2、 図書館での告白
「漫画本デビューしたばかりなの、私」
図書館で小桜が開口一番に放った言葉がコレだった。
最初、小桜が唐突に口にした『漫画本デビュー』という言葉がちゃんと頭の中で形にならなくて、奏多は一瞬言葉に詰まってしまった。
間を置いて、「漫画家デビュー?」と聞き直したら、
「違う。漫画本を初めて買ったってこと」
と訂正され、ようやくその意味を理解した。
「一昨日の土曜日にね、漫画を買ったの。前からずっと気になってた少女漫画」
小桜と漫画……なんだか酷く不釣り合いな気がした。
小桜はどちらかというと純文学だろ?……というのは、こっちの勝手な思い込みなのだろう。
「でも、その話の前に、まずは謝らせて。今日は持ち物検査で迷惑をかけてごめんなさい。少女漫画なんて恥ずかしかったよね。本当にごめんなさい」
小桜が拝むように両手を合わせて頭を下げた。
「いや……うん、それはもういいよ。自分の物を没収された訳じゃないから実質俺には何の被害もなかったんだし……まあ、確かに恥ずかしかったけど」
頭を上げて奏多の顔に目線を戻した小桜に向かって、
「それよりも…… 」と更に言葉を続ける。
「俺の方こそ大事な本を死守出来なくて申し訳なかった。話の流れからすると、今日ジョー先生に没収されたのが、記念すべき漫画本デビュー? ……の第一冊目だったんだよね? 」
なのにどうして、そんな大切な本を学校に持ってきて、しかも所持品検査の真っ只中で俺のカバンに突っ込んだのか……
という、今日ずっと頭の中にあった疑問を口に出そうとしたとき、
一足早く小桜が口を開いた。
「私の親、再婚同士なの」
いきなり話が変な方向に飛んで戸惑っていると、重ねて小桜が話を続ける。
「私ね、母親の期待を裏切りたくないの。
だから、母親の理想の私になるためにずっと努力してきたの。これからもそうするつもり」
奏多の目をじっと見つめて、まるで宣言するようにそう言う。
ーー そこから小桜は、今日の持ち物検査での行動の理由と彼女の家庭の事情を訥々と語った。
***
「お母さんが再婚したのは、私が6歳になった時だったんだけど…… 」
小桜の両親が再婚したのは今から8年前。
2人は共通の職場である市民病院で知り合ったという。
女手一つで必死に娘を育てていた看護師の母親と、彼女と同じ病院で働いていたエリート医師が恋に落ちて結婚した……。
と言うと素敵なシンデレラストーリーみたいだけど、実際はそうでも無かったようだ。
「不倫だったの」……と言う小桜の瞳が微かに揺れた。
今の父親は小桜の母親より7歳年上の心臓外科医で、2人は同じ病棟で働いていたことがきっかけで付き合いだした。
小桜が母親と祖母と3人で暮らしていたアパートにも、オモチャやケーキを持って足繁く通っていたが、実際にはその頃まだ父親の方には妻子がいて、離婚の際には相手方の弁護士がアパートに来たりしてゴタゴタしていたらしい。
「向こうの奥さんのだと思うんだけど、家に弁護士が来て書類を読み上げてた事とか、私はまだ小さかったけれど、なんとなく覚えてるの」
それから程なく先方の離婚が成立して、小桜は母親と共に、新しい父親の待つマンションに引っ越した。その後入籍して今に至るという訳だ。
ーー ここまで話したところで、小桜は深く息を吐いて一旦黙り込んだ。
奏多は平静を装いながらも、頭の中ではめまぐるしく次の言葉を探していた。
漫画本事件の真相を聞きに来たつもりだったのに、予想外の展開になって正直戸惑っている。
何か気の利いた事を言わなくてはと思うのに、結局何も浮かばなくて小桜と同じように黙り込んだ。
…… が、すぐに沈黙に耐え切れなくなり、奏多は心に浮かんだ疑問をそのまま素直に口にしてみた。
「小桜、 俺なんかがこんな大事な話を聞いちゃって良かったの? 」
奏多と小桜はクラスメイトである。
ではあるが、所詮『ただの』クラスメイトに過ぎない。
隣の席になってまだ間もないし、挨拶や必要最低限の会話しか交わしていない。
……というのも、どうも小桜はクラスメイトとあまり積極的に話そうとしないふしがあって、奏多も隣の席とはいえ、気安く話しかけられなかったのだ。
なのに、いきなりどうして?
奏多がそう思ったのは当然だった。
なのに小桜は、
「いいの。ここから漫画本デビューに繋がるから」
と、今した話はどうってこと無いというようにニッコリ笑う。
聞いてもらわないと、今日の事をちゃんと説明出来ないから。
百田君を勝手に巻き込んだのは自分なんだから、ちゃんと説明しないと失礼だ……と。
だから奏多は黙って頷き、小桜に話の続きを促した。
小桜が俺に聞いて欲しいと思っているのであれば、今はとにかく、彼女の語る言葉に真摯に耳を傾けよう……と思ったから。