1、 胸騒ぎの高校生活
ここから第2章に突入します。
奏多と凛の高校生活を応援してあげてください。
「マジか〜、 ショックなんですけど〜! 」
私立滝山高校の玄関前、 一馬が両手で頭を抱えて天を仰いだ。
高校入学最初のクラス分けは、 生徒たちにとって一大事だ。
玄関に張り出されたクラス分けの表を見て、 あちこちで歓声や落胆の声が上がっている。
「よっしゃ! 」
奏多は思わず右手を握りしめてガッツポーズをした。
1ーA 小桜凛
1ーA 百田奏多
中3に引き続き、 小桜と同じクラスになれた。
昨日は寝る前に窓から夜空を眺めながら、 胸の前で指を組んで星に祈りを捧げた。
ーー どうか小桜と同じクラスになれますように!
なんだこのポーズ、 まるで乙女みたいだな……と自分でも苦笑したが、 こんな事までしたくなる程、 クラスメイトになれるかそうじゃないかは大きな問題だった。
安堵と喜びで頬を緩めていると、
「ニヤけてんじゃねえよ! 」
後ろからビシッと脳天チョップをかまされ振り向くと、 そこには据わった目をして口をわななかせている一馬がいた。
「奏多〜、 俺は悲しいよ! これから1年間お前なしでどうやって生きていくんだよ! 」
「何言ってんだよ。 隣のクラスだしすぐに会えるだろ。 お前なんて友達ウジャウジャいるじゃん」
「うわっ、 薄情者めが! 親友に向かってなんてことを言うんだよ! 自分が好きな子と同じクラスになれたからって……うわっ、フガッ」
奏多は電光石火で一馬の頭を抱えて口を塞ぐと、 慌てて周囲を見渡した。
ーー 聞かれて……ないよな?
左右をキョロキョロ見回したが、 幸いにも小桜の姿は見当たらない。 こちらに注意を向けているものもいないようだ。
奏多は一馬にヘッドロックをかけたままズリズリと人混みから離れ、 そこでようやく手を離して説教を始めた。
高校入学早々に気持ちをバラされて小桜と気まずくなったらどうしてくれるんだ、 学校のみんなに気付かれて騒がれたらどうしてくれるんだと懇々と説くものの、 それを聞いている一馬はフンッ! と拗ねた表情で納得いかない様子だ。
「お前はいいよな……。 小桜とバラ色の高校生活だもんな。 陸斗だって一緒だしな」
「仕方ないだろ。 お前が勉強サボってるからだ」
滝山高校の1年生はAからGまでの7クラスあり、 AからEまでが内進組、 つまり中学校からの持ち上がりで、 FとGが高校から入学してきた外進組に分かれている。
内進組のAからDの中でもAクラスだけは成績優秀者が集まる特別クラスになっていて、 奏多と陸斗、それに小桜はそのAクラスに入ったのだった。
「選ばれしもの……だよなぁ。 凄いよ、 お前」
「俺は部活がないからな。 一馬はサッカーがあるんだ、 仕方ないよ」
「それを考えると、 陸斗は凄いよな……」
「うん、 あいつは規格外だな」
そうなのだ。 陸斗はサッカーでレギュラーを目指しながらも学業と両立させて、 更にはAクラスにも入ってしまうという離れ業をやってのけた。
父親と同じ教師になるという目標を早くから設定して、 その目標に向けて着実に進んでいる。
その陸斗が向こうから手を振ってやってきた。
「よっ! 」
「おお、 陸斗、 今年も同じクラスだな、 よろしく」
「ああ、 彼女も一緒だ。 奏多、 良かったな」
陸斗が顎をしゃくった方に目をやると、 クラス表の前で顔を綻ばせている小桜の姿が見えた。
奏多たちの視線に気づいたのか、 小桜がこちらを向いた。
目が合って、 ニコリと微笑み合う。
軽くペコリと頭を下げて、 そのまま彼女は校舎へと入っていった。
しばしジンワリと幸福を噛みしめていると、
「奏多、 お前、 どうするつもり? 」
一馬の声で我にかえった。
「どうするって……」
「小桜さんだよ。 好きとか付き合おうとか言わなくていいわけ? 」
「それは…… 」
一馬の言っていることは良く分かる。
小桜が百田家に来るようになってもう7ヶ月近く。
奏多が自分の気持ちを自覚して約3週間。
彼女との距離はずいぶん近くなってきたと思うし、 彼女も心を許してくれていると思う。
正直言えば、 もっと距離を縮めたいと思わなくもない……が、 今の関係が心地良いというのも本音なのである。
「小桜の居場所を奪いたくないんだ」
「お前、 前もそれ言ってたけどさ、 じゃあそれって一体いつまでなんだよ」
好きな気持ちを隠したままずっと側にいるつもりなのか? そんなの不毛だろう。
一生そのままでいられる訳はない。 グズグズしている間に小桜に好きな奴が出来たらどうするんだ。
……そう言われては返す言葉もない。
ーー だけど今はまだ、 もう少し……。
高らかに鳴る予鈴のチャイムを合図に、 3人は急いで玄関へと走った。
***
「小桜さん、 ちょっといい? 」
予期せぬ人物が小桜を訪ねてきたのは、 1限目終了後の短い休み時間だった。
教室の前方のドアからその人が堂々と小桜を手招きした時、 教室中の皆の視線が一斉に集まり、 静まり返った。
葉山樹、 2年生。
その場にいる全員が、 その先輩の顔を知っていた。
なぜなら彼は、 つい先日の入学式で新入生歓迎の挨拶をした人物…… 滝山高校の生徒会長だからだ。
窓側の席に座っていた小桜は、 戸惑いながらも立ち上がり、 ゆっくり先輩の元へと歩いて行った。
「あの……私が小桜ですが…… 」
「うん、 知ってる」
自分が呼ばれた理由に思い当たらず困惑している小桜とは対照的に、 葉山樹は悪戯を楽しむ少年のように屈託のない笑顔を見せている。
「小桜さん…… 」
「はい」
「生徒会に入らない? 」
「えっ? 」
「君に会計になって欲しいんだ」
「えっ?! 」
葉山樹の形の良い唇が薄く開き、 真っ白な歯がのぞいた。