20、 突撃と対立
今日はあんなに早起きしたのに、 全く眠くならないしアクビも出ない。
授業には全く集中できなかったけれど、 頭の中だけはヤケに冴えている。
理由は自分でも良く分かっている。 あと数分後、 昼休みになったら自分は生徒会室に突撃するのだ。 緊張しないわけがない。
「奏多、 お前、 生徒会室に乗り込め」
今朝、 そう陸斗が言いだした時、 奏多も一馬も自分の耳を疑った。
「陸斗、 冗談だろ」
奏多が言おうとした言葉を一足先に一馬が発したが、 陸斗は心外だという顔でこう言い切った。
「俺は至って真剣だよ」
2人きりでゆっくり話す時間なんて、 そこしか無いじゃないか……と言われれば確かにそうだが、
生徒会室に一般の生徒が勝手に出入りすることは禁じられているし、 第一、 樹先輩と鉢合わせなんかしたら自分が思いっきり邪魔者じゃないか……。
陸斗はそう言って尻込みしている奏多を仁王立ちで睨みつけ、 心底呆れたという口調で言い放った。
「奏多、 お前はいつになったら本気を出すんだよ。 お前の『でも』とか『だって』はもういい加減聞き飽きたんだよ。 樹先輩にビビってる時点で、 それもう負けてるだろ。 応援してる俺たちのためにも男を見せてみろ! 」
いつもは温厚な陸斗の珍しく強い口調に、 奏多は一瞬言葉を失った。
だけどこれは、 陸斗なりの精一杯のエールだ。
ウジウジ悩んで前に踏み出せない奏多の背中を押す、 親友からの励ましの言葉。
「陸斗、 分かった。俺は男を見せて来るよ」
「よし、頑張ってこい」
「奏多、 もしも樹先輩にぶちのめされても、 俺がお前の骨を拾ってやる」
「一馬、変なフラグ立てるなよ。 無事戻れるよう祈っててくれ」
「よし、 気合い入れて行ってこい! 」
一馬が天に拳を突き上げたのを合図に、 奏多と陸斗も拳を突き上げて頷きあった。
***
授業終了2分前。
窓際の席にいる小桜の後ろ姿をチラッと覗き見た。 相変わらず姿勢がいいな……と思う。
ついこの前までは隣の席にいたのに、 今はなんだか、 席だけではなく心まで距離が遠のいたように感じる。
授業終了1分前。
鼓動が速くなっているのが自分でもハッキリ分かる。 胸がギュッと締め付けられる。 それが空腹のせいなのか、 緊張のためなのかは自分でも良く分からなかった。
授業終了。 昼休みを告げるチャイムが鳴った。
小桜がお弁当を持って出て行くのを見届けてから奏多も立ち上がった。 心なしか足が震えている。
振り返ってドア近くの席にいる陸斗を見ると、 こちらを見ながら天に向かって拳を突き上げていた。 奏多もその場で拳を突き上げて、 それから小桜の後を追った。
ーー 俺は世紀末の覇者にはなれないけど、 天井を突き破って男になる。 …… 限界突破だ!
生徒会室のドアをノックすると、 すぐに小桜の声で返事があった。
一つ深呼吸してから震える指でドアを開ける。
驚いた顔で目を大きく見開いている小桜と目が合った。 その目をそらさずに、 奏多は後ろ手でガラリとドアを閉めた。
「百田くん…… どうして……」
「小桜、 座って」
驚いた拍子に立ち上がった小桜に、 椅子に座るよう促す。
「百田くん、 何しに来たの? ここは役員以外は立ち入り禁止だよ」
「小桜に会いに来たに決まってるだろ。 いいから座って」
「でも…… 」
「いいから座って! 」
語気を荒くした奏多に気圧され、 小桜は表情を硬くしたまま椅子に腰を下ろした。
奏多は思わず発した強い口調に自分でも驚きながら、 平静を取り戻すため、 もう一度大きく深呼吸した。
ーー 落ち着け…… 自分が動揺してるからって、 小桜を怖がらせてどうするんだ。
ドアの前に立ったまま、 言葉を選ぶようにゆっくり話しかけた。
「ごめん、 小桜…… こうでもしないと話せないと思ったんだ。 奈々美たちから全部聞いた。 俺が鈍感で無神経なせいでみんなに嫌な思いをさせた。 ごめん」
「倉橋さんと都子が? なんて? 」
「その…… 2人が俺を好きでいてくれて…… 小桜にそのことを話したって…… 」
「そう…… 」
「2人が小桜に悪いことをしたって、 後悔してるって言ってた。 だから…… 戻ってきて欲しい」
「どこに? 」
「教室に。 俺たちのところに」
途端に小桜は顔を歪ませ、 吐き捨てるように言った。
「もう無理だよ。 それでまた同じことを繰り返すの? 信じて裏切られて落ち込んで…… 今度こそはと思ったけど、 やっぱり駄目だった。 もうこりごりなの、 誰かに期待するのもガッカリするのも、 馬鹿らしい噂話も全部」
「駄目じゃないよ、 俺は裏切らない。 俺も姉貴も、 それに一馬や陸斗だっている。 それとも、 俺のことも信じられない? 」
小桜の瞳が揺れて、 険しい表情が微かに緩んだ。
何かを考えるように口元に手を当て黙り込んでいる。
「もしかして小桜は、 もう俺の家にも来ないつもり? 」
「…………。 」
「俺は小桜と出会えて良かったと思ってるし、 小桜と過ごす時間が大好きだ。 俺は、 樹先輩なんかよりももっと前から小桜の名前を呼びたいと思っていたし、 俺は…… 」
その時、 奏多のすぐ後ろで勢いよくドアが開き、 同時に奏多の右腕が強く掴まれた。
そのまま部屋の外へ引っ張り出され、 背中をダンッ! と壁に激しく押し付けられた。
「痛っ……! 」
「お前っ、 何やってるんだよ! 」
樹先輩が今にも殴りかかりそうな勢いで奏多の肩に掴みかかっていた。
そこには見慣れた王子の微笑みは微塵もなかった。