16、 まずは友達から始めよう
滝山高校の1階、 西側のテニスコートに面した生徒会室で、 凛は1人ポツンとパイプ椅子に腰掛けていた。
5限目の授業開始までの残り20分、 凛はギリギリまでここで時間を潰すつもりでいる。
今日カフェテリアで起こった出来事は、今頃もう学校中の噂になっていることだろう。
好奇の目で見られることは確実だ。 今はまだ、 教室には戻りたくない。
そんな凛の気持ちを察したのだろう。
樹がこの部屋に連れてきて、 しばらくここにいればいいと言った。
まだ正式な生徒会役員ではない凛は、 本来ならば、 まだ生徒会室に入ることは許されない。
だけど、 『会長権限だ、 大丈夫』そう柔らかく微笑みながら、 彼はドアを開けてくれた。
決して悪い人ではないのだ。
悪い人ではない…… けれど、 あんな場所であんなことを言うなんて……非常識だ。
『小桜凛さん、 ずっと前から好きでした。 交際を前提に、 僕と友達から始めてください』
カフェテリアで樹がそう言った途端、 地響きかと思うほどの大きな声があちこちで上がり、 凛は思わず周囲を見回した。
歓声、 喝采、 悲鳴、 号泣、 拍手、 口笛……
いろんなものが一つに混ざり合って、 まるで嵐のように凛に襲いかかった。
ーー 怖い
凛は思わず立ち上がり、 足早に出口に向かった。
「待って!」
後ろから呼び止める声が聞こえたが、 今は立ち止まりたくなかった。
そのまま振り向かずに渡り廊下に出ると、 追いついた樹が横に並んで歩き出した。
「先輩、 来ないでください」
「嫌だ」
凛が小走りになると、 隣の樹も小走りで付いてくる。
「付いて来ないで! 」
「嫌だ! 」
凛の前に立ち塞がり、 彼女の両肩をグッと押さえて足を止めた。
ハアハアと息を切らしながら、 すがるような目で凛を見つめる。
「お願いだ…… ちょっと待って。 話を聞いて」
生徒の何人かがカフェテリアから飛び出して、 こちらを指差している。
売店でパンを買っている生徒が何ごとかとこちらを振り返り、 渡り廊下を歩いてきた生徒が、 振り向きざまに2人をジロジロと見ていった。
凛がそちらをチラチラ見て気にしているのに気付くと、 樹は凛の右手を掴んで校舎の方に歩き出した。
「こっちに来て」
渡り廊下から校舎に入り、 左折して真っ直ぐ進んで行くと、 右手に生徒会室があった。
「……入って」
「でも私、 まだ会計じゃ…… 」
「会長権限だ、 大丈夫」
樹はそう言って柔らかく微笑みながら、 生徒会室のドアを開けた。
「すいませんでした! 僕が悪かったです! 」
中に入ってドアを閉めると、 樹はいきなり平身低頭で謝ってきた。
「ほんっと〜〜 に、 ごめんなさい! 」
凛が何も言えずに黙っていると、 樹はハア〜ッと深いため息をついて、 右手で自分の髪をクシャッと掴んだ。
それから部屋の隅にあったパイプ椅子を拡げると、 1つを凛に勧め、 少し離れた所でもう1つの椅子に自分も腰掛けた。
脚の上で両手を組み、 上目遣いでチロッと凛を見る。
「本当にごめん…… 怒ってるよね…… 」
「…………はい」
「そうだよね〜…… そりゃ怒るよね〜 」
がっくり肩を落とし、 再び長いため息をついた。
「怒るに決まってるじゃないですか! あんなに大勢の生徒がいる前で、 あんなこと…… 好きとか……」
凛が最後の方をゴニョゴニョ誤魔化しながら苦情を述べると、 樹は背筋を伸ばしてじっと凛を見据えた。
「あんなこと……か。 でも、 さっき言ったことは冗談じゃないから…… 」
もう一度ハッキリと告げた。
「小桜凛さん、 僕は君が好きだ。 まずは友達になって下さい」
凛はしばらく黙って樹を見つめていたが、 両手でグッとスカートを握りしめると、 決心したように口を開いた。
「樹先輩、 ごめんなさい。 私は先輩とはお付き合い出来ません。 私は先輩のような派手な人には釣り合わないと思うし、 周りからの目にも耐えられそうにありません。 それに今は…… 自分に恋愛が出来るとは、 とても思えないんです」
「僕だってそうだったよ」
「えっ? 」
「僕も少し前まで、 自分が誰かを好きになれるなんて思っていなかった。 だけど…… 君を好きになった。 人の心なんて一瞬で変えられちゃうんだね。 自分でも驚いたよ」
「でも、 私は…… 」
「お願いだから、 僕にもう少しだけ頑張らせて。 何も出来ないまま諦めるなんて、 僕には出来ないよ。 だからせめて、 友達として僕を知ってから改めて考えて欲しい」
そうじゃないと、 何度も教室に押し掛けちゃうかも…… という脅し文句まで付けられて、 凛はようやく諦めた。
「分かりました…… 友達でお願いします」
「やった! 」
樹はパアッと表情を綻ばせて椅子から立ち上がった。
「ありがとう! やった! 本当にありがとう! 」
そう言いながらそそくさと椅子を片付けて、
「それじゃ僕は、 凛ちゃんの気が変わらないうちに出ていくよ。 君はここでゆっくりしてってね」
バイバイと手を振ってドアを開けた。
「先輩! 」
「んっ? なあに? 」
「今日はなんだかバタバタしちゃいましたけど…… 私、 ちゃんと会計やりますから! それと…… この部屋を使わせてくれてありがとうございました」
「んっ、 僕の方こそ、 ありがとう。 これからよろしく。 それと、 僕のことは樹って呼んでよ」
「それは…… むっ、 無理です! 」
凛は顔を真っ赤にして頭をブンブン横に振った。
樹はハハハと笑いながら生徒会室を後にして……
ドアを閉めてから両手で顔を覆い、 その場にしゃがみこんだ。
ーー ヤバイ……なんだよアレ、 真っ赤な顔でブンブンて……。
あんなの…… もっと好きになるだろ……。
樹はフラフラと立ち上がると、 クラスメイトが興味津々で待ち構えているであろう2-Aの教室へとゆっくり歩いて行った。




