36、 4 years later (後編)
「婚約…… ですか? 」
奏多が思わず聞き返すと、 尊人と愛が顔を見合わせてから同時に頷いた。
その様子からすると、 どうやら奏多たちがここに来る前から、 2人の間では話し合いが済んでいたようだ。
「君たちが長い付き合いの末に決めたことだ、 その気持ちは本物だろう。 だけど、 今も言ったように、 経済的に自立出来てない上にまだ学生の身では不安定すぎる。 それに私たちとしては、 もう少しだけ娘との時間が欲しい」
それは奏多と凛にもよく分かるので、 黙って頷いた。
「だからと言ってはなんだが、 婚約したうえで同棲するというのはどうだろうか? 」
「えっ、 同棲?! …… ですか? 」
「そうだ。 婚約者であれば同じ家に住んでいてもなんらおかしくはないし、 一緒にいたいという君たちの希望が叶えられる。 そして、 凛が週に何度か家に帰ってきてくれれば、 私たちも娘と過ごせるというわけだ」
どうだろう…… と尊人に改めて聞かれるまでもなく、 それが最良の案だということは疑いようがなかった。
奏多が隣の凛の顔を見ると、 そこには喜びに満ち溢れた満開の笑顔があった。
***
「今となっては、 あの選択で良かったと思うよ。 婚約したことで精神的に安定したし、 結婚という目標が出来たことで研究もバイトもそれまで以上に頑張れた。 2年間で結婚に向けての心構えも準備も出来たし、 凛は親孝行が出来た」
それはたった4年前のことなのに、 既にもう遥か昔のことのように感じる。
その翌年の春に両家が集まって簡単な食事会をし、 そこで指輪を渡して婚約成立とした。
晴れて婚約者になった凛は奏多の家に住み始めたが、 実家のマンションの方が大学病院から近いこともあって、 週の何日かはマンションに帰っていたので、 尊人と愛の希望通り、 親子の時間を存分に過ごすことが出来たと思う。
奏多は修士課程に進むと同時に、 尊人に宣言したとおり、 航空機や宇宙開発で有名な地元の企業からの奨学金を得て、 修了後はそのままその企業への就職を果たした。
現在は宇宙システム技術部で、 次期基幹ロケットの設計に携わっている。
愛する人に支えられて、 幼い頃からの夢を叶えたのだ。
凛は医学部卒業後、 附属病院での2年間の臨床研修を経て、 そのまま大学病院に残った。 今は内科で先輩医師について日々学んでいるところだ。
将来的には血液内科の専門医を目指している。
ちなみに、 凛の指導医ではないが、 同じ内科には樹先輩も働いている。
奏多は凛の愛情をこれっぽっちも疑っていないけれど、 樹先輩に関しては信用していないので、 今でも妬いてしまうのは仕方がない。
「本当に俺って周囲の人にも環境にも恵まれてるよな…… いい仲間がいて、 見守ってくれる親や姉貴がいて、 導いてくれる指導者がいて…… そして隣には凛がいる。 こんなにシアワセでいいのかって…… 」
「…… あれっ? もしかして奏多先輩、 泣いてんじゃない? うわっ、 相変わらず女子っぽい…… 」
「うるさいわっ! お前ほんっとにムカつく! 俺の感動を返せ! 」
大和に言われて涙がヒュンと引っ込んだ。
慌てて目元を拭うと、 大和を指差しながらテーブルのみんなを見渡す。
「知ってる? こいつさ、 5年生の臨床実習で病院に行ったとき、 樹先輩の姿を見て泣いたんだぜ」
「なっ…… 泣いてないよ! ちょっと感動しただけだよ!…… ってか凛先輩、 なに勝手に俺のことをこの人に話してんの?! 」
「こら、大和くん! 私の旦那様のことを『この人』なんて言っちゃいけません! それから、 君が樹先輩を見て泣いたのは本当だし、 ついでに言うと『白衣姿カッコいいです!』って抱きついてました」
「ちょ…… やめてよ! 夫婦揃ってSっ気出さないでよ! 」
久々のノリに、 みんなが『相変わらずだね』と笑い出す。
大和は無事に医学部を卒業し、 凛たちのいる病院で研修医として学んでいる。
一馬は医療機器の営業になり結婚。
陸斗は昔からの宣言どおり国語の教師になり、 都内の高校で教鞭をとっている。
奈々美は短大を卒業後、 保育士として県内の保育園で働いている。 結婚を前提とした彼氏がいるようだ。
都子は電気メーカーの事務職をしていたが、 職場の上司と結婚して退職。 今は一児の母になっている。
みんな新しい場所で新しい出会いがあり、 それぞれの道を歩んでいる。
だけど、 こうして再び顔を合わせれば、 一瞬であの頃の思い出と景色が蘇り、 十代の頃の自分に戻れるのだ。
そんな仲間に出会えて良かった。
君たちに出会えて良かった。
決して楽しいことばかりじゃなかった。
失敗も後悔も沢山あった。
悩んだり苦しんだり、 妬んだり憎んだり。
時には傷つけあって、 ぶつかり合って……。
だけど、 自分たちの青春は、 キラキラと輝いていた。
辛いことも、 悲しい思い出も、 流した涙でさえも…… 全ては目の眩むような青い日々の輝きの中で、 美しい思い出の結晶となったのだ。
だから、 今もほら、 思い出の結晶が輝いている。
その輝きを胸に、 また明日からそれぞれの道を進んでいこう。
そして疲れたときには、 またこうやってお互いの結晶を寄せ合って、 明日への力に変えればいい……。
奏多が隣にいる凛の手をギュッと握ると、 凛も笑顔で握り返してきた。
この仲間に出会えて良かった。
君たちに出会えて良かった。
君に…… あなたに…… 出会えて良かった。
隣にいてくれて、 良かった。