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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 キミとオレとの未来
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最終話 キミとオレとの関係性


お風呂上がりの奏多が漫画パレスに行くと、 本棚に背を預けて本を読んでいた凛が顔を上げた。



「あっ、 本当に乾杯するんだ」


奏多が両手に持っているシャンパングラスを目にした途端、 凛がクスクス笑いだす。


「えっ、 冗談だと思ってたの? 本当にするよ! 今シャンパンも持ってくるから」

「私は炭酸水がいいな」

「はいはい」



奏多がシャンパンと炭酸水のボトル、 それと小皿に盛ったチーズの乗ったトレイを運んできて、 黒い座卓の上にコトリと置く。



奏多が一方のグラスに炭酸水を注いで隣の凛の方にスッと差し出すと、 次は自分のグラスの上でシャンパンのボトルを傾けた。


クリスタルのグラスの中で小さく(はじ)ける金色の泡とともに、 上品な果実の香りが立ち(のぼ)る。



このシャンパーニュは5年連続ノーベル賞晩餐会(ばんさんかい)で提供されて話題となった逸品(いっぴん)で、 結婚式の帰りに立ち寄ったワイン専門店で見つけたものだ。


いつも購入しているワインよりはややお高めだけど、『夜想曲(やそうきょく)』を意味するロマンチックな名前を奏多が気に入って、 お祝い気分の高いテンションのまま、 たまのプチ贅沢(ぜいたく)にと買って帰ってきた。



グラスをカチャリと合わせると、 そのシャンパンに口をつけて目尻(めじり)を下げた奏多を見て、 凛は再びクスッと笑う。



「美味しい? 」

「うん、 フワッと甘みがあって上品な感じ。 凛もちょっと飲んでみる? 」


「ううん、 私はいい。 どうぞ存分に味わってくださいな」

「うん」


凛はお酒に強くないので、 飲みの席でもお付き合いで軽く口をつける程度だ。

それでもこうして奏多とグラスを片手にお喋りする時間は大切にしていて、 都合が合えばこの漫画パレスで2人まったり過ごしている。



学生時代から数えて約12年。

以前からこの部屋にはよく来ていたが、 一緒に住むようになってからは、 更にこの部屋で過ごす時間が増えた。


2人が読書好きだからというのもあるが、 青春時代に多くの時間を過ごしたこの部屋は、 格別の思い入れもあって、 とても居心地がいいのだ。



叶恵がいた時には禁止されていた飲食も今では解禁になって、 ここで本を読んだ後や、 本を読まない時でも、 2人でお(しゃべ)りしながらオヤツを食べたり紅茶を飲んだりするのが自然なことになっている。




「私、 もうちょっとだけ読書してていい? 」

「もちろん! 俺もそのつもりで新しい本を持ってきた」


奏多の言葉を聞くと、 凛は当然のように体育座りになり、 奏多のために背中を空ける。


そこに奏多がもたれかかって、 背中合わせで本を読み始めた。



同棲(どうせい)してすぐに、 長年の懸案(けんあん)事項だった読書中の疲れを解消するためにお(そろ)いの座椅子まで買ったのに、 結局読書の時はこの体勢になってしまう。


