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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第2章 高校編
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24、 嫉妬 (後編)


「あ〜あ、 口の中がちょっと切れてるわね」


凛の口の中をペンライトで照らしながら、 保健医の川上先生が顔をしかめた。


「どうやったのよ、 コレ。 後で腫れてくるわよ」



困惑(こんわく)顔で樹を見上げてきた凛に、 『大丈夫』と目で合図をして、 樹はさっき保健室に来るまでに考えた言い訳をそのまま口にした。



「生徒会室の書架(しょか)で行事用の資料を探してたんです。 踏み台に乗ってた僕がバランスを崩して落ちそうになって、 それを助けようとした小桜さんに肘をぶつけちゃって…… 僕のせいです。 すいませんでした」


「まあ、 見た感じは打撲っぽいけれど、 念のため病院でちゃんと()てもらった方がいいわね。 小桜さん、 保護者の方は家にいる? 今回は不慮(ふりょ)の事故だし起こっちゃったことは仕方がないけれど、 葉山くんも小桜さんの家の方に挨拶(あいさつ)した方がいいわね」


「はい、 もちろんそのつもりです」





樹が『 学校行事の資料を調べる 』というもっともらしい口実を作って凛と昼休みに会うようになって数日。

今日も好きな子と一緒に過ごせるはずの昼休みが、 アイツのせいでぶち壊しになった。


樹は眼鏡の奥から睨みつけてきた奏多の顔を思い出してチッと小さく舌打ちした。



「それにしても、 驚いちゃったわ〜 」


氷嚢(ひょうのう)を凛に手渡しながら、 川上先生が夢見る乙女のようにうっとりした表情をする。



「そりゃあ葉山くんが滝高の王子なのは知ってたけどね、 まさか本当にプリンセスをお姫様抱っこして現れるなんてねえ〜。 もう、先生トキメいちゃったわよ。 美男美女で本当にお似合いのカップル! 」


「光栄です」


普段は見かけでキャーキャー騒がれることにうんざりしているが、 お似合いと言われれば満更(まんざら)でもない。


王子の笑顔で対応していると、 「いえ、 カップルじゃありません」と凛が答えているのを見てガッカリする。



「それじゃあ、 今から校長先生と担任の山本先生に事情を説明してから小桜さんのお宅に電話してくるわね。 教室から取ってくるのはカバンだけでいい? 」


凛を樹に任せて川上先生が出て行くと、 2人だけの保健室には微妙な空気が漂った。



「凛ちゃん…… ごめん。 痛い思いさせた」

「いえ、 飛び出していった私が悪かったんです」


「責任とってお嫁にもらうよ……なんてね」


半分本気の冗談に凛が心から困ったような顔をしたのを見て、 胸がズキンと痛んだ。

彼女は正直すぎる。 せめて冗談だと笑い飛ばしてくれればいいのに……。



白いベッドに腰掛けた凛が、 頬に当てた氷嚢を下ろして樹を見上げた。


「先輩、 私、 先輩にちゃんとお話しなくちゃと思って」



心臓がドクンと大きく跳ねた。

この先は聞いてはいけない気がする。 だけど足が動かなかった。



「それ…… たぶん僕にとって良い話じゃないよね」

「…… すいません」



先に謝られてしまっては、 もう笑い飛ばして冗談にすることも出来ないじゃないか……。

いっそ泣いてすがってみようか…… いや、 そんな事では彼女の気持ちは揺るがないだろう。


それに…… そんな真似をして困った顔をさせたくないと思うほどに、 彼女はもう僕にとって大切な存在になってしまったから……。



「前に僕は、 『もうちょっと頑張らせて』って言ったけど…… 。 僕はもう、 頑張ることも許されないのかな? 」


「私は先輩の『友達』という言葉を自分に都合よく使ってただけなんです。 友達だから近くにいても大丈夫、 友達だから一緒の部屋にいても大丈夫…… って。 でも、 そんなのズルいですよね。 だって先輩は、 ちゃんと私に好きって言ってくれてたんだから…… 」



「ズルくてもいいって僕が言っても? 」

曖昧(あいまい)な関係のまま中途半端に樹先輩を縛り付けておくことは出来ません」


凛が首をゆっくり横に振るのを見て、 最後の悪あがきも無駄だと悟った。



「あの子…… 百田くんは、 彼氏じゃないんだよね? 」

「違います」


「親友? 」

「いえ、 親友よりももっと…… 」


「もっと…… 」

「はい、 上手く言えないんですけど、 親友よりももっと近くて…… 大切な存在です。 だから大事にしたいんです」



ーー なんだよ、 それ。 親友よりも大切って、 そんなの、 もう……。



本当は樹だって気づいていた。

あの時、 生徒会室の前で彼女が百田奏多(ももたかなた)をかばった時に。



そう、 凛はあの時、 『樹を止めようとした』のではなく、 『奏多を守ろうと』していた。


無謀(むぼう)にも自分の体を奏多の前に割り込ませようと動き、 運悪く樹の肘を顔に受けた。


そこまでして必死に守ろうとする相手が……特別な人でないわけがない。




樹はフウッと肩で息を吐くと、 目を細めて(まぶ)しそうに凛を見つめた。



「分かった…… これからは『交際を前提の友達』だなんて言わないよ。 学校の先輩と可愛い後輩……かな。 会計は…… 続けてもらえるんだよね? 」

「はい」


「良かった。 これで『先輩と後輩』に、『会長と会計』って関係がプラスされた。 それだけでも会長になった甲斐があったよ」

「ふふっ…… 会長になった甲斐って…… 」


「本当だよ。 君に出会わなかったら、 会長にもなっていなかった」

「えっ? 」


「いいんだよ…… 君は知らなくて」


気まずそうにしている凛を、 もう一度じっと見つめる。



「あ〜あ、 羨ましいよ! 百田くんが! 」


茶化すように言って目を合わせると、 ようやく凛が笑顔を見せた。




窓から滑り込んできた春の風がカーテンをフワッと大きく揺らし、 次に目の前の、 大好きな女の子の髪を揺らした。


「きゃっ! 」


慌てて髪をおさえた目の前の彼女が(いと)しくて愛しくて…… カーテンの陰で、 そっと額にキスをした。



「ごめん…… これが最後だから」


最初で最後の彼女への口づけ。



驚いている彼女に赤く潤んだ瞳を覗かれたくなくて…… 背中を向けて、 右手でそっとまぶたを拭った。



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