20、 答えあわせをしようか
学校に別れを告げて駅に向かう途中、 急に足を止めた奏多を凛が不思議そうに眺めた。
「…… 奏多? 」
奏多は凛の方に向き直ると、 一瞬気まずそうに睫毛を伏せ、 それから思いきったように口を開いた。
「…… ねえ凛、 今日最後の答え合わせをしようか」
「今日……最後の? 」
「うん、 今俺が考えてること、 分かる? 」
「…… 卒業して寂しい…… とか? 」
「違う。 いや、 違わないけど、 確かに寂しいけれど、 今はそうじゃなくて…… 」
奏多は不思議そうに首をかしげている凛の両手を取って、 真っ直ぐにその目を見つめた。
「凛が欲しい」
奏多は握ったその手に指を絡めると、 凛のしなやかな指先に軽く口づけて視線を上げる。
「俺、 凛の16歳の誕生日に言ったよね? せめて18歳になるまでは待つって。 凛も俺も18歳になった。 高校も卒業した。 もう結婚できるし仕事もできる。 いざとなったら俺が責任を取る」
「…………。 」
「俺は、 凛も同じ気持ちでいてくれるって思ってるんだけど…… これって正解? 不正解? 」
無言で俯いている凛に不安になって、 思わず顔を覗き込む。
「…… 凛? 」
「不正解…… 」
「えっ? 」
予期していなかった答えに、 奏多は一瞬言葉を失った。
本音を言えば、 凛は恥じらいながらも『正解』だと頷いてくれるものだと思っていたのだ。
以前、 凛の16歳の誕生日にお互いの気持ちを確かめ合っていたし、 彼女も同じ気持ちとばかり思っていたから……。
一瞬頭の中が真っ白になって、 次に遅れて羞恥心が襲ってきた。
「ごっ、 ごめん…… 俺、 焦りすぎだよな。…… うん…… うん、 分かった、 もう言わないから…… 」
顔の前でブンブン手を振って狼狽えながら先に歩き出そうとすると、 その手を掴んで凛が止めた。
「違う!…… 正解だけど、 正解じゃないの! 」
「えっ、 どういう意味…… 」
「私も奏多と気持ちは同じなの。 奏多となら…… いいって思ってる。 だけど、 責任とかそういう言い方は嫌なの」
「凛?…… 」
「16歳の誕生日から私の気持ちはずっと変わってない。 だけど、 お互いに納得して、 そうなった先に何があったとしても、 それは2人で決めて選んだことでしょ? 」
「それは、 そうだけど…… 」
「奏多が責任を取るとか、 私が責任を取ってもらうとか、 そういうのは嫌」
「凛…… 」
今度は奏多が逆に黙り込み、 しばらく無言で向かい合う。
「…… ごめんなさい。 私、 こんなことにこだわって…… ウザいかな」
凛が申し訳なさそうに視線を逸らしたとき、
「違うよ! 」
大声で言われてビクッと肩を揺らした。
「違う…… ウザくなんかない。 ごめんな、 責任だなんて……俺が使う言葉を間違えたんだ」
奏多は姿勢を正すと、 眼鏡の奥からじっと見つめて言った。
「小桜凛さん、 俺はあなたが大好きです。 何があっても一緒に背負っていく覚悟があります。 2人でキスの先に進みませんか? 」
お願いします! と言いながら頭を下げて右手を差し出す。
頭を下げたまま目をつぶっていると、 奏多が差し出した右手に冷たい指先が触れ、 そのまま両手でそっと包み込んできた。
「…… はい、 よろしくお願いします」
奏多がそっと顔を上げると、 そこには耳まで真っ赤にして恥じらう彼女の顔があった。
「今度は、 正解だった? 」
「はい…… 大正解です」
「やった〜! 」
ガバッと抱きついてその髪に頬ずりすると、
「ちょっと、 ここは外だから! 人目! 」
と言って突き放された。
それでもニヤニヤしながら凛の手を握ると、 「もう! 」と言いながら握り返してくる。
そのまま恋人繋ぎにして駅へと歩き出すと、 凛が小声で言った。
「……でも、 今日はダメだからね。 みんなが待ってるし、 突然だったから…… 心の準備もまだだし」
「うん、 ただ確認したかっただけだからいいんだ。 凛のペースでゆっくり考えて。 それでもしも心の準備ができたら教えてよ。 それまで俺はゆっくり待つから」
「……うん」
電車のロングシートに並んで座っている間、 2人はなぜか無言で窓の外の景色を眺めていた。
だけど、 絡めた指先から伝わる熱は言葉以上に雄弁で、 これから更に深まっていく2人の関係を予感させていた。
「それじゃ、 また後でね」
「うん、 また後で…… 」
先に電車を降りた凛の姿を車窓から見送り、 電車のドアが閉まった途端、 両手で顔を覆って身悶える。
「うっわ〜 …… 」
ーーうっわ〜、 俺言った! とうとう言った!
顔を赤らめて1人で足をバタバタさせている怪しい男子高校生に、 向かい側の女子高生が不審げな目を向けてきたが、 今の奏多にはそんなことはどうでも良くて……。
ーー パーティーどうしよう。 凛の顔を見たら、 絶対に普通でいられないじゃん!
「うっわ〜っ! 」
両側の乗客からも怪訝な目を向けられながら、 奏多は両手でパシッと自分に喝を入れた。
それでも結局ニヤケ顔を浮かべたままの18歳の少年を乗せたまま、 電車はガタンゴトンと走り出した。