12、 葉山樹の初恋と情熱 (後編)
接点が無いというのは圧倒的に不利だと思う。
例えば同級生、 例えばクラスメイト、 例えば部活の仲間。
バイトに塾に幼馴染……。
では、 それらの全てに当てはまらない場合はどうすればいいのだろうか?
……というのが、 ここ数日の樹の一番の関心ごとだった。
問題集を解いたりとかテストの回答を導き出すのは簡単だ。
そこに書かれていることを丸暗記し、 正しい公式に当て嵌めれば自然と正しい答えに辿り着くことが出来る。
人生においても同様である。
目標を設定し、 そこに至るまでに必要な項目とその手段を全て挙げていく。
あとはそこに向かって一つ一つ潰していくだけだ。
ゲームをクリアするのと同じ。
明確で単純で面白い。
今まで樹はそうやって生きてきたし、 そこに迷いは一切なかった。
なのに、 こと恋愛においてはどうだ。
自動販売機の前で小桜凛を意識して以来、 気がつけば彼女のことばかり考えている。
だけど、 どうしたらいいのか分からない。
あの日から何度か『向こう側』の自販機に行ってみたが、 彼女に会うことはなかった。
偶然はそう何度も都合よく起こらないらしい。
校舎も違うし学年も違う。 教室さえ知らない。
「くそっ、 手詰まりだ…… 」
「えっ、 どうしたの? 」
前の席の義孝が振り向いた。
自分でも知らないうちに声に出ていたらしい。
「うん…… あのさ、 もしも誰かと友達になりたいとして、 その相手と全く接点がない場合、 お前だったらどうする? 」
「ん〜、 そりゃあ接点を作るだろうな」
「その接点をどうやって作るんだよ」
「そうだな…… まあ、 対象に近い人物との接点を探す。 もしくは無理にでも自分で接点を作り出す」
「対象に近い人物が分からない場合は? 」
それを聞いた義孝が、 上半身だけで振り向いていた体を全面的にこちらに向けると、 椅子にまたがってニヤリとした。
「この僕に詳しく話してみなよ。 場合によっては力になれるかもよ」
本来ならこういうことを誰かに相談するというのは苦手だし不本意だ。
だが、 背に腹は変えられない。
「分かったよ。 頼む、 学年2位の知恵を貸してくれ」
「それ、 嫌味かよ。 お前からそんなん言われても全く嬉しくないんだよ。 でも、まあ、 学年1位に頼られるのも悪くはないな」
その日の放課後は、 義孝の家で作戦会議をすることになった。
***
「オセロだよ」
義孝が中指でグイッと眼鏡を押し上げながら自信ありげに語った。
「要は、 最終的にお前の凛ちゃんに辿り着けばいいんだろ」
「凛ちゃんとか呼ぶなよ」
それには応えず、 義孝は5つの円をクルクルと、 白い紙の上に一直線に並べて描いていく。
その右端の円だけ黒く塗りつぶし、 その下に『リン』と書いた。
「で、 左端が樹だ」
今度は左端の円を黒く塗りつぶし、 その下に『イツキ』と書き足した。
「お前と小桜さんの間にはまだまだ距離がある。 だけど、 それを埋めるだけの強力な武器が僕にはある。 僕にはあって君に無いもの、 それはだな…… 」
「勿体ぶらないでサッサと教えろよ」
義孝は、 鼻でフフンと笑いながら、 残る3つの円の下に次々と何かを書き込んでいった。
『マコ』 『 マナ』 『トモダチ』
「いいか、 樹、 僕には知っての通り、 真子というめちゃくちゃ可愛い彼女がいる。 その真子の妹は滝中3年、 つまり小桜さんの同級生だ」
「真子ちゃんは俺の好みじゃないけど、 なんとなくお前が言いたいことは掴めてきたよ」
「真子がお前の好みじゃなくて良かったよ。 樹がその気になったら全校女子をコンプリート出来るからな」
「…… そうだといいけどな」
「僕がそう言うんだからそうなんだよ。 いいか、 真子の妹の真名が小桜さんと同クラかどうかはまだ分からない。 だが、 もしも同クラならすぐにでも情報を得ることが出来るし、 クラスが違っていたとしても、 真名の知り合いを辿れば必ず小桜さんに行き着くはずだ」
そう言いながら、 残る3つの円も黒く塗りつぶした。
「要はオセロだ。 お前がいくら遠いと思ってたって、 目標を見定めて正しい位置にコマを置けば、 ちゃんと向こう側まで一直線に辿り着けるんだよ」
結果的に、 義孝が言っていたことは正しかった。
真子の妹の真名も真名の親友も、 残念ながら小桜凛とはクラスが違っていたけれど、 真名と同じテニス部の子が彼女と3年間同じクラスになっていた。
「樹、 お前は生徒会長になれ」
そう義孝に言われて決心した。
いろいろ考えてみたけれど、 自分たちが得た情報の中で、 彼女と接点を持てる方法はそれくらいしか見つけられなかった。
自分が来年度の生徒会長になって、 小桜凛を会計に指名する。
まずは秋の生徒会選挙への立候補と選挙活動からだ。
推薦人は義孝に頼んで、 票固めを任せる。
もしも上手い具合に当選したら、 先生に会計の指名権をもらう。
説得には自信がある。
一番の難関は、 どうやって彼女にウンと言ってもらうかだ。
これは未知の世界だから分からないが、 ひたすら口説くしかないだろう。
場合によっては条件をつけてもいい。
そこまで順調にいったとしても、 その後の猶予はたった一年だ。
来年は医学部受験に集中するため余計な仕事は引き受けていられない。
3年生になれば自由登校が増えて学校にもあまり来れなくなるだろう。
悠長にはしてられない。
『目標を設定し、 そこに至るまでに必要な項目とその手段を全て挙げていく。
あとはそこに向かって一つ一つ潰していくだけ』
ゲームと恋愛は別モノだけれど、 ゴールに向かってコツコツと積み上げていく作業は似ていると思う。
そして自分はそういう地味な努力をずっと続けてきたし、 そうすることも嫌いじゃない。
ただそこに、 相手の気持ちという不確定要素が乗っかることによって、 どう転ぶかが予想つかないけれど……。
そんな予測不可能な『恋愛』にまんまと嵌まって狼狽えている自分も、 嫌いじゃない……と思う。
恋はゲームほど明確で単純じゃないけれど…… それもまた面白い。