17、 ズルい男
どうしてこうなってしまったんだろう?
何が起こっているのかも、 どうすればいいのかも分からない。
ただ…… 自分が小桜に避けられているということだけは、 ハッキリしている。
あの月曜日以来、 小桜は奏多たちと一緒にランチを食べなくなった。
昼休みになるとお弁当を持って、 1人そそくさと教室を出て行ってしまう。
生徒会室で食べているとか、 樹先輩と2人で過ごしているとかいろいろな噂が飛び交っているが、 それが真実かどうか確かめようにも、 奏多は小桜と話す機会が作れないままだった。
「小桜と樹先輩ってどうなってんの? 」
「そんなの、 俺の方が知りたいよ」
一馬の問いに、 奏多が投げやりに答えた。
水曜日の昼休み、 中庭の隅のベンチで、 一馬と陸斗、 そして奏多の3人が集まっていた。
中庭はお昼休みの人気スポットの一つだが、 その中でも中心からやや離れた日陰にポツンとあるこのベンチは人が寄りつかず、 内緒話をするには格好の場所だった。
「何がどうなってるのか、 俺の方が知りたいよ」
なにせ、 月曜日以来ずっと、 奏多は小桜から避けられているのだ。 徹底的に。
あの日、 小桜は5限開始のチャイムが鳴り終わったタイミングで教室に戻ってきた。
そして授業が終わって10分休みに入ると次の授業の教科書を出して黙々と読み始め、 6限目が終わるとすぐに教室を出て行った。
奏多が何度か話しかけようとしたが、 目を合わせようとしないし、 そもそも2人きりになれる機会も隙も、与えてもくれない。
「なんだか、 昔の彼女に戻っちゃったよな」
一馬の呟きに、 他の2人も同意する。
今、 学校中の生徒が小桜と樹の進展具合に興味津々なのに、 誰もそれを本人達には聞けないでいる。
2年生には樹本人から『暖かく見守って欲しい』とのお達しがあったそうで、 余計なことを言って邪魔してはいけないという空気になっている。
そして小桜の方はというと、 ひたすら『話しかけるな』オーラ全開で、 先輩との仲がどうのと言う以前に、 近寄りがたくて会話が出来ない。
元々、 小桜は人と群れるのを避けていたし、 必要最低限な会話しかしていなかったから、 1人で行動しているのも珍しいことではない。
だから今の状態は、 ただ元に戻っただけとも言えるのだが……
一時期あれだけ打ち解けてくれていたことを思うと、 この豹変ぶりは腑に落ちない。
「樹先輩と付き合うことにしたのかも…… 」
「いや、 友達からって聞いてるし、 付き合うことになったら、 それこそ速攻で広まるだろ」
陸斗がそう言ってくれたものの、 奏多はやはり不安でならなかった。
なにせ、 メールにも返信をもらえないのだから。
「都子たちが怪しいんだよな」
「陸斗も気付いてた? 俺もそう思ってたんだよ。 だって、 月曜日の朝からだよな、 あの2人が小桜に話しかけなくなったの」
陸斗と一馬の言う通りだった。
月曜日の朝、 3人でトイレに行って戻って来てから、 明らかに空気が変わっていた。
「俺が手っ取り早く奈々美たちに聞いてやろうか? 何かあったのかって」
「そうだな…… いや、 待て一馬、 これは部外者が口を出すより、 奏多が行った方がいい気がする」
ーー えっ? 俺が当事者?!
***
放課後、 軽食喫茶 『ふらり』のテーブル席で、 奏多は少し緊張しながら奈々美と都子を待っていた。
玄関ドアのベルがカランと鳴って2人が入ってくると、 奏多は手を上げて呼び、 自分の向かい側に座るよう促した。
「今日は来てくれてありがとな。 どうぞ好きなの頼んでよ」
「えっ、 何でもいいの? 高くてもいい? 」
「都子と私で別々のパスタを頼んでシェアする? 」
「あの…… 予算の都合上、 飲み物のみでお願いします」
「「え〜〜っ! 」」
「あっ、 ごめん、 嘘。 サンドイッチを3人で分けるということで…… 」
「「ケチくさいなっ! 」」
いつもの軽いやりとりをしながら、 奏多は何からどう言おうか考えていた。
陸斗には『当事者』である奏多が1人で行くべきだと言われたのだが、 小桜のことを聞くのだから、 カモフラージュのために陸斗や一馬も一緒に来た方が良かったんじゃ? と思う。
陸斗には何かしら考えがあるのだろうが、 あいつが賢すぎて、 凡人の自分には理解不能だ。
「で、 何? 今日は何か用があったんでしょ? 」
「う……うん…… 」
「小桜さんのことだよね? 」
「!!!! 」
いきなり奈々美から図星を突かれた。
まだ考えが整理できていなかったけれど、 せっかく向こうから切り出してくれたのだ。
このタイミングで発進してしまうのが正解なんだろう。
「うん…… そう、 小桜なんだけどさ、 最近また1人でいるだろ? 何かあったのかな……と思って 」
「私たちがいじめてるとでも思った? 」
「えっ?! いや、 そう言うわけじゃなくて…… あの、 ほら、 気になるだろ? 」
「…… 奏多が気にしてるのは、 小桜さんだけ? 」
「えっ? 」
「私たちが大丈夫なのかとか、 どうしたのかな? とか、 そっちは全く気にならないの? 」
「いやっ、 もちろん奈々美も都子もどうしたのかなって、 俺は全部含めて…… 」
「嘘だよ! 」
今まで奈々美の隣で黙っていた都子の急な大声に、奏多は息を飲んだ。
「奏多、 凛のことが心配なんだよね? そのためにわざわざ私たちを呼び出したんだよね? だったら正直にそう言えばいいじゃん! 嘘つかないでよ! 」
激昂する都子をたしなめるように彼女の背中をポンポンと叩いて、 菜々美が彼女の言葉を引き継ぐ。
「あのね、 奏多。 奏多ってみんなに優しいでしょ? 」
「いや 、 俺は別に…… 」
「優しいんだよ。 奏多は誰にでも優しいの。 だから期待させちゃうし、 勘違いしちゃう子も出てくるの」
「俺は………… 」
「ああ、 いつもこんなに優しくしてくれる、 いつもこんなに笑いかけてくれる。 もしかしたら自分のことを好きなんじゃないか……って」
「………… 」
「私もね、 そんな優しい奏多が大好きだった。 だけど、 そんな優しいところが大嫌いだった。 だって、 浮かれて期待しても、 その優しさが他の子に向けるものと変わらないんだって、 すぐに気付かされるから」
「…………! 」
「そうやってね、 期待して落ち込んで、 それでもやっぱり好きだな…… って思って……。 なのに奏多、 酷いよ…… ズルい。 今はもう好きな子のことしか考えてないくせに、 まだ中途半端に優しくしようとしてる…… 」
突然、 目の前の奈々美がポロポロと涙をこぼし始めた。
救いを求めて奈々美のとなりの都子に目を移したら、 そっちも目を真っ赤にして俯いていた。
「奈々美…… 都子…… 」
ーー ああ、 陸斗、 前にお前に言われた言葉の意味がようやく分かったよ。
俺は、 空気の読めない本物のバカだった……。