような事を言ってたよね」
奏多の動揺を見て思い通りの反応に満足したのか、 樹は唇の端を軽く上げて、 一旦言葉を切った。
机に右腕をついて前に身を乗り出し、 奏多の目をじっと見つめる。
それはまるで、 睫毛の先のほんの些細な変化でさえも見逃さないとでもいうような……
絶対に誤魔化しを許さないという、樹の決意の現れのようだった。