隣り合わせで座卓に向かうよりも、 こちらの方がやけにしっくりくるのだから仕方ない。




「凛、 今日はどんな本を読んでるの?」


奏多が手元の本に視線を落としながら、 後ろの凛に話しかける。

こんな風にお互いの本の話をするのもお約束のやり取りだ。



「う〜ん、医療モノ?」

「仕事の参考になる?」


「参考っていうか、ピノコが可愛いよね」

「……ブラックジ◯ックかよ! 」



「いやあ〜、私もこんな名医になりたいよね」

「名医になるのはいいけど、 俺を置いてピノコと世界中あちこち行っちゃうのは嫌だ」


「ふふ〜ん…… 」

「…… ウザい?」

「ウザ可愛い」



「………まあ、私は絶対に何処(どこ)にも行かないし、あなたとは離れないけどね」


そのままお互いの後頭部をコツンとぶつけて笑い合う。



「奏多は何を読んでるの? 」

「ああ、 これ……」


後ろ向きのまま肩越しにヒョイと本を手渡す。


「あっ、 これって…… 叶恵さんの最新刊?! 」


「そう、 9巻。 結婚式の後で姉貴がくれた。 『雨の告白』まで来たから、 そろそろくっつくよ」

「うわっ、 ネタバレしないでっ! 一読者として楽しみにしてるんだから! 」



この漫画は、 叶恵の初めての長期連載にして、 初めて重版(じゅうはん)のかかった記念すべき作品だ。


上京してからも数年は読み切りや3話だけの短期連載が続いていたのだが、 奏多と凛をモデルにした読み切りが好評で連載が決まり、 大ヒット。

今では雑誌の表紙も飾る人気作となっている。


読み切りの時は『背中合わせの熱』というタイトルだったのだが、 連載にするにあたりタイトルを変更することになった。



***



『あなたたちがモデルなんだから、 いいタイトルを考えてよね』

『ええっ! 無茶ぶりするなあ〜 』



叶恵から電話で相談を受けていると、 一緒に聞いていた凛が、『熱』の部分を英語にする案を思いついた。



『熱……か……。 情熱…… パッションとか? 』

『それだと私たちっぽくない気がする』

『そうだよな…… 』


俺たちの恋は、 もっと青くさくて幼かった。

幼くて必死で、 無我夢中だった。



『それじゃあ、 アフェクションっていうのは? 』


叶恵の言葉に凛が(うなず)く。



『アフェクション…… 好意ですか? 』

『そう。 それと、 愛情とか愛着って意味もあるわよ』


『あっ、 それ、 いいじゃん! 背中から伝わる恋心って感じで』

『だけど…… パッと見た時に主旨(しゅし)が伝わりにくくない? 』


『う〜ん、 そうだな…… もっと俺たちの関係性が伝わるような…… 』



『それ、いただき! 』

『『 えっ? 』』


『サブタイトルが、『キミとオレとの関係性』。 これでバッチリ! 』


『なんだよ、 そのままじゃん!』



***



あの時のことを思い出して、 2人でクスクス笑い合う。

背中の揺れと熱が伝わってきて、 顔を見なくてもお互いの感情が手に取るように分かる。


そう、 これこそが『背中合わせのアフェクション』なんだ……。




「ねえ…… 私たちの関係性、 また変わるかもよ」

「えっ、 どういうこと? 」


「ん〜…… 聞きたい? 」

「えっ、 なんだよ。 教えてよ」



「パパとママ……とか? 」

「えっ?! 」



奏多がガバッと振り返って四つん()いで凛の前に回り込むと、 今度は正座をして、 凛の腹部に目をやる。



「凛…… それって…… 」

「…… うん」


凛がコクンと頷く。



「正確には病院で診てもらってからだけど、 検査薬では陽性だったし、 たぶん間違いないと思う。 本当は確定するまで黙ってるつもりだったんだけど、 なんだか今言いたくなっちゃった」



「う…… っわ…… やった〜〜! 」



奏多は飛び上がらんばかりの勢いで凛に抱きついて、 すぐに「ごめん! 」と後ずさった。



「ごめん、 急に飛びついたら赤ちゃんがビックリしちゃうよな。 凛は大丈夫? お腹は痛くない? 」

「ふふっ、 まだ早いよ。 大丈夫だから…… 奏多、 ギュッてして」



凛が浮かべた微笑みは、 (すで)に母親になったかのような、 柔らかな聖母のそれだった。


彼女が両手を広げると、 奏多が泣き笑いの顔をしながら、 まるで壊れものを扱うように、 そっとそっと、 優しく両手でその身体を包み込んだ。



「凛…… ありがとう」

「うん」


「俺、 大事にする。 今までより、 もっともっと大事にする…… 」


「うん…… ありがとう。 私も奏多を大事にするよ」



「「 愛してる…… 」」




***




(おだ)やかな春の午後、窓から差し込む(あわ)い光。


彼女が選んだマーメイドブルーのレースのカーテンをふわりと揺らして、柔らかい風が本のページをペラリと(めく)っていった。



今日も君と背中合わせで本を読む。

この穏やかで(ひそ)やかで贅沢な時間をこれからもずっと2人で……


いや、 君の(ひざ)で安心して眠る小さな彼女と3人、 これからもこの場所で、 しあわせで暖かい時間を(つむ)いでいくんだ……。





ただのクラスメイト、 秘密の友達、 秘密の恋人、 本当の恋人へと形を変えながら、 かけがえのない存在へと変わっていった2人の関係。



婚約者となり、 結婚して夫と妻となった俺たちは、 父となり、 母となり、 今またその形を変えていく。



だけど、 どんなに呼び方が変わろうとも、 その関係性が変わろうとも、 絶対に変わらないものがある。




キミはオレが大好きで、 オレもキミを、 心から愛してる。





最後まで読んでいただきどうもありがとうございました。


これで奏多と凛の物語は完結しましたが、機会がありましたら結婚式など書ききれなかったエピソードでいつか番外編も出来たら…… と思っています。


今作の初期設定、創作秘話などを『活動報告』の方にまとめました。

もしも興味のある方は、そちらにも目を通していただけたら嬉しいです。


新連載『たっくんは疑問形』開始しました。

よろしければそちらもよろしくお願いします。

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