18、 鈍感な男
ポロポロと涙をこぼしている奈々美と、 その肩を抱き寄せて一緒に涙を流している都子……。
ひたすら泣き続けている女子2人を目の前に、 奏多はどうすることも出来ず、 ただ黙って座っていた。
店員さんが気まずそうな顔でミックスサンドをテーブルに置いて行った。
きっと奏多が原因の恋愛関係のもつれとでも思われているのだろう。
いや、 ある意味その通りなのだけど……。
先に届いていたクリームソーダは殆どクリームが溶けかけているけれど、 今はそれに口をつける気にはなれなかった。
ズズッと鼻をすすりながら都子と奈々美が体を離したところで、 奏多は自分のポケットに手を入れゴソゴソと探る。
「ちょっと待ってて」
慌ててトイレに向かうと、 右手にグルグルと白いトイレットペーパーを巻きつけて戻ってきた。
「ごめん、 ポケットティッシュ、 持ってなかった」
奈々美が一瞬驚いて、 それからプッと吹き出しながら、 目の前に差し出されたトイレットペーパーを受け取った。
「はんぶんこね」と言って、 それを都子にも分け与える。
「っていうか、 私もポケットティッシュくらい持ってるし」
奈々美が自分のポケットから、 水玉の布製ケースに入ったティッシュを取り出して見せる。
「私もだよ〜。 もう奏多、 ウケる〜! 」
都子も一緒になってクスクス笑いだした。
2人の笑いが止み、 トイレットペーパーで涙を拭ったタイミングで、 奏多は頭を下げた。
「ごめん、 俺が無神経だった」
頭を上げ、 2人の顔を交互に見る。
「俺は…… 小桜のことが好きなんだ。 だから、 月曜日に何があったのかを聞きたくて、 2人に来てもらったんだ。 ごめん、 ハッキリ言わなくて…… ズルかったよな」
「そうだよ! 好きだったら好き、 聞きたいことがあるのなら聞きたいってハッキリ言ってくれたら、 私たちだってちゃんとすぐに話したのに」
そうだよね…… と都子が横の奈々美に話を振る。
「そうだよ。 私たちね、 月曜日から2人でいろいろ話し合ったの。 それで後悔したし、 反省もして…… このままじゃいけないなって思ってた」
奈々美と都子は、 月曜日の女子トイレでのやり取りを、 奏多に順を追って話して聞かせた。
奏多は2人が話し終えるまで一言も口を挟まず、 一言も聞き逃さないよう、 黙って聞き続けた。
「私ね、 正直このまま放っておこうかとも思ったの。 だって、 私たちに何か言われて離れていくようだったら、 小桜さんにとって奏多はその程度の存在だってことでしょう? それに奏多だって…… 」
「俺だって? 」
「そう。 奏多だって、 目の前で樹先輩があれだけ積極的にアプローチしてきてるのに、 自分は平気ですってフリして逃げてるよね。 昼休みはともかく、 授業が始まれば小桜さんは必ず教室に戻ってくるんだよ? その気になれば、 いつだって捕まえられるじゃない」
小桜を避けていたのは奏多も同様だった。
話しかけて無視されるのが、 逃げられるのが怖くて、 樹とどうなっているのか知るのが恐ろしくて…… 逃げていた。
「奏多もそうだけど、 小桜さんも人の気持ちばかり考えて自分の本心を教えてくれないし、 澄ましてるし、 なんだか2人とも見てるとイライラしてくるのよ」
「本当だな、 俺ってすごい馬鹿だよな。 馬鹿でズルくて空気も読めなくて…… 最悪だ…… 」
「そうだよ、 大馬鹿だよ…… だけど…… 」
奈々美が奏多の目を真っ直ぐに見つめた。
「私、 奏多のこと、 中1の頃からずっと好きだった」
奏多も改めて姿勢を正し、 奈々美を正面から見つめて答えた。
「奈々美、 ありがとう。 ずっと気づかなくて…… ごめん」
奈々美がハ〜ッと息を吐き、 隣の都子にもたれかかった。
「……やっと言えた」
「うん、 奈々美は頑張った」
「じゃ、 次は私の番ね」
今度は都子が奏多に向き直る。
「奏多、 私もちょっとだけ、 奏多のことをイイなって思ってた」
「そっか…… ありがとう」
ーー 俺って本当に周りの気持ちに無頓着だったんだな。
中学からの長い間、 近くでずっと好意を持ってくれている女の子たちがいた。
陸斗でさえ気づいていた、 そのあからさまな感情に気づかずに、 俺だけ一方的に友達だと甘えていた。
今思えば、 どれだけ彼女たちを傷つけてきたんだろう……。
「本当にありがとう…… ごめんな」
改めて謝ってから顔を上げると、 2人ともニッコリ笑って頷いていた。
「うん、 だから、 凛と樹先輩がくっついちゃえばいいと思ってた」
「ええっ?! 」
都子の発言に思わずのけぞる。
「だけど、 奏多があまりにも落ち込んでるから…… そんな奏多は嫌だなって思った」
月曜日の昼以来、 奏多は誰の目から見ても明らかに挙動不審だったのだという。
昼にランチを食べていてもドアの方ばかりキョロキョロ見ている。
2、3度彼女に話しかけようとして避けられただけで、 あとは近寄っていかないし話しかけていかない。
常に目は小桜を追っているのに、 目が合いそうになると慌てて顔をそらす……。
「あんなにあからさまに落ち込まれたら、こっちはもう諦めるしかないって思うよね。 それに、 さすがに罪悪感じゃん? 奏多もかわいそうだけど、 凛にも悪かったな……って。 私たぶん、 勝手に嫉妬してたんだよね。 小桜さんが綺麗でモテて、 勉強もできて完璧だから、 羨ましいって」
「小桜は、 完璧なんかじゃないよ」
「うん。 今はなんとなく分かってきた気がする。 凛ってすごく不器用だよね。 奏多は私たちより前から、そういう所に気づいてあげてたんだね」
ーー 俺は、 気づいてあげられてたんだろうか。 まだまだ俺の知らない小桜がいて、 まだまだ見逃している部分が沢山あるような気がする。
それを、 もっと知っていきたい…… と思う。
「奈々美、 都子、 本当にありがとう。 俺、 今日この時間だけでめちゃくちゃ反省したわ。 なんかすごい学んだって気がする」
「学んでいただけたなら何よりです。 ねっ、 都子」
「うん。 えっ、 じゃあ、 ミックスサンド、 追加で頼んでいい? 先に来てたのパサパサに乾いちゃったから奏多だけで食べなよ」
「ええっ! 」
「そうだよね。 それじゃ、 クリームソーダも頼み直す? クリーム溶けちゃってるし」
「ええっ?! 予算っ! ……だけど……サンドイッチ追加だけで勘弁してください」
逃げてたって何も変わらない。
明日は木曜日。 金曜日までに…… 絶対に小桜と話す!