35、 4 years later (中編)
奏多と凛が結婚したのは、 2年前の春。
奏多の修士課程修了、 凛の医学部卒業と医師国家試験の合格発表を待って入籍し、 結婚式を挙げた。
挙式したのは、 ご神体に三種の神器のひとつ『草薙神剣』を祀っている有名な神社で、 緑の杜に囲まれた朝の清澄な空気のなか、 厳かに式は行われた。
結婚式をするにあたって神前式にすることは2人で決めたのだが、 最初のきっかけは、 奏多の『凛の白無垢姿が見たい』の一言。
凛は式にそれほど強いこだわりが無く、 なんなら入籍だけでもいいくらいの気持ちでいたのだけど、 奏多の意気込みが半端なかった。
お得意のインターネット検索で口コミ情報を片っ端から読み漁るのは序の口。
お約束の結婚雑誌ゼ◯シイを買ってきて、 気になる箇所に付箋を貼りまくる。
結婚式場のパンフレットを山ほど集め、 ブライダルフェアの予約を入れまくって、 国家試験前で忙しい凛の代わりに1人で足を運んでは写真を撮って凛に見せた。
そして最終的に辿り着いたのが、
『神社の厳かな雰囲気のなかで砂利道を歩く白無垢姿の凛が見たい』。
どこまでも乙女な奏多のその言葉に凛も異論はなく、
『奏多の紋付はかま姿?! 見たい! 』
かくして由緒ある神社の神聖な『祈祷殿』において、 2人の挙式は粛々と執り行われたのだった。
ーー あの時の凛は、 本当に神々しかったな…… 出来るなら毎年でも見たいくらいで……。
「でもさ、 やっぱりお前たちはエライよ。 親の希望に沿う形で思いとどまって、ちゃんと婚約から段階を踏んで結婚まで漕ぎ着けたんだからさ」
奏多と凛の結婚式の話題から、 あの時の凛の白無垢と綿帽子姿を思い出して夢見心地になっていたら、 一馬の言葉で現実に引き戻された。
一馬はかなり酔いがまわってきたようで、 目の周りを赤くしながらテーブルに頬杖をついている。
「いや、 段階を踏んで…… って言うけど、 お義父さんにはフライングだって言われたんだぜ」
本当は奏多としては、 大学4年の区切りを待って結婚したいとずっと思っていた。
だから家庭教師先で紫織の件があったあと、 奏多の中で、 ずっと凛と一緒にいたい、 離れたくないと言う気持ちが溢れて止まらなくなって、 その日のうちにプロポーズしたのだ。
その週末に凛の家に挨拶に行くと、 母親の愛と義父の尊人が揃って待ち構えていた。
「凛さんと結婚させて下さい! 」
大学の入学式以来の紺のスーツ姿でビシッとキメた奏多が頭を下げると、 予想と違って殴られはしなかったが、 あっけなく即答された。
「ダメだな」
「…… えっ? 」
笑顔でもなく、 かと言って目を釣り上げているでも顔をしかめているでもなく……。
尊人の表情からは感情が読みとれなくて、 奏多と凛は戸惑った。
「凛から、 奏多くんが話をしに来るから時間を作って欲しいと言われた時から、 話の内容は予想がついてたよ」
「じゃあ…… 」
「君の人柄は評価してるし、 凛と結婚したいと言ってくれるのはありがたいことだ。 だけど、 まだ早過ぎないか? フライングだろう」
「ですが、 もう成人しているし、 2人の気持ちは固まっていて…… 」
「だけどまだ、 社会人ではない…… だろ? 」
尊人がソファーで組んでいた脚をおろして、 前屈みになって話し始めた。
「奏多くんはこれから2年間の修士課程に進み、 凛もまだ医学部での勉強が2年間残っている。 言うなれば2人ともまだ学生だ。 親のすねを齧って生活している若者が家庭を持つなんて生意気だとは思わないかい? 」
「お義父さん! そんな言い方って…… 」
「凛、 いいんだ」
尊人に食ってかかる凛を奏多が手で制する。
「お義父さん、 確かに俺はまだ社会人とは言えません。 でも、大学4年間のバイト代は結婚資金として貯金してありますし、 来年からもバイトは続けます。 自分で言うのもなんですが、 他の学生に比べたら高い時給をいただいているつもりです。
大学の合同研究で携ってきた企業から今後2年間の奨学金が貰える予定ですし、 修士修了後はそのままその企業に就職出来ると思います。
それでも…… ダメでしょうか? 」
尊人は奏多の言葉に聞き入ったあと、 腕を組んでジッと何かを考えているようだった。
しばらくの沈黙ののち、 腕をほどくと、 ソファーにドサリともたれ掛かって表情を緩める。
「奏多くん……すまなかった。 ちゃんと本音で話そう」
「えっ?! 」
「いや、 今言った事も嘘ではない。 子供が出来たとかならともかく、 ただ一緒にいたいというだけなら、 あと数年、 経済的に自立するまで待った方がいいとは思っている。 だけどね…… 」
尊人はここまで言うと、今までの滑らかな口調が嘘のように言葉を詰まらせ、 申し訳なさそうにゆっくり口を開く。
「本音を言うと…… 親としてはね…… 凛にはまだ『お嫁さん』じゃなくて『私たちの娘』でいて欲しいんだよ」
ーー あっ!
「ほら、 僕たち父娘はお互いの心を曝けだすのが遅かったからね。 あれからようやくちゃんと向き合えるようになったんだ、 もうしばらく家族の団欒というのを味わいたいと思っても仕方がないだろう? 」
目を伏せて照れた表情になった尊人を見て、 奏多は自分がいかに浅はかだったか、 いかに親の気持ちを考えていなかったかに気付いた。
奏多が凛と一緒にいたいように、 凛のご両親だって自分の娘と過ごす時間が大切なのだ。
しかも数年前までお互い本音を言えずにいたのなら尚更だ。 失った時間を取り戻している途中で凛を奪われるとなれば、 拒絶するのは当たり前だろう……。
そんな当たり前なことに思い至らなかった自分が情けなくて恥ずかしくて、 奏多はただうな垂れるしかなかった。
「だからね、 凛、 奏多くん、 これは提案なんだが…… 」
「「 はい 」」
ーー 提案?!
予期せぬ言葉に奏多と凛が顔を見合わせる。
「婚約…… というのはどうだろうか? 」