3、 嵐のランチタイム
葉山樹は教室中をグルッと見渡し、 小桜を発見すると躊躇なく歩み寄って来た。
「小桜さん、 カフェテリアに行こう」
「いえっ、 あの、 私は…… 」
「あれっ? もう食べ始めちゃってるの? 後で来るって言っておいたのに」
樹は小桜と一緒にいる面々をサッと見回したあと、
「ごめんね、 小桜さんに話があるんだ。 彼女を借りて行くよ」
またしてもキラキラした笑顔を振りまいた。
ーー なんなんだ、 この人。
爽やかな雰囲気の割には強引だと、 奏多が呆然と見上げていると、 小桜がガタッと立ち上がった。
それを見て樹が破顔する。
「じゃあ小桜さん、 行こうか」
「葉山先輩、 私は行きません」
クラス中の視線が集まる中、 小桜は樹をキッと見据えてハッキリと告げた。
樹の足がピタリと止まる。
「先輩はまた来ると仰いましたが、 お昼に来るとは一言も言っていません。 一緒にカフェテリアに行く約束もしていません。 私はここでクラスメイトと食事中です。 すいませんが一緒には行けません」
きっぱりと言い切った小桜に気圧されて、 一瞬だけ樹が押し黙った……が、 すぐに元の柔らかい表情に戻って口を開いた。
「…… そうだったね。 僕が一方的だったよ、 申し訳ない」
それじゃあ……ともう一度辺りを見渡して、
「僕もここで一緒に食べさせてもらってもいいかな? 小桜さんと話がしたいんだ」
「「「 えっ、 ここで?! 」」」
そこにいた全員が一斉に声をあげた。
***
「あ〜あ、 売店に行ったらいちごクリームサンドしか残ってなかったよ。 僕は生クリーム苦手なのにな〜 」
本来ならカフェテリアで小桜さんと美味しく食事してるはずだったのに……と文句を言いながら、それでも樹は嬉しそうにニコニコしている。
ーー いやいや、 今からでも1人でカフェテリアに行けよ。
奏多は心の中で悪態をつくが、 さすがに先輩相手に口には出さなかった。
樹が持っているいちごクリームサンドをチラリと見る。
生クリームたっぷりで見るからに甘そうだ。
「先輩、 良かったら俺のコロッケパンと交換しますか? 」
「えっ、 いいの? 」
「はい。 まだ焼きそばパンもあるし、 それに俺、 甘いものも生クリームも大丈夫なんで」
「君 、 いい奴だね。 名前は? 」
「百田です」
「そっか。 百田くん、 ありがとう」
ライバルになるかもしれない先輩相手に助け舟を出してしまった。
困った人を見ると放っておけない性分をこんな時にまで発揮してしまった自分に苦笑する。
空いていた席から運んできた椅子に座っている樹は、 小桜の机の横を陣取って同級生の如く居座っている。
1年生の教室の真ん中で思いっきり注目を浴びているにもかかわらず、 全く動じることなく、 小桜をじっと見つめて口を開いた。
「小桜さん、 今朝も言ったけど、 君に生徒会の会計をお願いしたいんだ」
「…… どうして私なんですか? 」
「中学校3年間、 会計をしてたでしょ? とても真面目で頼りになるって先生から聞いてる」
中学と高校の教師は何人か被っているため、 情報が伝わっているのだという。
「選挙で生徒会長に選ばれた時ね、 会計を自分で選ばせてくれって先生に頼んだんだ。 君に頼もうって決めてた」
だからどうか引き受けて欲しい……そう熱く語る樹の言葉がまるでプロポーズのようで、 ただの生徒会の勧誘だと知りながらも、 奏多は胸がジリジリするのを感じていた。
「…… 少し考えさせてもらってもいいですか? 」
すぐに引き受けるものと思っていたので、 奏多は驚いて小桜の顔を見た。
それは樹も同様だったらしく、 一瞬目を見開いて言葉を失っていた。
「少し……って、 どれくらい? 僕的には早く生徒会メンバーに招集をかけたいと思ってるから、 あまり猶予はないんだけど」
「無理なら他の人にお願いして下さい」
「…… 僕は君がいいって言ってるんだけど」
「………… 」
今週いっぱい……。
樹は短く息を吐いてから、 諦めたようにそう呟いた。
「今日は木曜日だ。 週末にじっくり考えて、 月曜日に返事を聞かせてもらう。 それでどう? 」
「分かりました」
「それじゃ、 月曜日に、 今度はちゃんとカフェテリアで。 呼びに来るからね」
「あっ……あと、 僕のことは葉山先輩じゃなくて樹って呼んでよ」
ヒラヒラと手を振って去っていった。
「いやだ〜っ、 樹先輩ステキ過ぎるんですけど〜! ちょっと凛ってば、 なんですぐにオーケーしないのよ! 」
都子が興奮冷めやらぬ感じで目をキラキラさせている。
いきなり『凛』と名前呼びになっているところが人懐っこい彼女らしい。
樹が教室を出ると同時に、 それまで黙って聞き耳を立てていたクラスメイトが一斉に喋り出し、 一気に教室内が騒がしくなった。
樹先輩の来訪を目ざとく見つけた他のクラスの生徒までが廊下で騒ぎ立てている。
小桜は周りの喧騒を尻目に、 何事も無かったようにお弁当を食べ始めた。
「俺さ……」
奏多の声に手を止めて見上げる。
「小桜が会計を引き受けるかと思った」
「ああ…… やっても構わないけれど、 でも…… 」
「でも? 」
「もう必要ないのかな……って思って」
ーー 必要ない??
奏多には小桜の言った意味が飲み込めなかったが、 それきり彼女が何も言わず食事を再開したので、 それ以上はもう何も聞かなかった。