26、 2人の朝
19/5/17 最終章25話の後半部分に大幅に加筆し、 それに伴いタイトルも変更しました。
アップ直後に読まれた方は、 全話に戻って読み直していただくと、 今回の話にちゃんと繋がると思います。
頬に触れた柔らかい感触で目が覚めたけれど、 もう少しこの時間を味わいたくて、 そのまま目を閉じていた。
しばらくの間やさしく髪を撫でていた指が頬へと移り、 ツンツンつついたり、 プニプニつまんだり……。
「ふふっ、 こそばゆいよ…… いつからバレてた? 」
ゆっくり目を開けて上を向くと、 イタズラっぽく覗き込んでいる瞳と目が合った。
凛がベッドサイドに腰をおろし、 奏多の顔の両側に手をついている。
「ほっぺにキスした直後。 奏多って本当に分かりやすいよね、 すぐにニヤける」
「またニヤけてた? 」
「うん、 目尻が下がって、 口元がだらしなくフニャってなってた」
「そりゃあさ、 ニヤけたくもなるよね」
これでニヤけるなという方が無理だろう。
彼女と初めて一緒に迎えた恋人同士の朝。
目を開けたらそこには大好きな人がいて、 目覚めのキスを贈られて……。
掛け布団から右手をのばして凛の髪をかきあげると、 形のいい唇がおりてきて、 奏多の唇に柔らかく触れた。
最高だ。
「凛、 もう着替えちゃったの? あのモコモコしたパジャマ、 可愛かったのに」
「あれはルームウェアで、 普段着じゃないから…… ごめんね、 勝手にシャワー使わせてもらった」
「ん、 なんでも好きに使ってよ。 パジャマとかも置いてけばいいじゃん、 次に来たとき用に」
「次……? 」
「えっ、 ええっ! 俺、 間違えた? 次、 あるでしょ?! また来てくれるんじゃないの?! 」
「えっ、 次も…… また来るけれど…… ちょっと照れた」
2人でへへへと照れ笑いしていると、 凛が立ち上がって高いところから見下ろしてきた。
「本当はトントンって包丁の音とお味噌汁の匂いで目覚めさせてあげたかったんだけど…… 人の家の冷蔵庫を勝手に開けるわけにいかないし、 実際には漫画みたいなシチュエーションは難しいっていうのが分かった」
「いや、 凛なら何しても構わないけど…… 」
「それじゃ、 お言葉に甘えてキッチン借りるね。 ご飯は炊いてないからトーストでいい? 目玉焼きは固焼き派? 半熟派? 」
「いや、 朝ごはんくらい俺でも出来るよ、 凛は休んでて」
「でも、 彼女なのに…… 」
「女の子が料理しなきゃいけないなんてルールは無いだろ。 それに、 昨日は…… 凛もいろいろ疲れてるだろうし…… 」
「いろいろ…… 」
「頼むから、 そこは強調しないでスルーして! 」
仲良く揃って首筋まで真っ赤にしながら、 一緒に1階に下りていく。
「俺は顔を洗ってから料理するから、 凛はダイニングで座って待ってなよ」
「ありがとう」
「なんか、こういうやり取りっていいよな…… 新婚さんみたいで」
「新婚さん!!!! 」
「マジで…… いちいち言葉尻をとらえてリピートしないでください。 照れるんで」
「…… はい」
奏多が作ったトーストと半熟の目玉焼きとサラダで朝食を済ませて、 2人で食器を洗いながら、 奏多がチラリと壁の時計を振り返った。
「凛、 今日は何時までいられるの? 」
「昼過ぎまでネズミーランドにいることになってるから…… 夕食までは大丈夫だと思う」
「嘘はつかないって凛のお義父さんと約束したのに、 とうとう破っちゃったな」
「さすがにこれは…… 言えないよ」
「まあ、 そうだけど」
「体調は? キツくない? 」
「大丈夫…… 奏多、 気を遣ってくれたし、 優しかったし」
ボボボボッとまた顔を赤くさせながら、 「そうか…… 」、 「はい…… 」とモジモジしたあと、 奏多が食器を拭く手を止めて言った。
「凛、 海に行かない? 前にデートした…… 」
「初めてデートしたところ? 行きたい! 」
「前に行ったのも春だっただろ? あの日よりは1ヶ月早いけど、 3周年っていうか、 前回のリベンジというか…… さ」
高1の4月に行った海は、 予想以上に寒くて風が強くて、 2人でガタガタ震えながら上空の飛行機を眺めていた。
「今回は毛布も持ってちゃんと準備してさ、 今度こそマジックアワーまで一緒にいようよ」
「うん! 」
***
『春の海 ひねもすのたり のたりかな』
by 与謝蕪村
ーー 蕪村さん、 今日の春の海は、 ちゃんとのたりのたりしてました。 疑ってごめんなさい!
「今日の海は穏やかだね」
「うん、 拍子抜けしたっていうか…… 完全防備、 必要なかったな」
「でも、 日が落ちてきたらやっぱり寒いだろうから…… 」
「そうだな、 備えあれば憂いなし…… だ」
前回の反省を踏まえて、 2人で包まれるブランケットを持ってきた。 上着は冬物のダウンで、 ポケットには貼るタイプのカイロが入っている。
白い砂浜にレジャーシートを敷いて、 その上に並んで腰を下ろす。
対岸の空港から離着陸する飛行機が飛び交っているのは、 あの日と同じだ。
「堂々とできるっていいね」
「うん、 電車でもずっと一緒だ。 今日は家に荷物を取りに帰ったら、 家まで送ってくよ」
「うん」
「凛、 手を出して」
「ん? 」
凛が差し出した右手を掴むと、 奏多が手のひらにシルバーの鍵を乗せた。
「これって…… 」
「俺んちの合鍵。 さっき行ったモールで作った」
「こんな大切なもの…… いいの? 」
「いいに決まってるだろ、 それで自由に出入りしてよ」
「嬉しい…… ありがとう」
凛が自分のバッグから、 ゴールドとブラウンのハートがついたキーリングを取り出すと、 そこに今もらったばかりの合鍵をつける。
「大学に入ってお互い忙しくなってすれ違うこともあるだろうけど…… そんな時は家で待っててよ。 ちゃんと帰ってくるから」
「うん…… 」
「楽しみだよ。 ハニワのマグカップから始まって、 さっき一緒に買った歯ブラシとか、 タオルとかさ…… これからもっともっと家の中に凛のものが増えて、 凛だらけになっていくのが」
「…… うん」
「凛? 」
「大丈夫…… 嬉しいだけ」
膝に顔を埋めて肩を震わせている凛の背中に、 ブランケットをバサッと被せる。
2人で一緒に包まって、 その中で凛の肩を抱き寄せた。
「ほら、 マジックアワーだ」
空港の上空が夕焼けに染まったと思ったら、 徐々にピンク、 紫と色調が変化していく。
太陽が沈み、 光源がなくなったそのあとに、 金色に輝く空が広がった。
「綺麗…… 本当に…… 」
「うん、 やっと見れた…… 」
徐々に光が消え、 星が瞬くその時間まで、 2人で寄り添って、 幻想的な光景を眺めていた。
3年前のあの頃よりも、 風は優しく暖かく、 2人の頬をフワリと撫でて去っていった。