33、 一緒にいようよ
突然頭に浮かんだその考えに、 奏多は胸を躍らせた一方、 戸惑ってもいた。
だって、 普通こういうのは前もっていろいろ準備するものだろう。
最高の言葉に最高のシチュエーション、 そして給料3ヶ月分の……。
だけど、 これは決して昨日今日の思いつきでは無い。
ずっと前から考えて望んで、 いつかそうしたいと願っていたこと。
そして、 今すぐにその想いを伝えたいって、 心が強く叫んでいるから……。
俺自身が凛を、 強く求めているから……。
「凛……」
「……ん? 」
「今日は何を読んでるの? 」
「叶恵さんの短編集」
「ああ、 それか」
「全部の話が少しずつリンクしてていいよね」
「うん、 そうだな」
「…… 凛」
「なあに? 」
「…………。」
「…… 何?」
「凛……あのさ…」
「うん…… ねえ奏多、 どうしたの? 」
凛がパタンと本を閉じ、こちらを振り向いた気配がした。
背中がふっと軽くなり、そこにあった彼女の体温も離れる。
…… が、 次の瞬間、 右の首筋に彼女の吐息を感じた。
「奏多、 やっぱりなんか変だよ。 どうしたの? 」
「結婚しよう…… して下さい」
「………… 」
「凛が好きだ。 ずっと一緒にいたい…… 一緒にいようよ」
たぶん今、凛は閉じた本を持ったまま顔だけこちらに向けているんだろう。
今、彼女が喜んでいるのか、驚いているのか、それとも怒っているのか……。
その表情を見れば即座に判断出来るのだろうけど、 つい今しがたのプロポーズに勇気の全てを振り絞ってしまったから…… 振り返ってそれを確かめる事がどうしても出来ない。
何分間だろう、 そのまま沈黙が続いた。
息をしているのに息苦しくて、 自分の心臓の音だけがやけに大きくドクンドクンと耳に響いている。 顔が、 首筋が熱い。
だけど、このままじっとしていても仕方がない。
自分から求婚しておいて、 黙って彼女を困らせたままでいるのはあんまりだろう。
次にかけるべき言葉を頭の中で必死に探していると、 不意に右肩に重力がかかった…… と同時に、そこからジワジワと温かく濡れていくのを感じた。
「凛…… 泣いてるの?」
「…… うん」
「それはさ…… それって、嬉し涙? 悲し涙? 」
「……嬉し涙…… 」
奏多はフーッと長い息を吐き、 両肩に乗っている凛の手をそっと床に下ろした。
それからゆっくり振り向いて彼女に向き直り、そのまま正面から黙ってギュッと抱きしめた。
凛も黙って奏多の背中に手を回す。
「凛…… 愛してる」
「うん…… 」
「一生大事にする」
「…… うん」
「お義父さんに挨拶に行ったら…… 殴られるかな」
「ふふっ…… どうだろう」
凛の髪から、いつものシャンプーの匂いがしてきた。
昔から知っている、 甘いフローラルの香り。
その香りに惹かれるように、 奏多は彼女の艶やかな髪に顔を埋め、 深呼吸する。
心臓のあたりからブワッと何かが込み上げてきてジワジワと全身に拡がり、そのまま指先の震えとなった。
胸も喉もギュッと締め付けられて、 呼吸をしているはずなのに息が苦しくて…… だけど全く不快ではない不思議な感覚。
そうか……
『愛しい』
が溢れているんだ…… と思った。