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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第1章 中学編
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17、 はじまりの話 (前編)


大型ショッピングモールの東口から入ってすぐのベンチに座り、 凛は腕時計に目をやった。



午後6時32分。

今さっき母親の愛から10分ほど遅れると連絡があったから、 合流まではまだ少々時間がある。

尊人が仕事を終えてから家で愛と合流して来ると言っていたので、 もう少し遅くなるかも知れない。


ぼ〜っと店内を見渡してから、 そのままガラス張りの自動ドアの向こう側に目をやる。



ーー ここからはもう駅は見えないな。



つい先ほど別れた奏多たちは、 凛の姿が見えなくなるまで駅の外に立って見送ってくれていた。


雑踏(ざっとう)に紛れてから一度だけチラリと振り返ってみたが、 その時にはまだ3人ともそのままの場所にいて、 顔を寄せて楽しそうに笑っていた。



シアワセだなぁ…… と思う。


百田家に通うようになって約半年。

奏多に不満をぶつけたり叶恵に叱られたり、一馬たちに見つかったり。


それなりにトラブルはあったけれど、 幸いにもそれらが良い方向に転がって、 結果的に仲間が増え、 楽しみが何倍にもなった。



「でも……今日は危なかった…… 」

ふと、 今日の電車内の出来事を思い出し、 (かす)かに表情を(くも)らせる。


電車で偶然遭遇(そうぐう)した同級生。

凛は同じクラスになったことはないが、 彼らの会話からすると、 2人ともサッカー部なのだろう。


奏多のお陰でちょうど凛1人だけ席が離れていたのが幸いだった。

そして陸斗の機転のお陰でどうやら何の疑いも持たれなかったようだ。



ーー 大野くんが急に目の前に立った時は驚いたけれど……。


陸斗が上手く質問して誘導(ゆうどう)してくれたため、 凛は正直に答えるだけで良かった。

彼は単に勉強が出来るだけでなく、 『(かしこ)いのだということが分かった。



「それにしても…… プッ、フフフッ…… 」

凛は思い出し笑いをして吹き出してしまってから、 ここが公共の場であることを思い出して、 慌てて両手で口を覆った。


ーー 今日の須藤くんと大野くん……いつもあんなにしっかりしてるのに。


窓越しにめちゃくちゃ叱られていた2人の姿を思い浮かべる。

叶恵の前では誰もかれもが教師にお説教される生徒みたいになってしまうのだ。


そしてまた、 凛は肩を震わせてフフフと笑い出した。



短時間で、 笑ったり悩んだり、 忙しいものだ。



奏多たちと一緒の時間を過ごすようになって、 こんな風に泣いたり笑ったりドキドキしたりを繰り返して、 以前の自分よりは感情表現が上手く出来るようになってきた……と思う。



浮かれているな……というのは自分でも自覚している。

だけど、 『楽しい今』を満喫(まんきつ)したっていいではないか。

3年前にはこんな今が来るなんて想像さえしていなかったのだから。



そう、 3年前に滝山中学校に入学するまでは……。



***




(おと)らず、目立たず、(さか)らわず』


1、 成績は上位死守(ししゅ)。 授業態度は他の生徒より(おと)ってはならない。あくまでも『優等生』に徹すること。


2、 必要以上に目立ってはならない。『出る(くい)は打たれる』を(きも)(めい)じよ。


3、 極力(きょくりょく)周りの意見に逆らわず、 ()め事を全力で回避(かいひ)せよ。


------------------------


滝山中学校に入学した4月、 凛は以上の3点を(ひそ)かに目標に(かか)げた。

『モーセの十戒(じっかい)』ならぬ『リンの三戒(さんかい)』である。


便箋(びんせん)に書き留めて四つ折りにすると、 封筒に入れて机の引き出しの奥に忍ばせる。

自分への誓約書(せいやくしょ)だ。



凛は小学校6年間で既に、 人付き合いの難しさを嫌と言うほど学んできた。


その大半は、 他人から見れば些細(ささい)な事かも知れないし、自分以外の人だったらもっと上手(うま)く回避出来ていたのではないかとも思う。


世の中にはもっと酷いイジメや複雑な家庭環境で悩んでいる人だって沢山いるだろう。


だからクヨクヨせずに、 もっとポジティブに考えられればいいのに……とは思うけれど、 こういう性格なのだから仕方ない。

だからせめて、 事前にトラブルの元を避けて、 自分へのダメージを最小限に(おさ)えねば……と凛は考えるのだ。



だから、 『生徒会の会計をやってみないか? 』と担任に聞かれた時、 最初は正直、 厄介(やっかい)なことを頼まれたな……と思った。



滝山中学の生徒会は、 会長と副会長が生徒による投票で決められ、 書記と会計は先生の推薦(すいせん)で選ばれることになっている。


会計は集金や計算など細かい作業が多く、 お金を扱うだけあって先生方との連絡も(みつ)にする必要がある。

面倒な割に非常に地味な、 『(えん)の下の力持ち』的ポジションなので、 全くもって人気がない。


そこで、 まだ会計業務の繁雑(はんざつ)さを知らず、 その年に成績一位で入学してきた真面目(まじめ)少女、 小桜凛に白羽(しらは)の矢が立ったのである。



会計を(すす)められて凛が躊躇(ちゅうちょ)しているのを見てとったのであろう。

担任が職員室に凛を呼び出してこう告げた。



『会計は確かに面倒な仕事だけどな、 一応は良いこともあるんだぞ。 まず第一に内申(ないしん)が良くなる、 これ重要だろ。 次に、 先生たちと仲良くなれる。

あとは、ほら、 生徒会メンバーは生徒会室を使い放題だ。 去年の会長なんてあの部屋を使ってコッソリ友達と誕生パーティーとかしてたぞ。 内緒だけどな。

あとは……う〜ん、 そうそう、 会計をしてくれたら、 個人的なコピーに生徒会室のコピー機を使ってもいい。 俺が許可する!

ただし、 コピーするのは勉強に関することだけな。 これは他の生徒には内緒だぞ』



会計という仕事はそれ程までに人気がないのか、 先生(みずか)らが内情を暴露(ばくろ)するという決死(けっし)のスカウトだった。

早く役員を決めないと先生も立場が無かったのだろう。



先生が言った利点(りてん)の前半2つは全く興味がないが、 残り2つの『生徒会室使い放題』と『コピー機使い放題』は非常に魅力的だ。


それに、 ここでこれ以上断り続ければ、 入学前に自分が決めた三戒の3つ目、 『周りの意見に逆らわず……』に早速(はん)してしまう。

これ以上固辞(こじ)すれば担任からの心証(しんしょう)も悪くなるだろう。



「先生、 分かりました。 会計を引き受けます」


凛がそう返事すると、 担任は飛び上がらんばかりに喜んで、 気が変わらないうちにとその場で書類にサインさせられた。


そしてその日から凛は、 生徒会役員の特権(とっけん)を最大限に利用することにした。


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